日記・コラム・つぶやき

2009年10月15日 (木)

続「際」の攻防

前回は「寝際」について書かせていただきました。

都市大付属の柔道部員は、まだ際の練習をするほどの練習には達していませんが、
週1回指導している淑徳大学では、特にその点に着目して指導を行っています。

最近は多くのことを指導するのではなく「確実に出来ることを確実にこなす」
ように反復練習を徹底して行っています。乱取りはごく僅かです。

その反復練習は、実戦を想定し、よりリアルな状況を設定することが重要です。
ここに色々な工夫が要求されると思っています。

さて、この試合は2007年の東京都高段者大会の映像です。
YouTubeにはアップしていなかったので、改めて掲載させていただきました。

この試合は、最終的に回転式の送襟絞で極めていますが、
その仕掛けは完全に立ち姿勢からです。

なぜ立ち姿勢かといえば、多くの場合、相手が寝姿勢になればまず
亀になって顎を引き、防御に徹します。
そこから首を狙うのは簡単なことではありません。

この映像のように、相手が頭を下げたときなどは絶好のチャンスです。
相手は立ち姿勢で首を守るようなことはしませんから、首は空いています。
そこに素早く手を差し込み、相手を真前に崩してしまえば、容易に寝姿勢に移行できます。

こういった「際」を常に意識して、立ち技乱取りに臨むと良いでしょう。
柏崎先生も著書「寝技で勝つ柔道」で『寝技は立ってしろ』と書かれています。
僕がまだ未熟な頃は、この意味が全く分かりませんでしたが、
例えるならば、こういった展開も「立って攻める寝技」に1つであると言えます。

次回は「亀」について書いていこうと思います。

余談ではありますが、DVD「柔道固技上達法(上巻)」のナレーション収録を行いました。
生まれて初めて、スタジオのようなところに赴き、ラジオパーソナリティがいるような個室で、
映像を見ながらコメントを述べさせてもらいました。
制作段階もいよいよ大詰めとなり、残すは英訳&仏訳を挿入するばかりです。
上巻は基本動作と寝姿勢への移行技術、それにコムロックと袖車絞の収録され、
小学生からトップアスリートまで楽しんでもらえる内容となっています。
ご期待下さい。

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2009年10月14日 (水)

教員免許更新制を廃止へ

僕は元来、教職希望でした。

それが縁あって3年間、講道館に勤務していたわけですが、
これまた縁あって、現在、教職に復帰することが出来ました。

復帰早々の話だったのが、教員免許の更新です。

大学を卒業(教員免許取得)からちょうど10年目になるので、
来年度からの2年間で更新の講習を受講するのが義務になっていました。

これは各大学等に通い、更新に関わる講義を30時間以上受けるのですが、
この制度自体、わずか2年で廃止になるようです。

教員免許更新制を廃止へ

制度の善し悪しは、僕自身まだわかりませんが、
この2年間に更新を迎え、受講した先生方の労力はなんだったのだろうか?
と思わずにはいられません。

政治家の迷走は止まりません。

とはいえ、僕も教職にはブランクがありますし、
また専門種目(柔道)以外の勉強は急務です。頑張らねばなりません。

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2009年10月 7日 (水)

「際」を制するものは寝技を制す

大好評を頂いている(らしい?)技術コラムの第2弾!
今回は「際」についてのお話です。

さて「際」とはなんだろうと?と思う方もいらっしゃるかと思います。
いくつか例を挙げていきましょう。

  • 組み際 、離れ際 (時間・空間)
  • 場外際 (空間)
  • 終了間際 (時間)
  • 寝際 (空間)

ざっとこんなモンでしょうか。
今回は寝技での勝敗を左右する「寝際」についてご説明いたします。
図で表すと、こんな感じでしょうか。
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規定上、寝技から立技への移行は、有り得なくもないのですが、
滅多にない状況なので割愛します。

次に「寝際」とはどういう状況か、例を挙げてみたいと思います。

  • 相手を投げた
  • 相手に投げられた
  • 自分の技が崩れた
  • 相手の技が崩れた
  • 捨身技からの展開
    ※この他にも、返し技によって寝技に突入することもあります。

