海外

2009年9月 2日 (水)

バリ島の仙石道場

バリ島挙式の際、仙石道場に行ってきました。

仙石常雄先生とは、1年半前にインドネシアでの講習会でご一緒させていただきました。
先生は「固の形」のDVDでも演技されているので、有名なお方です。
僕がバリ島で挙式するという噂を聞きつけ、ホテルまで迎えに来てくれたのです。

先生からは観光から食事まで、何から何までお世話になってしまいました。
八段の大先生が、僕のような若造夫婦に至れり尽くせりで接待してくれ、
大変恐縮してしまいました。

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仙石先生は警視庁を定年後、インドネシアのジャカルタで協力隊員として従事し、
その後、私財を投入してバリ島に道場を建設、ボランティアで地元の人々に柔道を指導しています。

そのきっかけとなったのは、先生が若い頃、インドネシアで指導した時のことです。
貧しい子供たちが食べるものや着るモノに困っていたことで、
柔道をやりたくても、なかなか出来なかったそうです。

子供たちにお金の心配をさせず、思い切り柔道をやらせてあげたい。
そんなボランティア精神が根幹にあるのです。
その経緯を、先生は涙ながらに語ってくれました。

その武道家然とした佇まいは、古き良き柔道家を思わせました。
ボランティアの精神、子供たちへの愛情、柔道への情熱、
僕は頭の下がる思いでした。

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仙石道場は100畳以上もあり、先生の自宅の他にゲストハウス、
プールなども完備していました。専属のコックさんは何でも作れるとのこと。
僕らでも羨ましくなるような、立派な施設でした。

新婚旅行のこんな時でも、僕はこんなこともあろうかと道衣を持参していました。
少しでもの御礼にと、稽古や寝技指導をと思いましたが、
「新婚旅行なんだから柔道しなくていいよ、今度また来て!」
と低調に断られてしまいました。
ちょうど、今回の新婚旅行でマイルが貯まったので、再びバリ島に行こうと思っています。

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ところで、仙石先生はNPO法人を立ち上げ、広くボランティア会員を募っています。
不要になった道衣や、善意のお金など、どうかご協力下さい。
僭越ながら、僕も会員に混ぜてもらいました。

特定非営利活動法人
柔道で世界と手をつなぐ育成クラブ

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2009年8月25日 (火)

パスカル&ジャニーさん

2001年にドイツのミュンヘンで行われた世界選手権、
これには筑波の後輩でもある金丸が出場していたこともあり、
応援に行ってきました。

この時、見に行くだけでは勿体ないので、ヨーロッパを武者修行してきました。
まずはフランスのコントレックス合宿、そのあとイギリスのクラブチームで稽古し、
トータル3週間ほどの日程を終え、日本に帰国したのです。

そのとき、ミュンヘンからコントレックスまで連れて行ってくれたのが、
当時ベルギーのコーチだったパスカル先生(フランス人)です。

パスカル先生は寝技が得意で、色々な打ち込み方法や、技を教えてくれました。
勢い余って僕にも挑戦してきましたが、さすがにそれは退けましたpaper
冗談が好きで、教え上手な先生でした。

そのとき教わった、腕挫十字固の打ち込みは非常にユニークで、
今冬発売予定のDVDにも、「パスカル式腕挫十字固」として紹介しています。

そんなパスカル先生には二人のお子さんがいました。
名前をエンゾと、ジャニーです。
彼らは当時、小学生くらいで人なつっこく、会話もままならないのに、
練習の合間には頻繁に遊んでいました。
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時は経て・・・

先日、友人からメールが来ました。
あるフランス人が「小室に会いたい」と言っている。

僕は、きっとDVDやYouTubeを見た柔道愛好者かなと思いました。
それが話を聞いているウチに、「コントレックスで・・・」という単語で思い出しました。

あの時の少年ジャニーはフランスのジュニア強化選手となり、
日本に武者修行できていたのです。(弟のエンゾはスキーの選手になったらしい)

早速、コンタクトを取り合い、講道館で待ち合わせをしました。
あの時、子供扱いしていたジャニーは立派なジュニア強化選手になっていました。
お父さん譲りの柔道は柔らかく、技も多彩でした。そして精悍な顔になっていました。
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あいにく、翌々日からメルボルンへの出張を控えていたので、
長くは一緒にいられませんでしたが、30分ほど指導しました。

彼はその後、一旦フランスに戻りチームでブラジルに飛ぶそうです。
そしてカント選手の指導を仰ぐと言っていました。
お父さんの血を受け継ぎ、多くの技術を吸収して、ジャニーも数年後は
国際大会で活躍する日が来るでしょう。

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その翌日、ジャニーを連れてうどんを食べに行きました。
つるとんたん」というこのお店、とても美味しいです。

そしてジャニーたっての希望により、水道橋のミズノショップへ。
彼はここに相当な気合いを入れていたようで、購入金額は10万円を軽く超えていました。

そして何より驚いたのが「講道館割引!」
会員なら誰でも持っている講道館のカードを持って、ジャニーが
「このカードを見せるだけで20%OFFなんだ」と言うのです。

僕は「職員の僕でもそんなことは知らないよ」と言いました。

しかし店員に見せると
『講道館の方ですね、では20%OFFとさせていただきます』
と言うのです。
しかもそれは、柔道関連だけでなく、全ての商品が対象なんだそうです。
講道館職員だった僕でさえ、そんなスゴ技知りませんでした。

しかし、講道館に通う外国人選手の間では常識らしいですよ。
皆さんは知っていましたか?

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ジャニーは両親にもお土産を買おうとしていました。
お父さんには「お父さん」、お母さんには「お母さん」と刺繍を頼んでいました(笑)

そして自分自身の帯には「小室」と刺繍を入れたい。と言ってくれました。
普段巻く帯に、僕の名前を入れてくれるなんて凄く光栄なことでしたが、

いつも応援しているよpunch

という意味で、帯の中央部分(背中に当たる部分)に黒い糸で刺繍してもらいました。
糸が黒ければ、まず誰にも気付かれません。
そういった意味では、二人だけの秘密、みたいな~

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2009年8月15日 (土)

豪州メルボルン

今回、メルボルンへの招聘を企画していただいたのは
現地の日本語教師であり、柔道指導者(正心館)でもあるヨシ先生の立案によるモノです。
過去、講道館や国際交流基金などの企画で、海外派遣はありましたが、
コムロックセミナーとしての海外出張はこれが初めてでした。

寝技講習会に関する依頼はコチラをどうぞ

ヨシ先生からは以前、オーストラリアからDVDを発注していただき、
それが縁で一度、講道館にも来てくれました。
企画から実現まで、紆余曲折を経て、ようやく今回実現がなされたのです。

8/4、成田からバンコクを経由してメルボルンへ飛びました。
バンコクの空港に寄ると、必ず足つぼマッサージ(2時間3500円!)を受けるのですが、
そこで偶然にも講道館国際部の大辻先生と遭遇!これには驚きました。

南半球にあるオーストラリア、その南端に位置するメルボルンは今、真冬ですsnow
雪こそありませんが、かなり寒かったです。日本の秋くらいを想像していた僕は、
完全に準備不足でした。
おまけに、行きの機内で不自然に座ったらしく腰がとても痛くなりました。

そんな状態ではありましたが、到着するとヨシ先生や、柔道指導者のジョンが
手厚くもてなしてくれたので、非常に居心地は良かったです。

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翌日、ヨシ先生が勤務する小学校へ。
日本文化を紹介する日だったそうで、僕も参加します。
テコンドーや空手着、チャイナドレスなど、微妙にピントがずれちゃっている
子供も少なくありません(笑)
僕が投技や、固技を披露すると、悲鳴に近い歓声が起こりました。
受身体験などもやったのですが、正心館への入門者が増えそうな兆しがありました。

その夜、柔術のジムに出稽古に行きました。セミナーの宣伝と、身体慣らしが目的です。
オーストラリアでは「立技は柔道」「寝技はBJJ」という風に、分けて捉える人が多いらしく、
『柔道の寝技も凄いんだぞ!』というところをアピールして、心地よく帰ってきました。

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翌朝、名所であるグレートオーシャンロードmist
すぐ近くで鯨がゴロゴロしていました。
日本では余り見ることが出来ない、壮大な景色でした。寒かったけど・・・

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さていよいよセミナーです。
以前、グレイシーセミナーがあったときは250ドルの参加費で、
横四方固しか教えてくれなかったそうです(笑)

なので僕も袈裟固だけを教えようかと思ったのですが、さすがにそれでは
二度と呼ばれなくなってしまいます。
袖車絞を中心に4時間、たっぷり指導しました。
中には北京五輪81kg級で出場していたマーク・アンソニー選手も参加していました。
セミナーは2日間に設定し、翌日は復習とQ&A、それに全員で乱取りを行いました。
セミナーの内容は、DVDとなり、現地でも発売されるそうです。(正心館HP参照
日本語が苦手な方は、このDVDを見るとわかりやすいかもしれません。
(日本語で案内してもダメか・・・)

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セミナー翌日は、正心館の練習に参加、17:30から少年部を2コマ、
その後は成年部で、終わったのが23:00というハードな内容。
とはいえ、少年部に関しては講道館と余り変わらない様子。
一緒に遊ぶ感じで参加してきました。
ただ唯一、強烈に印象に残ったのはある少女の言葉でした。

「アナタがもう少し英語を話せたら、もっとお喋りできたのにねheart03

はい。頑張ります!もっと勉強してきます!upup

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オーストラリアといえば動物王国。初日の夜にはカンガルーを食べました!
結構美味しかったです。オーストラリアを代表する動物ではありますが、
やっかいな動物らしく、増えすぎたら食べちゃうんだそうです。
冬のコアラは冬眠中だそうで、背中しか見ることが出来ませんでした。
ムリヤリ抱っこなんかすると、鋭い爪で引っ掻かれるらしく、危険なので止めました。

