海外

2014年11月13日 (木)

アジア柔道形選手権大会

昨年の全日本形選手権で私たちはペア結成以後、初めて負けました。

その後2月に行われた強化合宿、及びアジア形代表選考会では勝利し代表権を得たものの、
最終選考会では敗れ、世界の代表は逃しました。
もう私たちの時代が終わったことを感じました。

アジア大会が開催されるタイでは、治安情勢の影響で開催が延期になっていました。
何度か延期を繰り返し、そして11月になり、ようやく開催にこぎ着けることができました。

今回、直前に東京都からの企画でロシア・トムスクを訪問していたこともあり、
ワガママを言って全日本チームとは別便で(ギリギリまで授業をして)タイに向かいました。

ロシアでは最低で-20℃の世界でした。
日本も冬とはいかないまでも、朝晩は寒さを感じる季節になりました。
そこから真夏のタイに行ったものですから大会当日は一日中頭が痛く、
暑さにやられてしまったようです。

さて抽選の結果、演技は1番最初でした。
おそらくは採点競技として最悪の順番です。
各技を10点満点で採点していきますから、11点、12点という採点はあり得ません。
最初の演技者で高い点を出すと、以降の演技で高止まりしてしまうため、
最初は抑えめに採点するのが採点者の心理です。
そういった意味では、最も不利な順番だったと言えます。
つまりは「運も実力のうち」ということになります。

しかし負けるわけにはいきません。
どんな演技だったかは動画で判断してください。

横四方固めの際、私の右膝が滑ってしまうなど、
若干のミスはありましたが、ほぼベストな演技ができました。
久しぶりの形競技だったので、ずいぶんと緊張し、汗をかきました。
おそらくは暑さのせいだけでは無いと思います。

採点競技の怖いところは、結果が出るまで何が起こるか分からないところ。
自分でベストと思っても、どんな減点をされているか分かりません。
1番最初だったのでひたすら他の演技が終わるのを見続け、
集計を待ち、そしてポンッと画面に結果が表示されました。
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お陰様で優勝することができ、やった!
というよりは安堵したという方が大きかったと思います。
結果的に、全日本チームは全種目制覇を達成しました。

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さて最後にご報告いたします。
今回の挑戦で私たちペアは解散します。
私自身は「形競技から引退」します。

形競技に出会って、柔道家としての視野がずいぶんと広がりました。
これまでご指導頂いた先生方、応援して頂いた皆様、共に演じてくれた髙野先輩
ありがとうございました。

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2012年9月 3日 (月)

コントレックス

この夏、フランスの南東部に位置するコントレックスというところに行ってきました。
(都市大学付属柔道部のコーチをしている林良樹くんと共に)

コントレックス、日本では硬水の銘柄として日本でもその名を聞いた人もいるでしょう。
11年前ミュンヘンの世界選手権を観戦した後、 車で移動し彼の地で柔道キャンプしました。
監督もコーチも、通訳もいない中での武者修行でした。
※当時のブログ記事
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ちなみに、このキャンプを主催しているパスカルには色々と面白い指導法を教わりました。
拙著でも掲載している「パスカル式十字固」は彼に教わったモノです。
また11年前は少年だった息子のジャニーも、今となっては立派な柔道選手になっていました。
こちらの動画はジャニーと演じたモノです。

LOCARINI Gianni / KOMURO Koji - JUDO Edit (Aug 2012) from FullID on Vimeo.

またこのキャンプでは、各国の指導者が趣向を凝らした指導法を紹介し合う
というのがコンセプトですが「ジャングル乱取り」というのが面白かったです。
私はアナコンダのつもりだったんですが、どう見ても芋虫になっていますね。

「ジャングル乱取」
各々が動物の動きを模倣しながら移動し、入り乱れながら組み合うという練習方法です。

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2012年2月29日 (水)

2012アジア柔道形選手権大会

2/24(金)、午前の授業を済ませ足早に講道館に向かうと、
着いたのが集合時間の20分前だった。
しかし侮ってはいけない、この集団はせっかちだ。
案の定、10分前には全員が集合し、6分前には結団式が始まった。
つまり5分前では遅いのだ!(昨年の5分前の5分前事件参照)