練習ではよく、立技と寝技で乱取りを分けて行うことが通例ですが、
実際の試合では、図のように微妙な体勢になることが少なくありません。

また強い選手というものは、投技に限らず、固技でも決め技を持っています。
しかし、強い者同士での勝負の場合、相手の防御力もあり、
また規定上、時間の制約もあることから、極めることが難しくなっていきます。

そこで重要なのが「寝際」です。
両者の攻防が拮抗している場合、いかに良い体勢から始めるかで
勝敗が変わっていきます。立技で言えば「組み手に代わるもの」だと
考えてもイイでしょう。

組み負けていては良い技が出せませんよね。
逆に組み勝っていれば、良い技が出せるわけです。

では動画を見ながら検証していきましょう。
これは2005年に出場した全国教員大会、田中秀昌選手(神奈川県)との一戦です。
彼は73kg級において、キレのある絞技を駆使し、講道館杯優勝経験もある寝業師です。

僕は彼の絞技を警戒し、一切亀にならない作戦でいました。
亀にならない寝技は、B柔術から学んだことの1つです。

お互い、一発のある寝技を持っているので、そうそう攻め込むことが出来ません。
そこで僕が意識した点が「寝際」です。
「寝際の攻撃が素早い」点は、コムロック、袖車絞に匹敵する僕の長所です。
完全に寝姿勢というよりは、半立ちのような状況から、
すでに固技への移行が始まっています。

この試合、勝敗を分けたのはソコでした。
田中選手は、まだ防御しきれていない状態だったので、素早く回転させます。
1度は逃げられてしまいますが、2度目は逃がさず、得意の袖車絞で極めています。

では次に「寝際」の技術はどうやって身につけていくかを考察します。

  • 寝技の乱取りは地力をつけるための稽古
  • 立技の乱取りで使う寝技は、試合で使える寝技を育む稽古

このように考えるとイイかと思います。

よく練習ではやたらと寝技が強い選手がいます。
でもそれが試合で使えるかどうかは別問題です。
それは試合には時間的な制約があるからです。

そして前述のように「さぁ今から寝技で攻めますよ」という、のんびりした攻撃では、
相手に防御されてしまい、極めるのが難しくなってしまいます。
だからこそ、立ち姿勢の乱取りでは「寝際の攻防」も練習するのです。
現役時代、立技乱取りで寝技に移行すると、相手に嫌がられたものです。
でもそんなのはお構いなしでいきましょう。
試合では相手が嫌がることを積極的にするべきですから。

例えば、立技乱取りの前に、こんな条件設定をするのもイイでしょう。

  • 投げても一本は無し、固技のみ一本がある
  • 寝技制限15秒(時間は短めに設定)の自由乱取り
    ※道場が狭い場合は、ガードに立たせる役割も設定しておく

来月発売されるDVDの上巻では、試合で使える寝技の打ち込みや、
立ち姿勢から寝姿勢への移行技術が多数収録されています。

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余談ではありますが、恋の駆け引きでは「別れ際」も重要な要素の1つです。
これを誤ると、大やけどを負うことがありますheart03

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2009年9月22日 (火)

技術の習熟度

先日、初めて安田学園に行ってきました。
高野先輩と形の練習をするためですが、殆ど生徒との稽古に熱中しちゃいました。

講道館少年部で指導していた子もチラホラいて、
みんな着実に成長している姿を見ることができ、(除く:マサヤcoldsweats01
また僕も試合を1週間後に控え、負荷の高い稽古をすることが出来ました。

稽古の後、高野先輩が仰っていた言葉をきいて、
僕も何度となく言われ、また生徒にも伝えている言葉が出てきました。
ここでもおさらいとして記しておこうと思います。

技術の習熟度には3段階あります。

  1. わかる
  2. できる
  3. 使える

「わかる」というのは、その技術の理合いや、タイミングなど、頭の中で理解できることです。
柔道経験が浅い方などは、袖車絞など、どこがどうなっているのか見当も付きませんが、
経験によって、それが判るようになってきます。