今回、始めてオセアニア方面に行くことが出来ました。
見聞を広めるという意味では貴重な経験でした。

まだまだ勉強不足ではありますが、少しずつ英会話も出来るようになってきました。
パット先生や、講道館の皆さんのおかげです。
これを機に、もっと勉強して、通訳無しでも技術解説が出来るよう勉強していこうと思います。

またヨシ先生とジョンは、とても【講道館柔道】を愛していました。
競技のみではなく、柔道を武道として捉えていました。
日本の柔道家として、柔道の価値観を非常に感じた1週間でした。
そして彼らの愛情をしっかり受け止められるよう、日本柔道(講道館)は
もっとしっかりしなきゃいけないな。と感ました。

正心館柔道アカデミー
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正心館の柔道Tシャツです。「柔道」の文字はヨシ先生が書いたそうです。
ヨシ先生、柔道・空手・書道を合計すると五段!そういうマルチな有段者もいいですね。

そんなヨシ先生、現在、花嫁募集中ですribbonvirgoribbon
非常に穏和で、国際感覚に長けた方です。もちろん英語も堪能です。
「白人希望」と言っていましたが、この際、それは除外することにしました。(キッパリpaper
興味のある方は、ご連絡下さい。

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ヨシ先生の自宅は庭付きの一軒家。
庭に道場を増築していました。もう完成間近。
自宅に道場があるっていうのは、柔道家にとっては夢ですよね。
人のウチなのに、浮かれているジョン先生です。

 

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2009年3月17日 (火)

マカオタワーでスカイウォークX

いま講道館の派遣でkissmarkマカオkissmarkに来ています。
飛行機で香港まで飛びairplaneフェリーで1時間、マカオに到着しましたship

マカオでは昇段試験に備え、形なども指導する予定でしたが、
現場のニーズが『ひたすら技術だけを教えてほしい』ということで、
出発前、1ヶ月も練習してきた柔の形が出番無しになりました(;ω;)

また指導のほうも、学校や仕事があるので夕方2時間きっかりの制限があります。
なにげに「教えたがり」の僕としては、少々物足りないのですが、
その分、食事や観光にひっきりなしに連れて行ってもらえます。

ただ僕は海外での買い物には一切興味がなく、マカオについてもあまり知らなかったため
「マカオタワーに行ってみたい」と軽く言ってしまいました。
(以前、テレビでバンジージャンプをしているのを見たことがあったのです)

さすがに僕は飛び降りれないので、外周を回る
スカイウオークXというのに挑戦しました。

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この気合の入りようから一転sweat02

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このビビリ具合sweat01sweat01

歩くどころか、立つのでさえ怖いです。半端じゃなく高いです。
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しかし慣れというのは怖いもので、徐々にインストラクターの指示する
危険なポーズも取れるようになっていきました。
写真はすべて、そのインストラクターが撮っています。
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終わったころには、手のひらや足の裏が汗でびっしょりでしたsweat01
一度、スカイダイビングやバンジージャンプをしてみたいと思っていましたが、
もうこれで十分です。

珍獣ハンターイモトは一日で5種類くらい飛んだかと思いますが、彼女はすごい!
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2009年2月11日 (水)

小内巻込 -2001太平洋選手権大会-

この映像は、2001年の太平洋選手権大会の1回戦です。
大学を卒業して2年、僕が最も勢いのあった時期です。

場所もアメリカ・ロスアンゼルスでの開催で、季候も良く、
コンディションも最高の状態でshine優勝shineすることが出来ました。
結果的には、この太平洋選手権の優勝が、僕にとっては1番の
ビックタイトルかもしれません。

ただ僕はこの時期、3大会連続で初戦に失点しています。
そしてそれが全て、後ろ方向の技なのです。

小内刈、踵返、そしてこの大会でも朽木倒で技ありsweat02を先行されます。

原因としては以下のことが挙げられました。

  1. スロースターター
  2. 慎重になりすぎて、組んですぐに仕掛けない
  3. 寝業への移行を意識し過ぎてしまい、踵重心になっている

一応、これらの課題は徐々に克服していきました。

この試合も、落ち着いて攻めていき、小内巻込で一本勝ちしました。
ジャッジはちょっと甘い感じもしますけど。。。。

この技はちょっとしたきっかけで体得しました。
TVで谷亮子(当時は田村)選手が小内巻込で一本勝ちをしていたのを見て、マネしたのです。

普通、小内巻込は一本を取れるような技ではありません。
しかしながら、足を刈ったり払うのではなく、引っ掛けるだけにして、
上半身を固定し、胴体となって倒れ込む。

これを実践するようになってからは、返されることもなく、
しかも決まった場合のポイントも一本や技ありとなりました。

このこの試合の映像と、小内巻込の解説はDVD「ザ・コムロック2(仮)」に
収録する予定です。お楽しみに!

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2009年1月31日 (土)

減量失敗

34歳でもなお66kg級で活躍する鳥居智男選手(了徳寺学園)が、
先刻行われたグルジア国際で計量失格、ドイツ国際も欠場した。

原因は『減量の失敗』だという。

強化選手も外され、福岡選抜大会への出場も許されない。
派遣された国際大会での計量失格は、今回が初めてだという。

柔道の場合、一度体重計に乗り、その時点で超過していたら即失格である。
全柔連の処罰は厳しく、その場で強化選手から外される。

鳥居選手は全日本実業団や講道館杯を連覇するも、
嘉納杯や国際大会に選出されず、不遇を強いられている。
それだけに今回のグルジア&ドイツへの派遣はチャンスだっただけに、
本人も非常に無念だろうと思う。

僕も中学時代(55kg級)から減量を始め、とても苦しい思いをした。
よく計量直前で2~3kgオーバーしていて、慌てふためく夢を見た。
暇さえあれば、食べ物のことばかり考えていた。

減量とはとても厳しい、自分との戦いだ。
よく巷で行われているような美容ダイエットとは、ちょっと違った緊迫感がある。

大学1年の終わり頃、中央アジア4カ国
(ウズベキスタン、キルギスタン、カザフスタン、トルクメニスタン)に1ヶ月派遣された。
安定しない練習環境と、不慣れな食事のせいで、
帰国したときは60kg級なのに72kgもあった。

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帰国したその日、2週間後のフランスジュニア国際への派遣を聞かされ、
2週間で12kgの減量という暴挙を敢行した。

大会1週間前から殆ど飲まず食わず、フランスに着いた時点では調整練習で汗をかく体力もありませんでした。
2日前で1.7kgオーバー。。。

もう動けない。
諦めた僕は、その時の日本選手団団長(小俣幸嗣先生)にそれを告げに行きました。

「あと何キロ?大丈夫だよ(笑)ガンバレ~」
拍子抜けするくらいあっけなく、笑いながら追い返された。

走る元気もない。
僕は一晩中、フランスの公園を歩き続け明け方60.0kgジャストで計量をパスした。
あの時、小俣先生の励ましがなかったら、
僕が最初の計量失格者、強化除外者になっていたはずだ。
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鳥居選手の復活を心から応援している。

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2009年1月 6日 (火)

新年のご挨拶とラオス旅行

明けましておめでとうございますsun

少し遅くなってしまいましたが、新年のご挨拶をさせていただきました。
中学1年(13歳)から出席していた足立学園の元旦稽古も、
今年は欠席、初めて海外ラオスで年を越しました。

年明けは朝から協力隊員のしんご君と共にランニングdash
メコン川沿いから登る朝日に今年の無事を祈りました。
かなりの景色でしょscissors
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今回の年末年始、うまく土日が絡みまして9日間の大型連休となりました。
仕事納めの26日、挨拶が終わり次第、成田空港に直行dash
貯まったマイルを駆使し、バンコク経由でラオスに飛びましたairplane
しかもマイルの大盤振る舞い、ビジネスクラスでのフライトです。

ラオスには昨年2月に行きましたが、素朴な風情と、物価の安さが気に入りました。
ちょうど協力隊の任期が終わった心吾君が、首都のビエンチャンに滞在中だったので、
2人で色々と散策&食べ歩きをしました。
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よく2人で歩いていたので、トゥクトゥクの運ちゃんに「ホモ野郎heart01
呼ばわりをされましたannoy

また今回、仕事ではなく全くのプライベート旅行ではあったのですが、
到着した日がちょうど、ビエンチャン道場の稽古納めだったので、
稽古に合流、軽く汗を流しました。
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その他、ラオスではかなり充実した余暇を過ごすことが出来たのですが、
あとは5669アルバムにて、報告とさせて下さい。
時間が出来たら、ピンポイントで書いていきます。

余談ですが、朝は大衆食堂でカオピヤック(ラオス式のお粥)を食べるのが地元流。
これを食べていると「旅の指さし会話帳 (ラオス語)」の作者である、
亀田さんとお会いしました。ラオス語以外にも、海外に行く場合はその都度
買うようにしているのでかなり貯まってきましたが、このシリーズは使えますよ!

 

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そんなこんなで、これ以上ないほどに充実した余暇を過ごしてきました。
今度はもう少しラオス語を勉強して、再びラオスを旅したいです。
来月にはシンゴ君の後任隊員が研修で講道館に来ます。
しっかりしごかないといけませんannoy

さてさて、今年の抱負を述べていませんでしたね。

  1. 高段者大会は全勝で3.5点を狙う(全国、都、生涯スポーツ、城北五区)
  2. 今年こそは本(DVD)の出版
  3. 世界各国津々浦々、どこでも行きます!

