正月勤務
世界遺産に登録されている街:ロアンパバーンに来ています。
ここは昨年、協力隊の教え子でもあるシンゴ君と訪れた街でもあります。つまり2回目。
ここは非常に雰囲気が良く、食事とマッサージを堪能し、のんびり過ごしています。
ルアンパバンではナイトマーケット(夜市)が1つの風物詩となっています。
ここではメインストリートの一角を埋め尽くすように部族の民族工芸品が並べられています。デザインもなかなか風情があり、アジア系が好きな人にはもってこの場所といえるでしょう。
早速昨日も、様子見で出掛けてきました。お客さんはほぼ全てがラオス以外の外国人なんだそうです。昨日は様子見と言うことで、何も買わない予定でしたが、ちょっと目に止まるモノがありました。
肩掛けバッグです。なかなか良いでしょ?
5「タオダイ?(いくらですか?)」と話しかけます。
婆さんは、電卓で約300円(日本円に換算)と示します。
相場がよく分からないのですが、取り敢えず「いや200円だ」と応えます。
婆さんが「250円で」と譲歩します。
すると横にいた子供(小学1~3年生くらい)が手を合わせてお願いします。のポーズ。
僕は3枚購入するから、600円にしろとアピール。
婆さんは一切の交渉を子供に任せます。
子供は「750円でお願い!ね!ね!
」という感じで手を合わせます。
婆さんの作戦はしっかりしています、誰だって子供には弱いですから。
頑張れば650円にはなったでしょう、でも大差はないです。
僕は随分と早く交渉を諦め、750円で3枚のバッグを購入しました。
元旦から家業を手伝って偉いなぁ・・・
なんて思っていたら、あまりケチケチしたくないと思いました。
同時に、僕の子供時代を思い出しました。
寿司屋にとって、正月は1年間で一番忙しい時期です。
猫の手も借りたいほど忙しく、僕がまだ低学年の頃は、親戚の中高生を呼び寄せ、バイトで手伝ってもらっていました。
僕が小学生になる頃には、既に手伝いは当たり前のようにやらされていました。
まずは「おしぼり」の洗濯とそれを丸める作業、出前と出前で出て行った容器の回収。
出前は僕が成長するに従って、その量と距離が伸びていきました。
既に小学3,4年生の頃には自転車で行ける距離は殆ど任されるようになりました。
一番辛かったのは皿洗い。実は中学生になるまで、僕は潔癖性で人の食べたお皿を洗うのが気持ち悪くてイヤだったのです。でもイヤなんて言えません。
やるしかないですから。時には吐き気を伴いながら、僕は皿を洗いました。
さらに足立三中・足立学園に進学すると、大晦日まで遠征&合宿、元旦も朝から練習でした。疲れ果てて帰宅し仮眠をとったらすぐに手伝い・・・寝不 足も積み重なり、正月は本当にハードでした。ただこの頃になると、合宿で潔癖性などと言っている余裕が無くなり、いつのまにかその癖は解消されていまし た。
辛いことばかりではありません。
お店で手伝いをしていると、お客さんからお年玉を貰えました。出前に行くと、その先でも貰えることがありました。小学生ながら、毎年
10万円以上
は貰っていたと思います。ある年、母親の親戚が青森で結婚式を挙げました。両親に代わり、僕ら兄弟が派遣されたのですが、その年は総計で20万円くらい
貰ったような気がします。
そんな多忙を窮める正月の宝寿司も、今回で最後となりました。
もう何十年も、のんびりした正月なんて過ごしていない両親、来年は孫(はな)と共にゆっくりと過ごしてもらいたいものです。
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