「できる」というのは次の段階で、実際の動いて出来るということです。
歳をとると、「わかる」と「できる」の間に、もどかしいほどの隔たりが生じるようになります。

「できる」は細かく分けるといくつかあります。
1.技の反復(打ち込み)でできる
2.動きのなかでできる
3.乱取り稽古でできる

乱取りでできるなら、最後の試合で『使える』のもすぐだろう。と、思いがちです。
そう簡単にいかないのが実戦です。

相手も、自分も最大限の力を発揮します。
時には、自分自身、必要以上のパワーを発揮します。
それが逆に「力みすぎ」を生み出してしまいます。

相手も予想外の動きをすることも多々あります。練習通りには動いてくれません。
寝技においては、寝姿勢への移行も制限されていますし、寝勝負自体の
時間的制約も厳しく、そこまで厳しく制限した練習をしている人も滅多にいないでしょう。

だから、練習で使えたとしても、試合で使えるかは別問題です。
そしてその狭間は、思っている以上に大きく隔たりがあります。

では「できる」状態から「試合に使える」までに上達されるにはどうしたらいいか。

まず必要なのは、様々な状態を想定した反復練習をする。

1.組み勝った姿勢から相手を潰し、寝技に移行して攻める
2.相手の技を捌き、潰して攻める
3.投げたあと、相手が逃げるところを寝技で攻める

などなどです。
いかに自分の試合展開と似た状態で取り組めるか、それが鍵になるでしょう。

そしてもう一つ大切なのは、自分自身、オリジナルの要素を盛り込む、ということです。

自分自身の話ですが、僕も横三角や帯取返など、人並み以上に「できる」段階にあります。
練習では、けっこう極めることがあります。

しかし、試合で極めるのはもっぱら袖車絞、横返しからの肩固、腕挫十字固ばかりです。
柔術ではそれにコムロックが加わる程度でしょうか。

それらの技術には、オリジナルの要素が組み込まれているか否かにあります。
平爺に教わった袖車絞とコムロックも、教わったときよりもかなりアレンジされています。
春日ロックなどは自分で創作したものなので、すぐに試合で使えてしまいます。
逆に横三角や帯取返は、まだ教わったままの原型状態です。

完全に技術を自分のものとして取り込み、その上でアレンジしていく。
そこまでいくと、きっと技術は身体に染み込み、試合で使えるまでに洗練されていくでしょう。

ある時、技術は対策が練られて利かなくなるときがあるかもしれません。
そこで諦めず、じっくり取り組むことで「本当に使える技術」
が身に付くのだと思います。

一技3年(ひとわざ3年)、そんな言葉もありますからね。

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2009年9月 3日 (木)

ドラム洗濯機購入計画

嫁との半同棲生活(嫁は週二日、自宅待機)も半年になろうとしています。

その間、掃除機や冷蔵庫といった家電製品を買い換え、
僕の部屋も独身時代とは少しずつ変わってきています。

第3弾として、今回は洗濯機を購入することにしました。
現在使っているのは、大学2年生になるときに購入したもので、
もう12年も使っています。内槽がカビだらけです。

子供用ならいざ知らず、柔道衣は上下で入れてしまうと、
なかなか廻ってくれず、汚れが落ちません。

そこで大容量のドラム式の購入を考えました。

しかしこれが高いんです!

高いものは20万円を超えます。
オメガの時計が買えちゃいます。

そんなんで予算の都合と調整しながら、
大容量で低価格、乾燥機能には拘らない方向で探しました。

普段、電気製品はネットで買うのが自分流ですが、
洗濯機は壊れやすい製品です。
壊れてもすぐに治してもらえるよう、地元の量販店で買うことにしました。

ちょうど8月末は決算期らしく、近所のケーズデンキでは安売りをしていました。

ある製品は17万円の製品が12万円になっていました。
さらにそこから交渉すると、あっさり11万円になりました。
もう少し他の製品も買うからと、値段交渉を計画していたのですが、
ある事実が判明しました。



我が家には、ドラム式洗濯機の入るスペースが無い!!