講道館で出発前の最終調整と演技を済ませ、私はいったん自宅に戻り、髪を切りに行く。
今回は羽田空港から深夜初の便だったのだが、なぜ14時に集合なのかは甚だ疑問であった。
しかし、そんなことを質問してはいけないことは充分承知している。

羽田空港で最後の和食を摂り、空路で約6時間、真冬の東京から灼熱のタイ・バンコクに到着した。
この気温差は凄まじいものがある。
午後から扇風機が1台あるだけの道場で調整練習をするが、
受け身をしただけで頭がクラクラし、大粒の汗が吹き出した。
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試合前2日間の調整を経て、大会当日、やはり集合時間の20分前には備えていた。
(繰り返すが5分前では遅いのだ!)

今回は予選を行わず、1発勝負となった。
固の形は最強のライバル・イランが世界2位の組に加え、
新人の組を加えて2組を投入したほか、ラオスや韓国も新規参入して7組で争われた。
5種目中、固の形から競技が開始され、私たちは4番目に演技をした。
畳は日本とは違い1m ×2mとなっており、若干大きくなっている。これにより、歩幅や立ち位置を調整しなくてはならない。
また、今回は畳の配置が日本のそれとは異なっていた。 わずかな違いではあるが、
そのわずかな差が勝敗に大きく影響することを、我々、形の競技者はよく知っている。

そのせいか、いつも以上に緊張したように思う。
当然、日本を代表しての国際大会だ、緊張しないわけはない。
また緊張感がなくては練習以上の演技をすることはできない。
失敗は許されない、負けたらそれで終わりという緊張感が練習を超える力を発揮し、雰囲気を醸し出す。
緊張感をうまくコントロールしながら、演技を行った。

毎回「これが世界最高の演技だ」と思いながらも、あとから見返すと改善点が多々あるものなのだが、今回も現状では最高の演技ができたと思う。

最初の袈裟固、次の肩固、この時点でいつも勝利を確信する。
違いは音だ。
静寂の中、すり足で畳を擦る音が聞こえ、私が全身に力を込め合図をすると、攻防が始まる。
途端に、身体のどこからか聞こえる音が、畳を介して音を会場に響 かせる。この音が、他の組とは決定的に違う。
(と思っている。これは残念ながら映像では伝えることはできない。是非、実際にその目と耳で確かめて欲しい)

今回も最初の二つの技で、勝利を確信し、実際にその通りになった。
私たちは大会2連覇を達成した。

高野先輩はたった1回の演技でも筋肉痛になるという。
それだけ形(カタチ)ではない、本気の演技、攻防が表現されているのだ。
その緊張感、疲労感は実際に形の競技を体験してみないとわからないものだ。
演技の後のリラックスした姿を、ラオスの選手たちが激写していた。
(ただの居眠りではあるが…)
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今回も日本チームは、5種目全ての形で優勝を果たすことができた。
それと同時に、柔の形でタイが3位に入った他は、イランが表彰台を埋め尽くした。
つまりイランは全ての形で2組を投入し、そのほとんどが日本に準ずる位置をキープしているのだ。
これはアジアだけでなく、昨年の世界選手権でも同様だった。
日本が同じように2番手、3番手を投入したととしても、表彰台を独占できるかは、
彼らの演技を見る限り容易ではないだろう。
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こうして私たちは、無事に連覇を達成することができた。
まずは授業がある中、快く送り出してくれた都市大学付属関係各位、
またいつもご指導賜っている講道館・全柔連の皆様、
そして最高の受けをもって演じてくれた高野先輩に深く感謝したい。

これからは連覇もさることながら「地味でおもしろくない」といわれる
固の形の普及・理解に尽力したい。
そのためにはまず、形の競技会だけでなく、いろいろな場所で演じる機会をいただけたらと思っている。
きっと「地味でおもしろくない」という固定概念は払拭できると信じている。

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2011年8月21日 (日)

ロシアの袖車絞

先日、高野先輩からメールがありました。
「日本人選手がロシア選手に袖車絞で負けている」と・・・・
早速調べてみましたが、ちょうどYouTubeに動画がアップされていました。

2011世界カデの44kg級決勝の映像ですが、
袖車絞で日本​の選手が絞め落とされてしまいました。
ロシアの選手、関節技が得​意な選手はいても、
絞技が得意な選手はいなかったんですけどね。

この場面、返すのはいったん諦め、すぐに両肘を押し上げるか、
相手の両肘を抱えるようにして、絞められないよう圧力をかけておかないといけません。
彼女は内側に手を入れて防御していますが、あまり効果はないんです。
強力な技なので、すぐ落ちちゃいますからね。

何か良いDVDでも観たんでしょうか?