試合に関しては、まずは昇段ポイントをしっかり稼ぎつつ、
国際大会も視野に入れて、体調と貯金をしていこうと思います。
時間や予算を考えると、やはりまたアジアのどこかになると思います。

講道館、夏の忙しい時期を挟み、個人的に重要なイベントが控えています。
その前後は準備などで多忙を窮めるでしょう。
忙しい中でも、自分のやるべきこと、やりたいことをしっかりと遂行したいと思います。

今年1年、どうぞ宜しくお願いします。
明日から寒稽古、4時起床です!snow

 

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2008年11月 8日 (土)

香港セミナー

10/31から11/3までの4日間、講道館から派遣され、香港に行ってきました。
リキがうるさいので、【仕事】という部分を強調して書かせていただきますannoy

今回は恩師、小俣幸嗣(筑波大学教授)先生との任務です。
小俣先生は審判、僕は技術指導が担当です。

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任務とはいえ、4日間のウチ前後は移動のみ、講習会は1日だけでした。
なので非常にゆったりとした過ごし方が出来ました。
歓迎ぶりは凄まじく、胃袋の休まる時がありませんでした。

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ご承知の通り、香港はイギリスに統治されておりました。
なので英語を話せる人も多く、文化的にも中国系であっても
欧州の文化を色濃く残しています。
夜景を見ても分かるとおり、文化水準はかなり高いです。
市街地の景観は、渋谷や新宿と遜色ないくらいです。

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香港には2年以上前から、安達春樹がコーチをしています。
僕がALSOKに所属していた23歳の時、同期でした。
彼は73kg級で、数々のタイトルを獲得しており、
以前、練習中に妙技:浮落で投げられたことすらあります。
簡単に言うと「天才」の一種だと思います。ただ、今は猛烈に太っていますpig

73kg級のところでキレのある体落を披露していますよね。
相手は齋藤順道選手でした。

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食事をしていて、鶏肉と一緒にトサカまで出てきました。
この後、一切鶏肉に手が出なかったのは言うまでもありません。
温暖な気候のせいか、魚介類も驚くほど大きいモノもあり、その数も豊富でした。
画像左側の貝類は、気持ち悪いほど巨大化していました。

ラオス&インドネシア(講道館から派遣)
タイ(試合)
北京(試合観戦)
台湾(旅行)
香港(講道館から派遣)
今年は6カ国、全てアジアへの渡航でした。理由も様々。
それぞれの地で、経験を積み、見聞を広めてきました。

今年のラストは貯まったマイルを使い、ラオスで年を越すことが決まりました。
稀少な航空券がゲットできたのですshine
悠久の地で、のんびりした一人旅(!)をしてきます♪
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2008年8月19日 (火)

北京オリンピック観戦記

行ってきました北京オリンピック。
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JALで貯まったマイル(20000マイル)を使って行ってきましたairplane
この時期、飛行機なんて予約できないと思いきや、空席は十分ありました。

飛行機やホテル、入場券とこの時とばかり、業者は儲けにかかっていますが、
明らかにやり過ぎですね。

現地でお会いした人は、数十万円もはたいて来ていました。
僕は全柔連関係者の好意とマイルで5万円ほどで済ませることができました。

現地に着くと、淑徳大関係の先生、ご家族にお会いしました。
誰と話しても「旅費が幾らになったのか?」という話題になりました。
また僕がプライベートでの単独行動だと言うと、
誰もが笑って「物好きだな」と言っていました。

僕はツアーではないので、地力でバスを探し市内へ向かいました。
中国では殆ど英語が通用しないのが辛いですsweat02

会場にはすんなり着きました。
しかし確保しているチケットは18時からの決勝のチケット。
その時はまだ14時ほどでした。

炎天下の会場前で、途方に暮れていると強化のコーチと出くわしました。
すると暫くしてチケットを入手してくれ、会場に入れてくれました。
宿泊に関しても、全柔連のご厚意で宿舎に入れてもらえました。
本当に感謝感激です。

会場はこんな様子でした。
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スポンサー契約などの関係から、広告などは少ないです。
会場もそれほど大きくはなかったです。
 ※ただイスが硬く背もたれがなかったため、腰を痛めました。。。

僕はオリンピックに幻想を抱いていました。なんと言っても夢舞台ですから。
でも会場は普通の国際大会と同じでした。
規模で言えば、嘉納治五郎杯やフランス国際の方が凄いです。
きっといきなり会場入りして試合したら、緊張し過ぎちゃうかもしれません。
そういった意味で、次代の選手は会場を見て雰囲気を掴む必要がありますね。

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さて、試合では個々の選手に言及しません。
結果についても、皆さんテレビで見ていますので割愛します。
コチラのサイトでは、試合映像を見ることが出来ます。かなり便利です!

■寝技時間がまた短縮?
ここ最近、寝技の時間が長く見るようになりました。
しかし単に長く見ていて、攻防が停滞しているのに「待て」を掛けない。
逆に攻防途中で止めてしまう。という傾向がありました。
これには、審判に攻防を見極める力がないため、
安易に時間で「待て」をかけているんじゃないかと思います。
その点、今回に限っては「待て」が早めに感じました。

■寝技の強化
金メダルを取った4選手(内柴、石井、谷本、上野)
彼らの共通点は寝技でも一本を取れるという点です。
捨身技が多いということは、寝技のチャンスが多いということです。
僕だったら、嬉しくて堪りません。
①相手が捨身技を仕掛けてきたとき、足をパスして抑え込む技術
②掛け逃げして亀になった選手を取る技術

この2つだけあったら、かなり有利に試合展開が出来ます。

また強化合宿では、単に乱取りを沢山やるというのが殆どです。
外国人選手がやる寝技への対策、捨身技に応じた寝技への移行など、
部分的な練習をもっとやるべきだと思います。

トップ選手になればなるほど、ある程度の技術が固まってきていますので、
ロンドンの次の世代(ジュニア選手)には、今のウチから
そういった対策を練って育てるべきだと思います。

■捨身技と手技
とにかく捨身技(巴投、隅返)が多かったです。
寝技への無理な引き込みに対して、まず指導を取りませんし、
引き込みに合わせた投技も、その効果を取りません。
なので組み負けたら取りあえず、捨身技をしてクロスガード、そして待て。
そして立ち勝負でやり直す。というパターンが多かったです。

もうひとつは手技、と言っても朽木倒、双手刈といった足を取る技です。
これらの技の共通点は以下の通り。
①組み手に拘らず、片手でも仕掛けられる
②返されるリスクが少ない

分かっていても日本の選手はコロコロやられちゃいましたね。
長い手足、瞬発力、それは日本人には無いものなので、
普段の間合いの感覚では、それが狂うんでしょうね。

それらへの対処が、未だに遅れています。どうしようかと考えました。

外国人コーチを雇ってみてはいかがでしょうか?
何も外国人柔道をマネするのではありません。
相手の戦法を知るのです。

ジュニア選手は、現役を退いたばかりの選手を招き入れる。
向こうも日本柔道を良くしるチャンスになりますし、
こちらは国内で外国人対策になる。国際交流にもなる。
IJF選挙の時にも役立つでしょう。

■規定
国内と国際大会での違いとして、国際大会では両者同時に罰則を与える
ことを控えています。なるべく、どちらか一方を見極めて罰則を与えます。
谷選手が敗戦した試合、僕は妥当なジャッジだと思いました。

日本でもそうですが、オリンピックのジャッジというのは多くの人が見ています。
そしてそのジャッジをワールドスタンダードとします。
寝技の見極めや、罰則の与え方など、また少し捉え方に変化が出そうです。

国際規定の扱い方で、やはり日本国内式、国際式と隔たりがあります。
審判が下手だと文句を言う前に、国際大会において、日本人の試合は日本人が裁けませんから、
その隔たりを少なくさせないといけません。

またこれを境に、規定が改正されると思います。
ジャケットレスリング化した【JUDO】が少しでも改善されることを願います。

下の画像はワンフーチンという観光スポットで撮りました。
蚕とイナゴの串焼き、サソリの串焼きですが、見るだけで気持ち悪いですsweat01
これはさすがに食べませんが、北京ダックは気持ち悪くなるほど堪能しました♪

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2008年8月 8日 (金)

北の大地へ

講道館通信8月号では、道場は8/13~8/18まで休館、
僕は北の大地で静養してきます』と書きました。

ANAで貯まったマイルを使い、北海道に飛ぶ予定でした。
今回も道都大学監督:田崎先生のお宅に滞在し、
道都大生と練習して、のんびり過ごそうかなと。。。

しかし、予定を変更しました。

全柔連の多大なるサポートを頂き、北は北でも
北京の大地に行くことにしましたairplane

そう、北京オリンピック観戦に行くのです。
Photo

4年後のロンドンは行けるかどうかもわかりませんし、
その先もどうなるかわかりません。
なので思い切って行ってみようと思います。

後半の3日間(重い方3階級)しか見れませんが、雰囲気も覗いてみたいと思います。
とりあえず、今のところ宿が決まっていませんsweat02
協力できる方、ご一報お願いします。

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2008年7月14日 (月)

2008 タイ国際 [結果]

昨夜発の便でバンコクを出発、今朝成田に着き、通常通り出勤し、
普段通りの生活に戻りました。

今回、色んな意味でまた『勝負』がしてみたくなり、
ワガママを言って休みをもらい、自費でタイ国際に挑戦してきました。
Sany0371(バンコクの中心街)

挑戦とはつまり、自分への挑戦。
どこまで試合まで取り組めるか、身体が動かせるか。
練習していることを実戦で極めることが出来るか。
そしてプレッシャーに打ち克てるか?!