置き場所はあるんです。
置けるのですが、玄関からそこまでの搬入経路が確保できないのです。

そこでコンパクトなドラム式で、搬入経路が確保できるものを探しました。

ありませんでした。

断念しました。

洗濯機はこのまま使い続けます。

傷心の僕たちは、あるものを買い、心を落ち着けました。
ウォシュレットです。

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2009年8月30日 (日)

史上初のゼロ

カロリー ゼロ

脂 質   ゼロ

保存料  ゼロ

金メダル ゼロsweat02sweat02

おちゃらけている場合ではないのですが、笑い飛ばすしかないような状況です。

2009年ロッテルダム世界選手権
女子は初日からメダルを量産する中、最終日の今日、
男子の金メダルは初めてゼロになった。

近年の苦境を考えれば、ある程度予想はしていた結果ですが、
現実として突きつけられるとショックは大きい。

まるで「太っているだろうなぁ」とは思いつつ、体重計で数字を見ると落胆する。
そんな心境と似ていますね。

他競技では普通、選手を選考した首脳陣が責任をとりますが、
柔道は選手が責任をとらされていまいます。
厳しい世界です。


規定は毎年のように改正されています。
しかしそれはむしろ、日本的な柔道に戻りつつあるので、不利な改正ではないと思います。
だから言い訳にはなりません。

諸外国はどんどん力を付けています。
もはや力だけではなく、技も持っています。
体力と体躯を生かし、そして戦術を駆使して挑んできます。

以前、ジュニア世代は日本が圧勝していました。
そんな時代も既に終わっています。
つまりロンドン五輪やその次も、今の苦境が続くことが予想されています。
ジュニア世代から変えていかなきゃ間に合いません。

外国人のコーチを招聘してみてはどうでしょうか。
相手の技を捌くには、相手の技と理合いを理解せねばなりません。
留学生なんかも受け入れたらどうでしょうか。

他にも考えられることがあるでしょう。
女子柔道は諸外国よりも後発でしたが、今や完全に世界のトップです。
女子にあって、男子に足りないものは何か?
これから何を強化していけばいいのか?

思いついたら追記したいと思います。

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2009年8月25日 (火)

パスカル&ジャニーさん

2001年にドイツのミュンヘンで行われた世界選手権、
これには筑波の後輩でもある金丸が出場していたこともあり、
応援に行ってきました。

この時、見に行くだけでは勿体ないので、ヨーロッパを武者修行してきました。
まずはフランスのコントレックス合宿、そのあとイギリスのクラブチームで稽古し、
トータル3週間ほどの日程を終え、日本に帰国したのです。

そのとき、ミュンヘンからコントレックスまで連れて行ってくれたのが、
当時ベルギーのコーチだったパスカル先生(フランス人)です。

パスカル先生は寝技が得意で、色々な打ち込み方法や、技を教えてくれました。
勢い余って僕にも挑戦してきましたが、さすがにそれは退けましたpaper
冗談が好きで、教え上手な先生でした。

そのとき教わった、腕挫十字固の打ち込みは非常にユニークで、
今冬発売予定のDVDにも、「パスカル式腕挫十字固」として紹介しています。

そんなパスカル先生には二人のお子さんがいました。
名前をエンゾと、ジャニーです。
彼らは当時、小学生くらいで人なつっこく、会話もままならないのに、
練習の合間には頻繁に遊んでいました。
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時は経て・・・

先日、友人からメールが来ました。
あるフランス人が「小室に会いたい」と言っている。

僕は、きっとDVDやYouTubeを見た柔道愛好者かなと思いました。
それが話を聞いているウチに、「コントレックスで・・・」という単語で思い出しました。

あの時の少年ジャニーはフランスのジュニア強化選手となり、
日本に武者修行できていたのです。(弟のエンゾはスキーの選手になったらしい)

早速、コンタクトを取り合い、講道館で待ち合わせをしました。
あの時、子供扱いしていたジャニーは立派なジュニア強化選手になっていました。
お父さん譲りの柔道は柔らかく、技も多彩でした。そして精悍な顔になっていました。
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あいにく、翌々日からメルボルンへの出張を控えていたので、
長くは一緒にいられませんでしたが、30分ほど指導しました。

彼はその後、一旦フランスに戻りチームでブラジルに飛ぶそうです。
そしてカント選手の指導を仰ぐと言っていました。
お父さんの血を受け継ぎ、多くの技術を吸収して、ジャニーも数年後は
国際大会で活躍する日が来るでしょう。

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その翌日、ジャニーを連れてうどんを食べに行きました。
つるとんたん」というこのお店、とても美味しいです。