なんて書いているそばから、ロシアのコーチから冬のジュニア合宿(モスクワ)に
きて欲しいというメールが届いていました。

次の世界選手権(2014年)はモスクワに決まったそうですし、気合い入っているんでしょうね。

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2011年6月17日 (金)

2011世界柔道形選手権大会を終えて

「今回優勝すれば自分たちの時代になる」

昨年の優勝は勢いとビギナーズラックだと思っていた私達は、
自分たちの実力を確固たるものにするために、
今回だけは絶対に負けられないと、選考会から必勝の心構えで臨んできました。

また出発当日の朝、担任をするクラスの生徒からは激励の寄せ書きをもらいました。
それまで、「良い成績が残せるように」とか、「ベストを尽くします」という表現しか
使わないようにしていましたが、思わず『先生は必ず金メダルを持って帰るからな!』
と宣言してしまいました。またひとつ、負けられない理由が増えてしまいました。
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14日の大会当日まで、現地では2日間の調整期間がありましたが、
地元の綺麗な道場を拝借することができました。

調整練習とえば、私達には一貫した考え方があります。
それは「本番に勝る演技を練習では出せない」ということです。
練習は練習でしかありません。
もちろん、練習では本番に近い集中力をもとめますが、それ故に毎回1回だけしか演技しません。
それはやり直しができない、本番を想定してのことです。
実際、本番での高野先輩の逃げようとする力は、練習のそれとは比較にならないほど速く、力強いです。

今回もそれは徹底していました。
おそらく今回出場したペアでは唯一ではないでしょうか?
私達は大会当日、自分たちの演技まで、一度も組み合っていません。
普通、大会当日ともなれば本番までに一度は通し稽古をするものです。
しかし私達は、それすらもしませんでした。
決勝戦前などは、直前までそれぞれが別々の場所でウォーミングアップをしていて、周囲を心配させたほどです。

集中力を極限まで高め、攻防の一体を魅せる。
高野先輩は大会後、こう言っていました。
「形とはいえ真剣勝負、小室の抑え込みを返してやるぐらいに思っていた」
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それでも私は逃がしません。
だからこそどこよりも力強く、迫力のある演技を魅せることができるのです。
ある観客が言っていました。
「小室・高野ペアだけだよね、本気で絞めて、極めているのは」
そうなんです。形の演技だからこそ、形(カタチ)だけでは魅せる演技はできないのです。

そして本番。
今回は昨年のようなトラブル(私が一瞬、我を忘れてしまう)はありませんでした。

唯一、決勝戦の演技中、上四方固に入る際、高野先輩を見ると首筋に縮れた毛が一本張り付いていました。
誰の縮れ毛か、なぜそんなところに張り付いていたのか、全く分かりませんが、思わず心の中で
「先輩、勘弁してくださいよ・・・」と呟いていました。
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そんなトラブル(?)は全く気にせず、予選はもちろん、決勝も最高の演技をすることができました。
今回は全てにおいて「キレ」を発揮して魅せることが出来たのではないかと思います。

昨年は代表合宿の頃から「中橋の達の演技は~」と先代チャンピオンの演技と比較され、
それを追従するように指導されてきました。

それに対し、高野先輩は「中橋達は受け(防御)を魅せていた、俺たちは小室の取り(攻撃)で魅せる」
と方向性の違いを固持してきました。
今回2連覇を達成し、気付いてみれば「中橋達は~」という言葉は全く言われなくなっていました。
それはつまり「自分たちの時代になった」このとの証明ではないでしょうか。

これからの自分たちは、ペア結成以来、演技会・選考会で一度も負けていない連勝記録(9連勝)をどこまでも続けていくこと、
それと「地味で面白くない」と言われ、7種の形の中で唯一、大会等で殆ど演技されることのない
「固の形」のイメージを払拭することにあると思います。
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今回は8/28(日)東京武道館で開催されるアジアネット(東京都主催の高校生国際大会)で披露させていただける機会を得ました。
試合と共に、どうかご観覧下さい。