それをを克服する1つの要素として、僕がテーマに掲げたのが
『脱力』です。

しなやかな動き、素早い対応、柔軟な思考、そしてスタミナの節約、
それをを求めるには完全にリラックスした状態が不可欠だと思いました。

現地では足立学園の後輩、塚ちゃん(タイ滞在中)が差し入れを
持って応援に来てくれました。

またラオスから協力隊のしんご君が、選手と共に来てくれました。
(撮影もやってくれましたmovie

香港からは同期の安達春樹がコーチとして来ていて、
台湾国際の時と同じく、バカ話で盛り上がり、とてもリラックスさせてくれました。
Sany0429(右端はタイの協力隊員オノ君、義肢装具士です)

さて試合の方です。
Sany0342

1回戦 DINH HUU LOC(ベトナム) 腕挫腕固で一本勝ち(約30秒)
最初は柔らかく組んで、相手の様子を探りながらやりました。
序盤、春日ロックを狙いますが、手が挟まってしまい、両手を組むことが出来ず。。。
次に組み合った瞬間、相手の釣り手が下を握っていったので、
腕挫腕固を仕掛け、引き込みながら一気に極める。
(この技法はDVDで解説されています)
Sany0368

2回戦 CHO JAE-KYUNG(韓国) 巴十字で一本勝ち(20秒)
国柄としては一番警戒すべきところ。
やはりまずは様子を見ながらと思っていましたが、
組んですぐ、身体が勝手に動いていました。
ちょっと肘の位置が浅かったので、強引に引っこ抜いて極めました。
Sany0360 Sany0363

準決勝戦 GARY MACLAY PATRICK MEGAN(マレーシア)
腕挫膝固で一本勝ち(約10秒)

ここまでくると、テンションもかなり高まっており、集中力も増していました。
組んだ刹那の早業です。ご覧アレ!(この技法はDVDで解説されています)

決勝戦 ACHILLEUS RALLI(タイ)
決勝は、地元タイの選手との対戦でした。
序盤はスタミナ温存で探り合い、1分を過ぎたところから巴投で
寝技のチャンスを狙っていきました。

再び、今度は横掛から二段で巴投を狙います。
相手が寝技を嫌い、両手を広げて立ち上がろうとします。
僕はそれを強引に投げていきました。

相手は股間を押さえ、ジタバタしています。
彼は準決勝、GSの接戦を勝ち抜いてきたのでスタミナを消耗しています。
だからあからさまに休憩していました。
サッカーの選手が、ファウルを誘うためにやるような手法です。
 ※だって股間を蹴ったような感触無かったしfoot

すると主審が合議を始め、ジュリーが登場し、即座に僕が反則負けになりました。
『故意に股間を蹴った』から反則負けとのこと。

え?嘘だろ、冗談だろ?!
しかし現実に起こってしまいました。

相手も、意外な展開で勝ちを拾い、大喜びして握手を求めてきました。
さっきまで悶絶していたはずの選手がsweat02

ホームタウンディシジョンとはいえ、僕が見たこともないような強引な結末でした。

これなら、巴投や内股で投げられたら、
「あいつはわざと急所を蹴ってきた。もう試合続行できない」
と抗議したら、それだけで勝ちになってしまいますからannoy

結局、今回僕は2位という結果になってしまいました。
調子もよかったし、これまで頑張ってきたし、残念でなりません。

Img_6742

その後暫くは、色んな意味でゴールデンボーイと呼ばれていました。

改名:キンタマロック

冗談はさておき、台湾(3位)、タイ(2位)とここまで来ると、
優勝せずには辞められなくなってきました。もう意地です

Img_6752 (足立学園柔道部後輩の塚ちゃんとその仲間)

というわけで、残念会兼誕生日会をやりましょう!たかの先輩ribbon

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2008年7月 8日 (火)

柔道 実戦必勝テクニック

ちょっと前、近代柔道の「入門!一流の極意」コーナーに登場させてもらいました。
今回、それがまとまって、1冊のムック本になりました。
巻頭は小川直也さんの大外刈です。
僕も『袖車絞』で収録させてもらっております。どうぞ、買ってください。
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柔道実戦必勝テクニック―一流柔道家に学ぶ技術ポイント

もうひとつ、ラオス&インドネシアの報告を機関誌「柔道」7月号にて掲載中です。
こちらと合わせて購入すれば、送料が無料になりますので、是非どうぞ!
080708_142812_2

それと話題は逸れますが、先々月挑戦した東京都‘形’選手権
3組が出場しましたが、僕と岩渕君のペアは第3位でした。
アホかbleahgoodと思いましたが、まあ仕方ないです。
これを機に、‘形’の競技は引退することにしました。
点数のつかない、鏡開きや各大会で披露できたら、
トイレに行かずに見てやってください。

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2008年6月24日 (火)

タイ国際に挑戦

タイ国際に出場します。

いきなりですけど。。。

7/11、12とバンコクで開催されるタイ国際に挑戦することになりました。
もちろん、強化選手でもないので
自費での参加です。

今回も73kg級での挑戦となります。
今は70kgくらい。夏バテも相まって、そこそこ絞れています。

なぜ今更、そんな挑戦をするのかと言えば、
柔道が好きなんですheart02『面白い』と言ってもいいかもしれませんね。

酒もタバコもギャンブルもやらない僕は、柔道が趣味みたいなもんです。
(あ、アッチは好きです
lovely

緊迫した緊張感の中で、勝負をする。
これ以上のギャンブルはないです。

コレが最後と思った台湾国際、なんだか悔いが残りました。
あの時よりも確実に弱くなっています。
でも寝技の技術は向上しているはずです。
こんなスリリングな経験は一生涯で、もう最後かもしれません。
だから思いっきり勝負を楽しんでこようと思います。

そして今回のテーマは
『脱力!
心と身体の力みを一切せず、少ないスタミナを有効活用する。

「じゃ、一本稽古しましょうか」
的なノリで勝負しようと思っています。
この挑戦のために、冬のボーナスを少し残しておきました。

そしてこの試合映像を、DVD次回作の特典映像にするため、
ハイビジョンのビデオカメラxactiも購入(\60000)しました。
あとは頑張るだけですsign03

既に準備は着々と進めています。
色黒で変形柔道する選手との乱取り、
巨漢選手との乱取りで、外国人対策はバッチリです。
そんな稽古の風景をどうぞ。

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2008年5月10日 (土)

ブドーチャレンジ

足立学園教員時代、アメリカ・ロスで格闘技の試合に出場しました。
(その時のブログ記事は消えちゃいました。。。)

その大会は【ブドーチャレンジ】という名前で、
ヒクソン・グレイシーが主催していました。
(もちろん、本人と話しも出来ましたし、握手もしました♪)

日本代表は僕を含めて、こんな5名の選手が招待されました。
勝村選手(格闘家)
高瀬大樹(格闘家)
小斎武志(柔道・道路公団)
青木真也(柔道・格闘家)

Photo

ロスへの航空券や宿泊費などは、全て出してくれましたnote

この大会は柔術に似ていますが、一本を狙う攻撃に
よりポイントが加算されるようなルールでした。
引き込みは禁止されませんが、マイナス1Pになり、
極まりかけた絞技、関節技には3P入るルールでした。

思い出深かったことをいくつか。

●ビーフボウル
当時、日本では輸入牛肉が規制されていました。
しかし、ロスにある吉野やでは牛丼が売っていまして、
飽きるほど食ってやりました!

●タメ?
同部屋だった高瀬大樹。
出会ってから数年、先輩だと思っていたんですが、
ロスで過ごした数日間で、タメ年だったことが判明!
急にため口になる。

小斎先輩
小斎先輩は決勝で相手の手を咬み、反則負けしちゃいました。
帰国後、成田には奥さんとお子さんが向かえに来ていて、
今度、袖車絞を教える約束をしました。
まさかあんなに元気で強かった小斎先輩が急逝するとは思いもしませんでした。合掌。

●英語力の無さ
ルールミーティングで、ヒクソンの話す英語は、半分くらい理解できました。
そんなに難しいことは言っていませんでしたから。
でも完璧には理解しないまま、試合に出てしまいました。
それがタメに、決勝では減点されているとは全く分からず、
リードしていると勘違いし、ポイント負けしてしまいました。

●そしてDVD
その後、このブドーチャレンジという大会は企画倒れになっているようです。
チャンスがあれば、もう一度挑戦したい。そんな大会です。
そんな未練があるもんだから、いつもそのサイトを見ています。
見ていたら、この大会のDVDが売っていました。
日本まで発送してくれるのか、とても不安でしたが、先日届きました。

●コムロック
初戦はベルギーの選手だったと思います。
特に説明は不要ですね。カメラアングルがイマイチですが、
コムロックでサックリ一本勝ちです。
つーか「SHOJI」って。。。sweat02

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2007年9月 3日 (月)

アフリカこぼれ話

写真を沢山頂いたので、紹介しきれなかった話や画像を!

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ドバイの空港はとても近代的で立派でした。
僕らはビジネスクラスだったので、ラウンジが利用でき、
ゆったりとしたソファに、飲食とネットが自由に使うことが出来、快適でした。
ただ黒ちゃん先生が『コレはすげー!こんなでっかいロレックスは初めて見た!』
と言うので記念撮影。これは広告であって、そんな高価なもんじゃないですよね・・・

タンザニアでは初日に記者会見をしました。
僕は頑張って、スワヒリ語で自己紹介をしたんですよ。
うなぎ犬君と黒ちゃん先生で、護身術を披露したら、驚いていました。

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タンザニア大使公邸に招待されました。
アフリカとはとても思えない大理石の豪邸、そして料理。
凄かったです!写真は大使夫妻と。

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大使館職員の梶本さん(前列右側)と、
協力隊OBで柔道コーチの溝内さん(右ツルツル)
お二人には本当にお世話になりました。
ちなみに、お二方とも僕と同級生でした。
良い雰囲気で、仕事をさせていただきました。

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大した運動量でもないのに、凄い汗です。
3人掛けと乱取りをした後なんですが、こんな疲労感でした。
右の画像は疲れすぎて、軽くボケてます。

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ザンジバル柔道連盟の島岡強 先生です。
どうですか、迫力あるでしょう?!
柔道指導とアフリカ独立革命に心血を注いでいる方です。

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モザンビークでの初日。
立派な道場ですよね。目の前が海なんです。(右画像)
左の画像は小学生向けのクラブにて。
僕が単独でレッスンをしました。(下手な英語で・・・)

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モザンビークの選手達に加え、今回は南アフリカの選手も合流してきました。
レベルが急に上がってしまったので、関節技を中心に指導しました。

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モザンビークの大使館職員と、協力隊員と。
この地でも、多くの方にお世話になりました。
中央白いシャツの冨田さんも同級生。
神奈川県の高校で柔道をしていました。
どこかで対戦していたかも!?