そしてジャニーたっての希望により、水道橋のミズノショップへ。
彼はここに相当な気合いを入れていたようで、購入金額は10万円を軽く超えていました。

そして何より驚いたのが「講道館割引!」
会員なら誰でも持っている講道館のカードを持って、ジャニーが
「このカードを見せるだけで20%OFFなんだ」と言うのです。

僕は「職員の僕でもそんなことは知らないよ」と言いました。

しかし店員に見せると
『講道館の方ですね、では20%OFFとさせていただきます』
と言うのです。
しかもそれは、柔道関連だけでなく、全ての商品が対象なんだそうです。
講道館職員だった僕でさえ、そんなスゴ技知りませんでした。

しかし、講道館に通う外国人選手の間では常識らしいですよ。
皆さんは知っていましたか?

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ジャニーは両親にもお土産を買おうとしていました。
お父さんには「お父さん」、お母さんには「お母さん」と刺繍を頼んでいました(笑)

そして自分自身の帯には「小室」と刺繍を入れたい。と言ってくれました。
普段巻く帯に、僕の名前を入れてくれるなんて凄く光栄なことでしたが、

いつも応援しているよpunch

という意味で、帯の中央部分(背中に当たる部分)に黒い糸で刺繍してもらいました。
糸が黒ければ、まず誰にも気付かれません。
そういった意味では、二人だけの秘密、みたいな~

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2009年6月20日 (土)

外食と抑え込み1000円

小学生の頃、道場の練習が終わると、親父は道場まで迎えに来てくれたrvcar
客にツマミをサービスしつつ、待っていてもらうのだ。
僕は道衣のまま車に乗せられ、宝寿司まで送り届けられる。

忙しくて、どうにも迎えに来られない場合、トボトボと歩いて帰るのだが、
たかが2km程の帰り道がやたらと遠かったと記憶している。

晩飯の最有力はもちろん寿司!
毎日食べさせられ、飽き飽きしていた。

次が母の作る牛丼、カレーライス、ハンバーグ、唐揚げ・・・
もしくは同じ商店街のラーメン屋さんか、定食屋で出前を取っていた。
晩飯は毎日、間違いなく【外食】のようなものだった。

一般家庭からしたら「寿司」は外食で食べるものですが、うちでは家庭料理の範疇だ。

その影響もあって、そして減量苦の影響もあって、僕はそれほど好き嫌いがない。
(納豆は足の匂いがするので嫌いだけど)
極々普通の、質素な家庭料理が好き。
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ところで、僕が納豆より嫌いなモノに【酔っぱらい】というのがある。
稽古が終わり、宝寿司で遅い夕食をとっていると、大概が客に話しかけられる。
「柔道してんのか?」
「強そうだな」
「おじさんと腕相撲するか?」
酒臭くてしつこいので、僕はいつも無視していた。

ある時、近所の製麺所のおじさんが
「宏二と柔道で勝負しよう」
と持ちかけてきた。僕が6年生の時である。

ルールは簡単、僕が抑え込み、おじさんが逃げられるかどうか。
賞金は1000円shineshine

僕は袈裟固で抑え込み、すぐに勝負がスタート。
「ふん!ん?ん~?ぐぇぇぇ~?参った!!」
勝負はあっという間についた。

僕が全体重をかけ、そして頭を引き上げて苦しい体勢にし、抑え込んだのだ。
30秒を待たず、おじさんは参ったし、そして賞金の1000円を頂いた。

「小学生に負けるはずがない」と思っていたおじさんは驚き、落胆し、
そしてすぐに再戦を要求してきた。

今度は後袈裟固、頭を徹底的に潰していく。
「いたたたたたた!参った!!」
もう1000円ゲット!小学生に2000円は間違いなく大金だ。
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おじさんはいい加減諦めたようでぐったりしている。
酔いが回ったようで、むしろ青ざめている。

その後も、おじさんが店に来るたび
「おじさん、抑え込みの勝負しない?」と誘ってはみたが
二度と勝負することはなかった。

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2009年6月 3日 (水)