最後になりましたが、今回、都市大付属の教職員及び生徒の多大なるご理解とご支援のもとで出場させていただきました。
ここに厚く御礼申し上げます。
またご指導いただいた小志田先生、福島先生、そしてドン松井監督、
そして最高の受けを演じてくれた高野先輩には深く感謝いたします。
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2011年6月15日 (水)

2011世界柔道形選手権大会【結果速報】

ドイツ時間で昨日(6/141Tue.)フランクフルトで開催された
第3回世界柔道形選手権、固の形で出場した私と高野先輩は、
予選、決勝共に、2位以下に大きく差をつけ快勝することができました。
(結果詳細:全柔連HP

これで2連覇の達成です。
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2011年6月12日 (日)

表彰式に集中しろ!

これは3月に行われたアジア柔道形選手権大会での出来事です

今回は前回の日記「5分前の5分前」の続編です。

予選は順調に進行し、我々日本選手団もいよいよ午後、決勝の演技に備え始めました。

途中、2面あるウチ1面の床が抜けてしまい、1面だけで決勝の演技が進行しました。
集中力が大きく勝敗を左右する形の演技では、集中力のコントロールが非常に大切です。
ピリピリとした緊張感の中、各選手が自分流の精神集中を行っていました。

そして案の定、進行が遅れていました。

その時、護身術の受け手、山崎正義さんが松井監督に訊ねます。
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「表彰式は1種目ごとでしょうか?それとも全て終わってから表彰式でしょうか?」

柔道の大会の場合、表彰式になるとギャラリーが一斉に帰ってしまうため、
表彰式を各決勝戦の合間に行うことがあります。
その場合、自分の出番に時間の変更があるため、山崎さんはその質問をしたのです。

しかし、緊張感がピークに達してしまった松井監督には何を言っても通じません。
「表彰式のことなんかどうだって良いんだ!自分の演技に集中しろ!!

山(そうじゃなくて、それによって時間が・・・)

体育会の世界に言い訳は存在しません。
なぜか恫喝されてしまった山崎さんは、動揺を隠せませんでした。

しかしそこに好機がやってきました。
それはどこに転がっているか、分からないものです。

表彰式に備え、スラッとしたモデル体型の美女が会場を闊歩していきました。
エロお・・・さすがの松井監督も目を奪われたようです。
S_2 注:この画像はあくまでブログネタ用に撮影したものです

「彼女たちは表彰式のために来たのかな?」

そう呟きました。

私は間髪入れず、こう告げます。

5「先生!表彰式なんてどうだって良いんです。形の集中してください!」

さすがの松井監督も、笑わずにはいられませんでした。
往年の名選手にして、日本代表監督から、見事な『口車』一本を奪った瞬間でした。

それにより選手もみんなが
リラックスでき、私達固の形を含め、会心の演技で全種目制覇をすることができました。
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ところで、これまでいくつか形の日本代表チームTシャツを作ろうという話がありました。
松下団長の「もう一回やってみろ」Tシャツ
山崎さんの「手を挙げろ!」Tシャツ

結局は今回、松井団長をモデルにしたTシャツを作りました。イラストは高野先輩によるものです。
ちょっと意地悪そうな目をしている辺り、秀逸な描写だと思います。
松井監督婦人には大変好評だったようですが、難点はメッシュ素材のため、乳首が透ける点でしょうか。
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5分前の5分前

現在、第3回世界柔道形選手権出場に向けて、
ドイツ・フランクフルトまで12時間のフライトに耐えているところです。

いつもは寝不足の毎日ですが、さすがに狭い機内ではもう寝るのも限界のようです。

そういえば、3月のアジア柔道形選手権の時、ちょっとしたエピソードがありました。
震災や巴の誕生などで更新ができず、この機会に書いていこうと思います。

今回の世界も前回のアジアも、監督は松井勲監督です。
我が母校・筑波大学の大先輩でもあり、私は全日本の中学強化選手時代からお世話になっています。
(ちなみにうちの親父も「勲」です)