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ホテルの壁は鏡だったんです。
それに向かって写真を撮る、お茶目な黒ちゃん先生(笑)

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モザンビークでのデモンストレーションは、フットサルコートに、
畳を敷いて行いました。
周りには観客と言うよりは、コートが空くのを待っている
サッカー少年が沢山いました。。。 

Photo_2 Photo_3
タンザニアでの休憩中、ちょっとホテルを離れて歩いていると、
やたらでかいヤツがウロウロしていました。
そいつはキリンで、誰かのペットとかではなく、のらキリンでした。
もう少し歩くと、のらシマウマもとぼとぼ歩いていました。

やはりアフリカは動物の宝庫です。

そうそう、モザンビークではこんな話を聞きました。
内戦直後、何もないモザンビークは各地から支援を受けたそうです。
それでも食べ物がない、近隣諸国だって裕福じゃない。

そんなときに、隣国からゾウを頂いたそうです。

しかしそこはアフリカ。ゾウなんて珍しくもありません。

食に困った当時の人は、ゾウを食べちゃったそうです。

ゾウを食料としたら、相当な量になりますよね。
しかしゾウって旨いのかなぁ。。。

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2007年8月24日 (金)

アフリカ遠征@モザンビーク編

ザンジバルでの指導を終えた僕らは、再びセスナ機で本土に戻り、
本土からまた国際線でモザンビークに向かいました。

直行したらそんなに遠い(3時間くらい?)ところではないのですが、
途中、モザンビークのペンバ、ナンプラを経由して、
首都のマプートに着きました。なので6時間も掛かってしまいました。

勝手の分からない僕らは、経由する度にパスポートチェックしたり、
飛行機から降ろされたりで、全く気の休まる暇がありませんでした。

Dscf2026

これはナンプラ空港で撮った夕日です。なんかキレイでしょ。
建物が見あたりません(笑)
ちなみに撮影直後、空港警備員に怒られました。。。

マプートに着くと、目の前に団の荷物(贈呈用の道衣)があるのに、
係員が渡してくれませんでした。

なぜだ?早く渡せと言っても「No!」の一点張り。
大使館の方が通訳してくれてやっと渡してくれましたが、
なんでも、チップ(賄賂?)欲しさに駄々をこねることがあるようです。

またマプートは南アフリカにほど近いので、かなり涼しいです。
というか肌寒いくらいです。(南半球は今、冬ですから)
Tシャツに短パン、サンダル履き、それにリュックをしょって入国した僕は、
日本で言う10月下旬くらいの気候なのに、季節感のない、
裸の大将みたいで滑稽でした。。。

既に「イメージと違うな」と思う方も多いでしょう。
モザンビークは南アフリカにほど近いので、白人も多いです。

また経済的にも、近年まで内戦でボロボロになっていたそうですが、
そのことで逆に世界中から援助が募り、逆に急成長しているそうです。
なんと国家予算の半分が援助なんだそうです。

その為か、国民性として
「モノをもらう」「援助してもらう」という感覚に慣れてしまい、
勤労意欲、上昇志向に乏しいという話を聞きました。

 

Dscf2027マプートにある柔道クラブの道場、アフリカとは思えないでしょ?

モザンビークでは主に、スポーツクラブの大きなフロアに、
畳を敷いて授業をしました。

それ以外にも、いくつか小学校や、地区の少年柔道教室に出向きました。
初日は2班に分かれ、大人のクラブと、少年柔道クラブで指導を行いました。

一応、今回の団員の中では、僕が日常的に少年指導を行っているので、
一人で道場に向かいました。
ここで痛恨だったのが、通訳をお願いしている大使館のお姉さんが、
別班について行ってしまったことです。

足りない脳みそをフル回転して、英語で説明したのを
現地の指導員がポルトガル語で通訳するという離れ業を演じ、
なんとかその指導を終えることが出来ました。

モザンビークでは、大人よりも少年柔道が盛んです。
その数は圧倒的に、子どもの方が多いです。
なにせ、学校の授業の中に組み込まれていますから。

それを、モザンビークの環境大臣であり、柔道連盟の会長の
スンバナ氏に聞きました。
柔道は体育的な効果よりも、道徳教育の一環として取り入れている。
このことは、日本の柔道専門家としては、非常に嬉しい一言でした。
柔道が単に競技ではないということを、
遠くアフリカの人も理解してくれていると言うことですよね。
むしろ日本人も、このことを忘れてはいけないと思います。

ここで2つ、印象深いことがありました。
一つめはリサイクル柔道衣。
多くの場合は、不要になった中高生の授業用道衣を送っています。
モザンビークの場合、小学生の柔道人口が圧倒的に多く、
道衣があっても、サイズが合わないので、是非、子供用を送って欲しいとのことでした。
確かに、僕らがプレゼントした道衣も全て、大人用でした。
これは受け取る側の需要も考えて、送ってあげないといけないなと思いました。

Dscf2037 Dscf2035

二つめは子ども達です。
僕が単独で行ったクラブは、20名を少し超える程度の小さな規模でした。
しかし、指導者が「静かにしなさい」「広がりなさい」などと言うことはあっても、
子ども達は素直にそれに従っていました。決して怒鳴るようなことはありません。
当然、レッスンが始まる前に、子ども達同士で声を掛け合い、整列していました。

講道館ではどうでしょう。
子ども達は平気で遅刻してきます。意図的に遅れてくる子もいます。
指導中であっても、「静かにしろ」だとか「やる気がないのは帰れ!」など
実に低レベルなことを何度も繰り返し怒鳴っています。
そしてその怒鳴り声を、子ども達は聞き流しています。

もちろん、それは指導者の責任でもあります。
そこは「柔道は道徳教育です」というモザンビークの
スンバナ会長の言葉通りでもあります。
講道館の指導者も子ども達も、ここに関してはもう一度、
襟を正して見つめ直さないといけないと思い知らされた場面でした。

Dscf2038 Dscf2042

更にもう一つ付け加えるならば、
このモザンビークの環境大臣にして、柔道連盟会長のスンバナ氏、
僕たちが日本から来たということで、出張先から予定を切り上げ、
早めに帰国し、デモンストレーションに参加すると言っていました。
(画像は会長を表敬訪問したときのモノ)

がしかし、当日、軽くすっぽかしてくれました。
時間や約束にはおおらか(悪くいえばいい加減)なところも、
この国(地域)の国民性を表す大きな要素の1つです。

さて一番重要なデモンストレーションの話に戻ります。

既に2カ所で披露している僕らは、‘形’や得意技披露も
慣れてきました。特に鉄谷先輩との投の形は、
今までで一番の出来で、お互いの息もぴったりでした。

そして今回も3人掛けへ!
モザンビークでは60kg級、66kg級、73kg級で
それぞれリオの世界選手権に代表を派遣するそうです。

柔道スタイルとしては、日本人指導者が定住していないせいか、
タンザニアのような日本的スタイルではなく、
一昔前のような組み合わないヨーロッパスタイルです。

組み合わないので、結構手こずりますが、66kg級、73kg級の
代表は体力もあり、僕も本気を出さないと勝てないレベルでした。

しかし、実際試合になると、変に気を遣ってくれて、
僕が仕掛ける技にポンポンと飛んでくれました。
その心遣いには感謝なんですが、やはり物足りなさを感じました。

またギリギリまで会場が決まらず、その為、告知も不十分だったことから、
会場には殆ど関係者と、場所が空くのを待っているサッカー少年しか
いませんでした。その点は残念でした。

 

Dscf2044空き時間に博物館へ。現地ではたまにシーラカンスが釣れるそうです。

ところで、モザンビークで思わぬ人に出会いました。
最終日、大使館の方と食事をすることになりました。
そこで1人の女性が「私の妹も柔道していたんです」
という話になりました。

とはいえ、そんなことはよくある話です。
話の流れで、格闘技の話題になると

「妹は大学の柔道部を辞めて、格闘家になって・・・」

という展開にもなりました。
しかしお姉さんの名前を聞いても、思い当たるような選手もいませんし、
話はなかなか見えてきませんでした。
そこでもう少し話を進めていくと・・・

「そうそう!妹は源氏名をつけていて、全然違う名前なんです」
(源氏名ってちょっと違うだろ・・・)

「え~っと確か・・・星野?」

なんとお姉さんは、星野育蒔選手のお姉さんだったんですね!

Img10532502067_2

そういえば、以前、パラエストラ東京に、柔術の練習で行った際、
「私、格闘家になるんです。大学の柔道部を辞めて」
といっていた女の子がいました。

あれよあれよという間に、その子は活躍し、
女子格闘技会では有名な選手になりました。
出会ったとき、「ただ両親には内緒にしてて・・・」
と言っていたのが印象に残っていました。

まさかモザンビークで、そんな縁が繋がるとは思いませんでした。

帰国はモザンビークから南アフリカ(所用1時間10分)
南アフリカからドバイ(所用9時間)
ドバイから中部国際空港(所用10時間)
そして中部国際空港から東京駅と、
乗り継ぎを合わせると24時間以上かけて帰国しました。
未だに時差ボケ解消せず。。。

今回は自分の趣味もあって、指導する際は、僕が多くを手がけました。
(当然、寝技中心)
ですが、まだまだ言葉の壁があり、これが今の僕には
最大の課題となっています。

もう少し勉強を進め、英語でも、日本語と同じような水準の
指導が出来るようにしないといけない。そう痛感しました。
どこかに柔道指導者として留学したいです!