今時の中高生

放課後の校内で、暇そうにしている生徒を見るたび
「柔道部入らない?」
などと声をかけています。

また授業で粗相をした生徒にも
「この野郎!柔道部入れるぞ!annoy
などと言って脅かしています。

その甲斐あってか、高校生は6人、中学生は1人、合計で7人になり、
高校の方は「同好会」からshine『部』shineへ昇格が決まりそうです。

そんなわけで、都市大付属柔道部はようやく本格的なスタートを切り始めました。
高校2年生はすでに「寝技の世界一周」は完璧にこなしています。
これから徐々にステップアップして欲しいと願っています。
超大型の新人中学生は、秋以降、講道館でアキオに挑戦させます!
高校生は文京1中の生徒に稽古をつけてもらいましょう。
(中学生に苛められたりして・・・・down

しかしながら、柔道の人気の無さは筋金入りで、
本校では全く「柔道なんて・・・」といった雰囲気です。

文明開化の進む明治時代、柔術を学ぼうとした嘉納師範が
物好きのようにあしらわれたのも、今の本校と同じような風潮だったのかもしれません。

『柔道が強いと女の子にモテるんだぞkissmarkなんていう根拠のないスカウトをしても
「僕は彼女なんて欲しくないですから」という素っ気ない返事をもらいました。
高校生になれば、その価値観もがらっと変わるのでしょうけども、
中学生はまだまだ子供です。

先日、うちの奥さんとの帰り道、講道館に来ている女子中学生とすれ違いました。
するとその子達に「ひゅーひゅー!」って冷やかされました。
奥さんと歩いているのを冷やかしてどうする・・・と思いましたが、
中学生にとって、彼女がいるっていうのは恥ずかしいことみたいですね。
まぁ、とりあえず「ひゅーひゅー」うるさいので蹴っ飛ばしておきましたけど。
本校が男子校で本当の良かったと実感しております。

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2009年4月13日 (月)

都市大付でのスタート

成城の桜並木が綺麗な桜吹雪を彩っていた先週cherryblossom
今日からいよいよ都市大附属の授業が始まりました。
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通勤するにはちょっと遠いのですが、朝5時に起床して早めに出勤、
今朝は陸上部の先生と一緒に、砧公園などをランニングしました。
都心部にあって豊かな緑と閑静な土地柄、校庭も人工芝が生えそろい、
ランニングするにはとても良い環境です。
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校風は足立学園と似た部分もあって、僕にとって男子校heart02はとても働きやすいです。
先生方もとても親切で、快く受け入れていただいています。感謝!

ボクの役割は生徒指導だと自覚しています。
そんなわけで、最初からしっかりとしていこうと思っています。

そこで、取り敢えず僕が担当しているクラスには、以下のような
3箇条を打ち立てました。ま、常識なんですけどね。

1.時間を守る
2.服装
(TPO)を守る
3.礼節をわきまえる(敬語、挨拶、返事)

本当に当たり前のことなんですが、実は社会人でもできていない人が多いのが現実です。

柔道部も、第2回目の練習が行われました。
現在、柔道部は高校生名、中学生名、全員白帯!
(本日の見学者1名たらーっ(汗) ←入部するかどうかは検討中・・・)

目標はshineインターハイshineだそうですげっそり

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2009年3月26日 (木)

入籍

突然のご報告ですが、私たち・・・
heart01入籍いたしましたheart01
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要するに結婚したってことです。3/14のホワイトデーに。
僕はマカオに出張airplaneしていたので、親父に付き添ってもらい、
北区役所に提出してもらいました。

マカオの人達も「こんな大事なときに、ココにいて大丈夫なの?」
と驚ろいていましたが、現地でもお祝いしてくれました。
2009macau_017

ちなみに、デキちゃった婚ではありませんよ、念のため。
夏休み中の8月、バリ島での挙式を計画しています。

気になるお相手ですが、柔道とは全く関係ない歯科衛生士(25歳)です。
いや、5%くらい関係あるかな。
彼女は講道館の7階、歯科医院に勤務しています。
出会ってすぐ意気投合し、お付き合いが始まりました。
可愛いのはもちろんですが、何でも好みが合うのと、
お互いもの凄くポジティブな性格が、結婚への決め手になったと思います。

ただ、暫くは一緒に住みません。いきなりの別居です。

そのうち、子供も出来ると思いますが、僕が女の子だったら
(ともえ)
にしたいと思っているんですが、完全否定されています。
 ※柏崎先生の娘さんもトモエさんなんだそうです。