そんな松井監督も選手時代とは違い、絶対に負けられない日本チームの監督業は緊張するようです。
タイでのアジア形選手権の朝、こんな事件がありました。

「投の形」坂本&横山ペアはやはり筑波の同窓です。
柔の形も含め、この2種の形は午前中に予選があり、
他の形は午後に決勝一発勝負というスケジュールでした。

集合は朝8時、他の選手も一旦全員集合し、選手を見送ることになっていました。

きれい好きな私は、夜も朝もシャワーを浴びます。
高野先輩は朝早くから目を覚まし、ジョギングしたり泳いだりしながら時間を待っていました。

そろそろ時間かな?
高野先輩は10分ほど前に、私はそれよりやや遅れて部屋を出ました。
事件はその時起こったのです。

もう一度書きますが、集合は8時でした。
しかし今回のメンバーは松井先生を含め、講道館護身術ペア、極の形ペアが警察関係者です。
警察関係者は時間厳守です。
5分前行動は当たり前、5分前の5分前も当たり前で、結局は15分前くらいには集合しています。
その習慣が結局はみんなに広がり、5分前の5分前、からの5分前!
で、結局、何時集合だっけ?のような感覚になっていました。

7:50、松井監督と選手はバスに乗り込み、今まさに出発するところでした。
そこに高野先輩が駆けつけます。

「遅い!今何時だだと思ってンだ!
酒飲みに来てンじゃないんだぞ!」

厳しい叱責がホテルのロビーに響きます。

高(あ、いや・・・遅刻してないし、昨日一緒に酒飲んでたじゃん・・・)

言い訳は通用しません。

間もなくバスは出発し、騒動が収まったところに私が辿り着きました。

5「あれ?もう行っちゃいました?」

高「10分前でも遅刻って怒られたよ、酒飲みに来てンじゃないぞ!とも言われちゃった」

5「気が早いですね。」(ま、自分は酒飲んでないけどね♪)

大会当日の朝、怒られた高野先輩のテンションはガタ落ちで、出番の来る午後になるまで
「いや遅刻してないし、、酒一緒に飲んでいたよな」ということで頭がいっぱいのようでした。

心境著しいイランの台頭、それでも絶対に負けられない形の日本代表チーム、
緊張感が沸点に達した大会当日、事件はこれだけでは済まなかったのである。

つづく

これは3月に行われたアジア柔道形選手権大会での出来事です

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2011年3月16日 (水)

アジア形選手権(本番編)

バンコクでは大会当日まで、午前中に1時間の調整練習を行った。

最初の稽古が終わり、ホテルでNHKを見ると・・・・地震のことは別記したい。

海外で特に注意しなければならないのは、日本の畳が約91cm×182cmであるのに対し、
外国製は100cm×200cmであることだ。間合いの取り方に関して調整が必要となる。

また外国製の畳は非常に滑りやすい。
これはすり足が非常にやりやすい反面、滑ってミスをしてしまうこともある。
投技、特に捨身技などを施す際には充分注意が必要だ。

私と髙野先輩(ブログ「指導日記」)は、ハンガリーでの経験を元に海外仕様の間合い調整と、
礼のタイミングだけをしっかり合わせ、軽く合わせる程度に終始した。
この調整方法は結局、本番まで続くことになる。
本当に力の入った演技、本気の演技は本番でしか出せない。
本番以上の演技は練習では決して出せない。我々の持論である。
なぜなら本番で私は本気で極め、髙野先輩は本気で逃げようとするからだ。

シーゲームといわれる東南アジア大会では数年前から形競技(投・柔)が行われている。
今回、シーゲームで採用されていない固の形、講道館護身術、極の形は
参加組数が少なく、予選を行わず決勝での演技一発勝負となった。
固の形は5組によって競われた。

参加組数は少ないが、ライバルのイランは世界でも3位に入賞している。
この時も見事な演技をしていたが、腕緘でミスをしてしまった。
それでも3位なのだから、侮れない相手である。

そのイランは2番手での演技だった。
私が見る限り、抑込技、絞技では完璧に近い演技だった。
相変わらず関節技の完成度がやや低いのと、所作(移動や姿勢)が仰々しいのを
審査員がどう評価するのか、それが気になるところではあった。

そして私達は4番手での登場だった。
まずは終始慌てて演技をしないこと、姿勢、視線、間(時間・距離)に気をつけ、
本気の演技に取り組んだ。

この時、タイは日本の気候とは間逆で暑く、髙野先輩の腰は調子が良かった。
いつもの3割り増しで、逃げの動作が力強い!