最後に、絵葉書などを買ってきました。
欲しい方がいましたら送りますよ。
応募先はこちらまで→komlock@mac.com

Dcf_0049

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2007年8月22日 (水)

アフリカ遠征@ザンジバル編

本土での任務を終え、僕たちはザンジバル島に向かいました。
ザンジバルにはフェリー便と航空便がありますが、
忙しい僕らは航空便で向かいました。

ところが!Dscf1795

ご覧の通り、飛行機と言っても画像のようなセスナ機で、
10名ほどしか乗れません。

鉄谷先輩にあたっては、満員のため副操縦席に座らされていました。

黒「余計なモノ触るなよ!」

鉄『怖くて触れません・・・』

そんな会話をしていました。
ジャンボ機の安定感になれている僕らには、
このセスナ機が怖くて堪りませんでした。

さて、ザンジバルを語る上で欠かせないことがいくつかります。

1.半分独立している
ザンジバルはタンザニア領の1つの島ですが、
それぞれ、独立して運営されています。
一緒なのは確か、軍隊、警察、外交だけだったかな?
あとはそれぞれ別組織らしいです。
柔道連盟も別々にならずに仲良くやっていけると良いのですが・・・
選手同士は非常に仲が良いようです。

2.ミスター革命児☆島岡強 先生
最初、ダルエスサラーム空港で島岡先生を見たときは、
冷静を装っていましたが、ぶったまげました!
だって髪型モヒカンなんですもん。
それにヒゲも伸ばしていて、一見して、日本人と言うより、
中東の人か、現地の人のようです。

島岡先生はザンジバルで暮らし、貿易の仕事をしながら
柔道の指導をしています。

その根本的な目的は「アフリカ独立解放」だそうです。
アフリカの民が、援助無しでも独立して生計を立てていけるよう、
支援をしながら彼らの自立を促し、雇用の機会を増やすなどの
活躍をしているそうです。

その過程で、柔道指導を依頼され、道場を建て、道衣や畳を輸入し、
本腰を入れて指導をしているそうです。

選手の中には福岡県警や、順天堂大学にも柔道留学し、
しっかりした身体と柔道をする選手もいます。

なので号令でも「イチ、ニー、サン、シー!」と声掛けたり、
「オーチ、コーチ、アシアシアシ!」(大内刈、小内刈、足を使えの意)
と言っていました。(現地の選手がですよ。)

ザンジバルでは食事から観光まで、何から何まで
島岡先生と奥様のお世話になりました。
奥様には連夜、日本食(現地で取れた魚や、天ぷら)をご馳走になり、
遠くアフリカに来ていることを忘れてしまうほど、堪能させていただきました。

島岡夫妻が運営する『アフリカフェ』というブログ

↑奥様は島岡先生の活動を手記にして出版しています。

3.リゾート地と世界遺産
ザンジバルは小さな島ですが、世界遺産(石畳の町並み)です。
イタリアから直行便も出ています。
ザンジバルからボートで30分ほど行くと、またキレイな島があります。
そこには、東京で生まれ育った(一部、茨城)僕には
見たこともないような青く、澄み切った海と、白い砂浜が広がっていました。

僕はシュノーケリングを初体験しましたが、
なぜかビビってしまい、全然潜っていけませんでした。
海底にゴロゴロしているウニ!
こいつを捕獲して、生で食ってやろうと思ったのですが、
全然届かず、指先が届いたと思ったらトゲに指されました。。。

元水泳部のうなぎ犬隊員も、全然潜れていませんでした。
しかも、潜っていない船上の黒ちゃん先生は船酔いしてしまい、
散々な日本チームでした。

Dscf1992 Dscf2004

Dscf1995 Dscf2007

亀はデカかったですよ~(笑)
150歳、300kg以上という亀もいて、その亀たちが
50匹以上、島をウロついているんです。
こうして見ると、亀の頭って本当にアレに似て。。。

柔道のことを書かなきゃいけませんね。
柔道も到着当日からデモンストレーションしました。
現地にはちょうど、仙台の女子大生が研修で滞在していて、
デモンストレーションを見学に来てくれました。
その学生に撮ってもらったので、ザンジバルでの写真は豊富です。

Dscf1937

投の形(小室&鉄谷)、講道館護身術(黒ちゃん&うなぎ犬)を披露
他にも受身や、得意技、少年との乱取りを行い、
そして最後には3人掛け
(今回は3人掛けを僕とうなぎ犬隊員で2セット)を行いました。

僕の前には手頃な強さの軽量級が・・・という希望を裏切って、
先鋒:先日の本土大会での第3位
中堅:先日の本土大会での第2位
大将:先日の本土大会でのチャンピオン
という分かりやすいベストメンバーで挑んできました。

ドクンッ!

心の中で、急に緊張感が漂ってきました。
相手はもう変えられない。そして負けられない。

まず先鋒は、スタミナを考慮して得意(?)の内股一閃!投げ捨てました。

次鋒、彼は順天堂大学にも留学経験があり、意外と姿勢も良く、
キレのある日本的な柔道をします。
もういっちょ、内股一閃!
今度は、姿勢が良いので回転しすぎたせいか、1回転してしまいました。
これが技有り。
大将に備え、スタミナを温存したい僕は横から滑り込むように巴投・・・
と見せかけて腕挫十字固!ばっちり極まって一本。

さて大将です。73kg級の選手ですが、僕より1回りは大きく、
力では完全に負けます。

組み方はヨーロッパスタイルで背中を持ち、接近してこようとします。
そして隅返、帯取返を狙ってきます。
組み手が徹底されていて、なかなか組めません。攻められません。
途中、回転しての送襟絞を狙いますが、力ずくで外されてしまいました。

汗が噴き出してきます。。。

もうよそ行きの講道館柔道スタイルじゃ勝てない。
僕は意を決し、コムロックスタイルを解禁しました。

相手が捨身技を失敗し、亀になったところで、
横から入り込むように腕を回し、袖に4指を引っかける。
相手の上半身をコントロールしながら回転させ、肩固に抑える。
「抑え込み」のコール。
相手がブリッジをして反転しようとする、その首の隙間に袖車絞!

 S_sodeguruma2

僕が最も得意とする形で、なんとか3人掛けを達成することが出来ました。
しかし、暑さと緊張もあってか、かなり疲れ、
また道衣も汗と泥でグチャグチャになってしまいました。

うなぎ犬隊員は、あっさりと3人抜きを達成。

Dscf1948 Imgp4737

わずか1週間という期間、さらにそれを2カ所に分けるという
タイトなスケジュールであったため、選手達には、
十分な指導の時間を提供することが出来ませんでした。

またタンザニア北部にはンゴロンゴロという国立公園があり、
野生動物がまさにゴロゴロしているそうです。
しかし日程に少しも空きがなく、今回は残念ながら、
亀としか接することが出来ませんでした。

そうそう、野生動物といえば象やキリン、ライオンをイメージすると思います。
その中でもカバは、日本では穏和な性格で知られています。
しかしこの象&カバ、この2種が最も凶暴で危険な動物だと言うことは、
日本人は知らないと思います。現地の人がそう言っていました。

人食いカバ・・・イソジンのCMの可愛いカバしか想像できません。
凶暴な象・・・車ごと踏み潰すそうです。追いかけられると、結構速いらしい
あと河で洗濯していると、よく人がワニに食べられちゃうそうです。

最後に、タンザニアでは大使館に勤める梶本さん、
元協力隊員の溝内さんにとてもお世話になりました。
ストレスの溜まるような仕事なのに、嫌な顔1つせず、ご協力いただきました。
お二人とも僕と同じ30歳で、両氏と接している中で、
僕は何か通じるモノを感じました。
日本に帰ってきたら、江戸前寿司(宝寿司)でもご馳走せねばなりませんな♪

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2007年8月19日 (日)

アフリカ遠征@タンザニア本土編

今回、国際交流基金という団体から4名の柔道専門家が選抜され、
アフリカのタンザニア・モザンビークに約2週間、派遣されました。

団員は以下の4名です。

団長:黒ちゃん先生(写真左から2番目)
警察大学校の先生、以前、山形での講習会でご一緒しました。
オールバックが印象的な天然の先生です。

リーダー:鉄谷先輩(写真一番右)
泣く子も黙る学舎出身の警察官、今は良きパパです。
僕が小学生時代、道場の先生が鉄谷先輩を指して
「ああいう打ち込みをしなさい」と言ったのを覚えています。

隊員:うなぎ犬くん(写真一番左)
今回、最年少の警察官です。
以前、ベルギー国際に一緒に出場しましたが、
試合後の合宿中、室外のシャワーを浴びてている間、
同室の人間が鍵を掛けて外出してしまい、
バスタオル1枚で途方に暮れた経験を持つ漢。

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まず右の写真を見て下さい。

僕たちは今回、
羽田-関西空港-ドバイ-タンザニア
という航路を経由しました。長い旅です。

そこで飛行機はビジネスクラスにしていただけたのです。
どうです、このモニター!お宅のパソコン画面より大きいのでは?
食事も普通のレストラン並み、そしてシートもゆったりで
ほぼフラットになる形状、さらにシートはマッサージ機能もあり、
映画も数十本も用意されています。

最高のくつろぎ空間を与えられ、
僕たちは2度の乗り継ぎを経て、
タンザニアの首都、ダルエルサラームへ到着しました。

ホテルや、市内各所には、以下のようなポスターが貼られ、
日本人が来て柔道のイベントがあることが告知されていました。

今回、デモンストレーションだけでなく、
タンザニアの国内大会(体重無差別)を同時に行いました。

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僕たちは朝から審判、形の披露、乱取、そして5人掛けと、
フル回転で仕事をしました。

試合はタンザニア本土と、ザンジバル島選手との紅白戦のような展開、
結果的にはザンジバル選手が上位を独占しましたが、
アフリカ人気質なのか、試合は大盛り上がりの大熱狂!
足立学園時代、授業でクラス対抗をしたときのような雰囲気でした♪