男だったら何でもイイです。
ただカタカナのような名前を漢字にするのはイヤですね。
まだ妊娠もしていないのに、これが夫婦喧嘩の種ですannoy

よく柔道家の親は「子供に柔道はやらせるの?」なんて話になりますが、
競技者として育て上げるつもりは一切ありません。

ただ僕は両親が働く姿を毎日見て、格好いいと思い、そして感謝してきました。
体育教師として指導する姿は見て欲しいので、そういった意味では
柔道は少しだけやらせようと思っています。

リキ(小学5年)からは
『先生もやっと結婚したのか~┐(´д`)┌ヤレヤレと、
親戚のおじさんのようなことを言われましたsweat02

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2009年2月25日 (水)

鐘の音とキルギスタン

今日は水曜日恒例の合同練習会。
最近、練習不足だったのでいつもより追い込んだ稽古をする。

最初の寝技では、81kg級の強化選手、法兼くんと勝負。
余裕を持って攻めさせていたら、腕挫腕固で一本を取られてしまう。
しかしその5倍は一本を取ってやった。まだ甘い!

ここ最近、稽古不足のせいかスタミナが落ちている。
原因は、ある程度のところで休憩しちゃうから。

そこで今日は、とにかく練習を続けることを心掛けた。
ほぼ2時間、乱取りを続けた。さすがにキツイ!
でもそれが気持ちよかったりする。
ランナーズハイみたいなテンションになる。

今週から青年海外協力隊の研修と、国際セミナーが始まっていて、
多くの受講生(20人くらい)が参加している。

90kg級くらいの研修生が、僕のところにかかってきた。
バテバテの僕だが、今日の稽古は休まないのがテーマ。

背後からの袖車絞で一本、引き込み際にパスして一気に腕挫十字固で一本!
3本目になり、強引な十字絞を仕掛けてきた。
いつもなら余裕を持って捌くところだが、かなりのバテ具合。。。

ゴ~~~~~ン~~~~~~~・・・・・・・・・

なんだか鐘の音がする。
あ、観客席の人が覗き込むように見てる。
耳が聞こえづらくなってきた。

落ちかけているのである。

落ちかけて、身体の機能が鈍くなっているのである。
これはまずいsweat02

痺れて足の感覚が鈍くなっていたが、なんとか距離を作り、十字絞を凌ぐ。
そこで稽古の終わりが告げられた。
一応、先生の面目は保ったかな。

帰り際、国際セミナーに参加しているキルギスタンの人と会った。
彼らは、僕のことを知っているらしい。

思い起こせば19歳の頃(今から12年前)僕はキルギスタンに行っている。
エキシビジョンのような形で試合をして、巴投で投げ、腕挫十字固を極めた。
そしたらなんだか立派な絨毯をもらった。

そんな前の話を、彼らは覚えてくれていたのだ。
人の繋がりってどうなるものか、分からない。

画像はキルギスタンで撮ったモノです。
髪の長さについては一切コメントしないで下さいcoldsweats02
0004 0005

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2009年1月31日 (土)

減量失敗

34歳でもなお66kg級で活躍する鳥居智男選手(了徳寺学園)が、
先刻行われたグルジア国際で計量失格、ドイツ国際も欠場した。

原因は『減量の失敗』だという。

強化選手も外され、福岡選抜大会への出場も許されない。
派遣された国際大会での計量失格は、今回が初めてだという。

柔道の場合、一度体重計に乗り、その時点で超過していたら即失格である。
全柔連の処罰は厳しく、その場で強化選手から外される。

鳥居選手は全日本実業団や講道館杯を連覇するも、
嘉納杯や国際大会に選出されず、不遇を強いられている。
それだけに今回のグルジア&ドイツへの派遣はチャンスだっただけに、
本人も非常に無念だろうと思う。

僕も中学時代(55kg級)から減量を始め、とても苦しい思いをした。
よく計量直前で2~3kgオーバーしていて、慌てふためく夢を見た。
暇さえあれば、食べ物のことばかり考えていた。

減量とはとても厳しい、自分との戦いだ。
よく巷で行われているような美容ダイエットとは、ちょっと違った緊迫感がある。

大学1年の終わり頃、中央アジア4カ国
(ウズベキスタン、キルギスタン、カザフスタン、トルクメニスタン)に1ヶ月派遣された。
安定しない練習環境と、不慣れな食事のせいで、
帰国したときは60kg級なのに72kgもあった。