腕緘のではほんの僅かにもたついてしまったが、私達の感覚では
ほぼ完璧の演技をすることができ、勝利を確信した。
松井ドン監督も太鼓判を押してくれた。

結局、私達は540点満点中445点で優勝を果たした。
しかし2位になったイランは442点、その差は僅かに3点だった。
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優勝した喜びよりも、3点差というあまりにも僅かな差に危機感の方が強かった。
大会終了後、小俣幸嗣先生からアドバイスを頂いた。

お前が巧いのは分かってる
でも点数が取れる演技とそれは必ずしも合致していないからな
まだまだ魅せきれてないぞ

日本的な柔道の価値観、形の理合いはもっとも重要視するべき事柄である。
しかし形が競技となり、私達が競技者である以上、勝たなければならない。
つまりは自己満足の演技では駄目だということだ。
例え自分たちの価値観とは相違点があったとしても、外国人審査員が
高得点をつける演技をしていかなければ勝ち抜いていくことは困難だ。
ちょうどそれは、柔道の乱取り試合が直面している柔道の本質と競技柔道の相違点と似ている。

そういった意味で、私達は今後「魅せる演技、勝てる演技」を追求していかなければならない。

2011年は6月にドイツで第3回の世界選手権が開催されるという。
国内選考会も間近に迫っている、休む間もなく、気を引き締め直して連覇を目指したい。

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ちなみに投の形で出場した筑波大の同窓・坂本&横山ペアも優勝、
その他、日本代表は全ての種目において優勝を果たした。

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2011年3月15日 (火)

アジア形選手権(前編:出場に至る経緯)

2011年3月10日、私を含めた日本選手団一行は第1回アジア柔道形選手権大会に
出場するため、タイの首都・バンコクに旅立った。

偶然にもその日は、ヨメロックの第一子出産予定日でもあった。
言い訳がましく思われそうでもあるが、誤解がないよう敢えてここに出場に至った経緯を記しておく。

昨年から寝技指導の依頼が殺到していたため、休日も家を空けることが多かった。
その為、ヨメロックには寂しい思いをさせてしまった。
それに私自身も、過密なスケジュールで少々疲弊していた部分もあった。
そこで私達は「2~3月は週末の予定を一切入れない」という約束を交わした。
もちろんそれは出産に向けた準備と、残り僅かな夫婦水入らずの期間を過ごすためでもある。
意外に思われるかもしれないが、多忙な故に家庭を顧みず、冷え切ってしまった家庭をもつ柔道指導者が多くいる中、私はそれでも家庭を大事にしている方だと自負している。
酒が飲めないので、夜で歩くようなことも滅多にないし、基本的には家にいるか、嫁さんと外出している方を好んでいる。「休日はしっかり休む」というのが私のライフスタイルだ。
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昨年末「3月頃にアジア形選手権開催の企画有り」の打診を受けたとき、
もし代表に選ばれたとしても辞退することをヨメロックに伝えていた。
それは取りも直さず、初産のヨメロックをサポートすることに他ならない。
翌年1月、全柔連感謝の集いの会場で「アジア行くぞ!」の報が届く。
その時は素直に返事をしたが、内心は前述のように断ろうと思っていた。
何しろ出産予定日と大会派遣期間が完全に被っていたのだ。

それとなく、家庭的な事情を日本代表監督の松井ドン勲氏に相談してみると、
「心配しなくて良いよ、代わりは幾らでもいるんだから」
満面の笑顔で、そう突き放された。。。
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柔道と家庭、どちらが大切かなどというのは愚問だが、今回ばかりは勝手が違うだろう。
しかし、ヨメロックと義母は意外なことを言った。

初産だから予定通りとはいかないし
辞退したらもう選んでもらえないんじゃない?
諦めて予定通り産まれなかったら、それこそ後悔するんじゃない?
行ってきなよ!

頼りない、子供のようなヨメロックを放っては行けないと思っていたが、気丈にも出場を許してくれた。
義母も青森から事前に上京し、出産前後をサポートしてくれることになった。

こうして私は様々な障害を乗り越え、固の形日本代表として決戦の地、バンコクへと旅立ったのである。

もちろん、この時はまだ未曾有の大災害が日本を襲うことは予想だにしていない・・・


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