「投の形」は最近、同僚のぶっちー先生と練習を重ねているので、
鉄谷先輩との投の形も、少しタイミングを合わせるだけで、
充分魅せられるだけのレベルに達しました。

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コンクリートに直に敷いているだけの畳、
相当に痛かったと思います。鉄谷先輩、本当にお疲れ様でした。

このほかにも、得意技を披露するということで、
僕は巴投と、飛びつき腕挫十字固を披露しました。
実は私、飛びつきはやらないし、一本を取ったことが過去にないのです。
なので得意技ではありませんが、かの有名な跳関十段先生に、
直接指導していただいた経験(やられた経験もあり)もあり、
魅せることが出来ました。なぜかこれが一番好評のようです。

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さて、タンザニア本土でのメインはこのときの5人掛けでしょう。

渡航前、現地では「掛け試合」を要求されるかもしれないが、
万が一にでも負けたり、怪我をするといけないので、
試合は拒否するように。
と、言われていました。

しかし、試合に飢えている今の僕に、こんなチャンスは逃せません。
団員中、一番からだが小さいというのを理由にして、
立候補してみました。体重は無差別、5人との連続1本勝負です。

1人目
お父さんがスイスから出張できている子、つまり白人の子なんですが、
まだ中学生くらいです。
足技で遊んであげている最中、
僕も暑い中で、そんなに遊んでもいられないな~と、
思っていたら、とっさに右の一本背負投が出てしまい、一本。

2人目

サクッと内股だったかな?秒ゴロでした。

3人目
サクッと左右のフェイントを入れてからの大車!

この蒸し暑い気候、やたらと力んでいる相手選手
そして絶対に(!)負けられないというプレッシャー。
まず負けることはないと分かっていても、妙に汗が出てきます。

4人目
タンザニアでは最も大きい選手。一応100kg超級になるのでしょうか?
ガバッと包み込まれるように組まれたので、
そのままストンと座り込むように巴投に入りました。
相手は全く反応できなかったようで、大きく縦回転して倒れていきました。

5人目
最後の勝負です。
そんなに動いていませんが、力みか、暑さか、汗が滝のように出てきます。
相手は中量級、二回りくらい大きい選手、力が強かったです。

これまで4本、全部投技で決めました。

そろそろ得意分野出しても良いかなと言うことで、
先ほどと同じような巴投に入ります。
相手は素早く反応し、間合いを保とうとします。
がしかし、その間合いを取ろうとする腕が狙いです。
クルンと回転して、巴投からの腕挫十字固が完成、
現地の人は絞技、関節技にはだいぶ怯えているらしく、
すぐさま「参った」をしました。

無事に5人掛け達成!
心地よい疲労感と、緊張から解放された達成感で満たされます。
最近はこんな緊張感や、達成感もご無沙汰していました。
やはり試合は面白い。

本土では、僅かに2日間の講習しかできませんでした。
僕は絞技のコツなどを指導しましたが、もっと教えてあげたかったです。

また二日目には日本国大使公邸に招かれ、豪勢な夕食を頂きました。
ここがアフリカか?!
と思うような邸宅、そして食事。
また大使館員、協力隊の皆さんと有意義な会食をすることが出来ました。
協力隊で来ている人達は何か、バイタリティに溢れている感じがしました。

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画像は一部、ザンジバル島でのデモンストレーションのモノが混じっています。

タンザニア大使館のページでも紹介されています。

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2005年9月29日 (木)

ブドーチャレンジに挑戦します!

すでに格闘技雑誌などでリストアップされていたのですが、
かの有名なヒクソングレイシーが主催する組み技限定(道衣有り)の大会
出場できることが正式に決まりました。
(10月中旬、アメリカ・ロスアンジェルス)

これは道衣を着ることが義務づけられているんですが、
柔術と違うところは引き込むとマイナスポイントを取られていること、
そしてポイントの配点は、攻撃(絞め技や関節技)でもうちょいってところまでいったら
3ポイント
で、他は1ポイントというところ。
つまり一本を取る姿勢を重視するみたいですね。

これは面白いルールだ!
寝技主体だけど、柔術よりは立ち勝負が出来る。
ポイント制度はあるけど、極め技重視。
これは僕のスタイルにピッタリ当てはまるんじゃないか?!

もともと、他の競技に挑戦するきっかけとなったのは
「何か吸収できる技術はないか?」
「自分の寝技がどこまで通用するか?」
でした。

さて今回はどこまで通用するか、新たな挑戦です!
以下は公になっているルールです。

///////////////////////////////////////////////////////////
試合時間
3分×3R、延長3分

ポイント

1ポイント

・寝技に三秒間持ち込んだ投げ
・リバーサル(態勢をクリアに返した場合。その直後にまた仕掛ける場合などは省く。/)
・スイープ
・パスガード
・ニーオンザベリー
・バックコントロール(フックが必要がどうか、問い合わせ中)

3ポイント
・ほぼ極める直前まで追い込んだサブミッションホールド

減点

全て−1ポイント
・スタンドの場合、組むだけで15秒以上、攻める姿勢を見せない。

寝技で――
・押さえ込んでから、20秒以上同じポジションでホールドした場合
・引き込んだ場合

スタンド、寝技の両方の状態で――
・消極的姿勢
・場外へ逃げた場合

ゲイン
・試合が拮抗し、延長でもポイントに差がなかった場合。本戦からアクティブ、
ネガティブな局面を、副審が「ゲイン」として数えており、
延長が終了した時点で勝敗を喫する判定材料となる。

ポジティブ・ゲイン
・ポイントには至らなかったが、有効な攻めを見せた場合
・極めへの姿勢

ネガティブ・ゲイン
・ネガティブ・ポイントには至らなかった、消極的姿勢
・受身の姿勢を見せているケース

有効なテクニック
・全ての投げ、リバーサル、スイープ
・腕、足、手首、足首、ヒザへの関節技、絞め技

反則
・首への関節技、フィニッシュから逃げるためのスラミング

失格
・目への攻撃、髪の毛を引っ張る行為、急所への攻め
・任意の打撃
・反則技で使った場合
・指とつま先を捻った場合
・関節、絞め技を仕掛けられたケースで場外に逃げた場合
・3度、試合場から出た場合

タップの意思表示について
・相手がマットを1度以上叩く
・口頭で「ストップ」に当たる言葉を吐いた場合(ルール・ミーティングで、実例を表示します)

使用が許される装飾道具(必ず使用するのかどうか、確認中)
・ヒザ、ヒジ・パッド
・マウスピース
・金的ガード

使用が許さない装飾道具
・金属を使用、もしくは金属に相当する硬度があるプロテクター
・ヘッドギア
・シューズ

道衣規定
・白の柔道もしくは柔術衣。パッチは右袖以外は、認められない。

階級

59.99 Kg (132 lbs)以下
60 Kg以上、 67.99 Kg (149.60 lbs)以下
68 Kg以上  76.99 Kg (170 lbs)以下
77 Kg以上、 86.99 Kg (192 lbs)以下
87 Kg以上  97.99 Kg (216 lbs)以下
98 Kg(216 lbs)以上
計量は大会当日に道衣を着た状態で。
///////////////////////////////////////////////////////////

当然、組み技限定なのでパンチ&キックは禁止です。
じゃあ肘打ちと膝蹴りは有りなのかな?

日体大生を震撼させた「コムニー(小室式膝蹴り)」はまだ封印かな?

さぁ、減量がんばろ〜。。。
意味もなく、護身用に枕元に掛けてあるオープンフィンガーグローブ
(今回の試合は打撃は無しです!)

そういやまだ学校の許可が・・・
ダメって言われても絶対行きます!
徳原先生の許可が出たのでもう大丈夫です!
考えてみたら、学校側は体育教師には無関心なので、有給休暇を使っていきます。

会場と計量

こんにちは、小室です!ちゃんと投稿出来てますかね?
出国直前に成田空港で携帯をvodafoneの3Gに替えました。
なので海外でも繋がりますよ♪

さて、無事にロスに到着しました。
急遽、計量が[道衣着用で68kg未満]ではなく[裸で68kg未満]に変更されました!
体重落とし過ぎちゃった(:_;)
そして無事に計量をパスしました。

画像は設営途中の会場です。
すり鉢状になった程よい広さの会場ですね。

緊張しそうです・・・ いま主催者のヒクソン・グレイシーが来て握手しました。

みとけよ!
大和魂で一発食らわしてやるからな!!

結果速報です!

[引き込みは-ポイント]

というルールでしたが、みんな関係なく引き込んでました。
なので、殆どブラジリアン柔術の大会です。

初戦は、ベルギーの選手と対戦しました。

引き込みに合わせて脚を捌き、腕を抱えながら逆に引き込み返し、コムロックで極めました。
30秒くらいでしょうか。
緊張していましたが、身体が反応してくれました。

決勝は、今年のアブダビ王者、レオジーニョ(レオナルド・ビエイラ)選手でした。

1R、相手の引き込みで-ポイント

2R、巴投げでキレイに投げて1ポイント

3R、更に引き込まれて-ポイント、三角絞を仕掛けられて3ポイント奪われて・・・

そんな感じで3Rが終了し、ポイントで引き分け延長か、勝ったのかな?
と思いましたが、負けました。

よく解りませんが、誰にも解らないところで(表示無し)
[マイナスゲイン]
というのが何度も入っていたようです。
まあ、初めての大会なのでルールがよく解りません!

でもイイです
。とにかく負けです。2位でした。
今度は優勝出来るように頑張ります!

応援ありがとうございましたm(__)m

ブドーチャレンジ(最終版:前編)

今回、ちょっとしたきっかけから、ビックチャンスが巡ってきました。

柔道でも柔術でもない、極めを重視した道衣の大会。

待ってました!って感じでした。
それがまたヒクソン主催だから、注目度も上がるでしょうし、
モチベーションも上がらずにはいられませんでした。

*日本でもTV放送を企画しているらしく、ネットや雑誌での公表はNGなんだそうです。
なので今回、まだニュースサイトには何も載ってないですよね。

準備期間は少し短く、またいつも通りの多忙な毎日なので、
今回は柔術への出稽古はほとんど無く、
いつも通りの勤務の中、生徒と柔道の稽古をして調整しました。

ちょっと減量もきつくなりそうだったので、
今回は朝昼をしっかり食べ、夜はプロテインで済ませました。
(寝付くまでがちょっとしんどい・・・)

今回、久しぶりの国際大会ということもあり、
またそれが格闘技の大会ということもあり、多少の混乱は予想していました。
なにより一番心配だったのが計量についてです。

当初「道衣を着た状態で計量し68kg未満」
という柔道ではちょっと考えられない「道衣の重さも含めた計量」という話でした。

直前になり、現地の方と直接連絡出来るようになり、確認してもらったところ
「裸で計量して68kg未満」という話でした。
更には計量も「前日でもOK」ということで、
かなりシビアな減量をしていた自分には、

お願いだから「裸の状態で68kg未満、前日計量にして〜」という心境でした。

このことには出発当日の成田まで確認が出来ず、大混乱でした。

結果から先にいえば、計量は僕の希望通りとなり、
しかし直前に知ったのと、直前まで体重を量れなかったのが災いして、
結局は66.6kgになっていました。

減量苦から解放され、ロスで本場(アメリカ産牛肉!)の
ビーフボール(つまり牛丼!)を頬張る僕と勝村選手。
「YOSHINOYA」(吉野や)はロスにもあるんです(笑)
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話は変わりますが、勝村選手はナイスガイですね♪
物腰が穏やかで、格好良くて、それでいて強かったです。
(宿敵?ビビアーノに負けて準優勝でした)

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さて、試合の話に戻しましょう。

アメリカ、ブラジル、ヨーロッパ、日本の4各国で厳選された4人でのトーナメント戦。
僕の階級は
バレット吉田(アメリカ)
レオジーニョ(ブラジル)
ヨーロッパ代表のベルギー人(名前忘れた・・・)
そんで僕の4人でした。

初戦、僕の相手はヒョロッとしたベルギーの選手でした。
柔道と、柔術では紫だそうです。

僕の見解では今大会、柔術以上、柔道未満ぐらいで立ち勝負が出来るものだと思っていました。
しかし主催者、殆どの出場選手、そして審判が柔術家なだけに、
殆ど柔術と変わりなく、立ち技の攻防無く、寝技に引き込んで勝負をする形になっていました。
(引き込むとマイナス1Pになりますが、そのまま勝負は続行されます)

さてベルギーの選手、いきなり引き込んできました。
僕はそれも予想内だったので、合わせて横に回り込みながら腕挫十字固を狙いました。
これは失敗。

寝技の展開になり、僕が上の状態から相手の左腕を脇に抱えました。(チャンス!)
すぐに下になり、コムロック一閃!

しかしこの時、ひっくり返されたという判断で相手にポイントが付き、
そのアピールで審判が選手から目を離していました。

瞬間的に極めたので、見ている人も解らなかったかもしれませんが、
脇に抱えた腕を抜きかけに極める関節技が極まっていました。

相手の「参った」を審判は見ていません。
僕は手を離すわけにもいかないので、そのままにしていました。

すると相手の「参った」連打が早くなり、ついにはその手が僕の顔面にぃ!
久し振りに殴られました。。。

それによっていい加減気づいたらしく、ストップが宣告されました。
会場はドン引きです。。。

僕は相手にもセコンドにも謝りましたけど、相手の関節を振り切っ大怪我させたわけでもなく、
審判が見逃していただけなのに、殴られ損です。謝るのは審判でしょ?
せっかくスパッと極めたのに、釈然としないままリングを降りました。

もう一つの枠、バレットとレオジーニョの強豪は初戦でぶつかり、
肘の怪我などもあったバレットを圧倒したレオジーニョが決勝にコマを進めました。

こうして、アブダビ王者にして柔術王者レオナルドビエイラこと
レオジーニョ選手との決勝戦
となったわけです。

つづく・・・

ブドーチャレンジ(最終版:後編)

先に前編をご覧下さい。

間違いなく世界最高峰の寝業師との対戦、
当然緊張はしましたが、力むわけでもなく、それでいて落ち着いていて、
いつもとは違った変な雰囲気でした。

最初からガンガン仕掛けていこう!

それが唯一の作戦でした。

立ち勝負で組み合ってみると、まあ当然のことながら立技のプレッシャーや
技術は感じませんでした。

一発、内股で投げて腕挫十字固の連携でいこうと試みたのですが、
焦って掛けてしまい、内股は不発に終わってしまいました。
この時点で、前回り捌き系の技(背負投、内股etc.)は、
バックをとられる可能性があるので封印しました。

出来れば投げて、その瞬間、寝技への移行で極めてしまいたい
というのが理想だったんですが、やっぱり引き込んできました。ここで1Pゲット
今回の特別ルールで「投げることなく寝技に引き込んだらマイナス1P」となります。
ここはお互い、様子を見るような感じで動きもなく、1Rが終わりました。

柔術の試合と違うのは、3分で3Rという点。
これにより、判定勝負になったとしても3回は仕切り直しで展開が変わるので、
僕にとっては結構好きなルールです。

2R開始、今度は引き込まれる前に足技で、特に小内刈か小外刈あたりで投げ、
すぐに横四方固で抑え込むか、またはそのまま腕挫十字固に移行するのを狙っていました。

しかし、僕の身体は「いける!」と思った瞬間、勝手に反応していました。
巴投
一応、得意技のひとつですが、柔術(系?)の試合で決めたのは初めてかもしれません。
ただ残念なことに、投げただけで終わってしまいました。
相手の防御もしっかりしていましたしね。ここでまた1Pゲット!

レオジーニョは引き込んで三角絞や、道衣の裾を利用した絞技を狙ってきます。
僕はそれを凌ぎながら、相手の首を抱えて袖車絞を狙います。
しかしちょっと降着気味でした。

3R、レオジーニョはすぐに引き込んできました。
ここでマイナス1Pなので、トータルでポイント3−0でリードしました。

このあと、レオジーニョの強引なまでの反撃が始まりました。
最初は無難に凌いでいましたが、三角絞から腕挫足固(柔術ではオモプラッタというそうです)
などの連携で「極まり掛けた技3P」が相手に入りました。

その後一端、立ち勝負に戻り、僕は引き込んでからコムロックで相手をひっくり返しました。
そこで試合終了のゴング。
(でも実はゴングは鐘ではなく、仏壇に置いてあるようなチ〜ンてやつでした)

僕は勝手な判断で「勝ったんじゃない?!」て思いましたが、
レフリーの手はレオジーニョを指示しました。
僕はなぜ負けたのか理解できず、同行していただいた高島学さんを介して
説明を求めたのですが、

降着していたときに、ホールディング(?)、つまり消極的だったため、減点していた

とのこと。
減点されていたとは、両選手はもちろん、全ての観客も全く知りませんでした。
高島さんは抗議してくれましたが、もちろん相手にしてくれるはずもありません。

そもそも「一本を極めなきゃ勝ちじゃない」と心に決めていたはずなのに、
3Rで3−0とリードし「これを凌いだら勝てる!」と思い、無難にやり過ごそうと消極的になりました。
それが大きな敗因です。

初めての大会ですし、もちろん柔道とは違う、全く新しいルールです。
そしてアウェーです。ごちゃごちゃ言っても始まりません。

いつもの強気な姿勢を貫くことが出来ず、一本を極めることが出来なかったのが悔やまれます。

そんなわけで、世界チャンピオン・レオジーニョとの一戦は、悔しい負け方をしました。
今度また、彼と勝負することは出来るのでしょうか?
神や先生と崇めるつもりはありませんし、目標にするつもりもありません。
同じ目線で、今度やることがあったら、絶対に攻め切るスタイルを忘れずに一本極めてやりたいです。

でもやっぱり、このビックチャンスをモノに出来なかったのは悔しいな。。。
しかし落ち込んでいる暇はない!悔しかったら練習しろ!強くなりたかったら考えろ!
というわけで、自分に言い聞かせて頑張ります。応援宜しくお願いします♪

<蛇足>
今回、同部屋だった高瀬大樹選手は、初戦を得意の三角絞で快勝しましたが、
背筋を負傷して決勝は欠場、準優勝に終わりました。

友達になってからは結構経つんですが、会話の流れの中で
実は同級生だということが判明しました。
ずっと先輩だと思って敬語使ってた!

でも今更ため口で話すのも気恥ずかしいので、今は微妙な会話をしています。

高瀬「じゃあ今から3分間だけタメ口でいってみましょうか、じゃあスタート」
小室「・・・・・」
高瀬「小室〜、背中掻いて!」
小室「タメじゃなくて、上下になってんじゃん(笑)」

そんなくだらない会話を延々と繰り返し、試合の夜は結局朝まで話していました。
翌日のオフは、僕が「みんなでディズニーランドに行こう!」という誘いを、
みんなが拒否したので、結局何もしないままホテルで寝てました。。。

そして学舎魂・小斎武史!(お子さんが本人にがソックリ!)
決勝では反則負け!(詳しくは本人のブログで)
これぞまさしく学舎魂、そして侍!
あの選択肢には最高に笑わせてもらいました。ごっちゃんです!

こちらは帰国した成田での集合写真。みんなちょっとお疲れモード
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こちらはお世話になったトレーナーの高橋先生(左)とライターの高島さん(右)
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ルールミーティングでのヒクソン、かなり混乱していました
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白帯で出場の高瀬氏、得意技は口車と横三角

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