010 011 009

帰国したその日、2週間後のフランスジュニア国際への派遣を聞かされ、
2週間で12kgの減量という暴挙を敢行した。

大会1週間前から殆ど飲まず食わず、フランスに着いた時点では調整練習で汗をかく体力もありませんでした。
2日前で1.7kgオーバー。。。

もう動けない。
諦めた僕は、その時の日本選手団団長(小俣幸嗣先生)にそれを告げに行きました。

「あと何キロ?大丈夫だよ(笑)ガンバレ~」
拍子抜けするくらいあっけなく、笑いながら追い返された。

走る元気もない。
僕は一晩中、フランスの公園を歩き続け明け方60.0kgジャストで計量をパスした。
あの時、小俣先生の励ましがなかったら、
僕が最初の計量失格者、強化除外者になっていたはずだ。
Img002

鳥居選手の復活を心から応援している。

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2009年1月 6日 (火)

新年のご挨拶とラオス旅行

明けましておめでとうございますsun

少し遅くなってしまいましたが、新年のご挨拶をさせていただきました。
中学1年(13歳)から出席していた足立学園の元旦稽古も、
今年は欠席、初めて海外ラオスで年を越しました。

年明けは朝から協力隊員のしんご君と共にランニングdash
メコン川沿いから登る朝日に今年の無事を祈りました。
かなりの景色でしょscissors
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今回の年末年始、うまく土日が絡みまして9日間の大型連休となりました。
仕事納めの26日、挨拶が終わり次第、成田空港に直行dash
貯まったマイルを駆使し、バンコク経由でラオスに飛びましたairplane
しかもマイルの大盤振る舞い、ビジネスクラスでのフライトです。

ラオスには昨年2月に行きましたが、素朴な風情と、物価の安さが気に入りました。
ちょうど協力隊の任期が終わった心吾君が、首都のビエンチャンに滞在中だったので、
2人で色々と散策&食べ歩きをしました。
Img_9858 Img_9816
よく2人で歩いていたので、トゥクトゥクの運ちゃんに「ホモ野郎heart01
呼ばわりをされましたannoy

また今回、仕事ではなく全くのプライベート旅行ではあったのですが、
到着した日がちょうど、ビエンチャン道場の稽古納めだったので、
稽古に合流、軽く汗を流しました。
Img_9775 Img_9768

その他、ラオスではかなり充実した余暇を過ごすことが出来たのですが、
あとは5669アルバムにて、報告とさせて下さい。
時間が出来たら、ピンポイントで書いていきます。

余談ですが、朝は大衆食堂でカオピヤック(ラオス式のお粥)を食べるのが地元流。
これを食べていると「旅の指さし会話帳 (ラオス語)」の作者である、
亀田さんとお会いしました。ラオス語以外にも、海外に行く場合はその都度
買うようにしているのでかなり貯まってきましたが、このシリーズは使えますよ!

 

Sany1439_2  Sany1469_2 

そんなこんなで、これ以上ないほどに充実した余暇を過ごしてきました。
今度はもう少しラオス語を勉強して、再びラオスを旅したいです。
来月にはシンゴ君の後任隊員が研修で講道館に来ます。
しっかりしごかないといけませんannoy

さてさて、今年の抱負を述べていませんでしたね。

  1. 高段者大会は全勝で3.5点を狙う(全国、都、生涯スポーツ、城北五区)
  2. 今年こそは本(DVD)の出版
  3. 世界各国津々浦々、どこでも行きます!

試合に関しては、まずは昇段ポイントをしっかり稼ぎつつ、
国際大会も視野に入れて、体調と貯金をしていこうと思います。
時間や予算を考えると、やはりまたアジアのどこかになると思います。

講道館、夏の忙しい時期を挟み、個人的に重要なイベントが控えています。
その前後は準備などで多忙を窮めるでしょう。
忙しい中でも、自分のやるべきこと、やりたいことをしっかりと遂行したいと思います。

今年1年、どうぞ宜しくお願いします。
明日から寒稽古、4時起床です!snow

 

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2008年12月26日 (金)

良い指導とは何かを考えた

固技の面白さをどうやって教えていくか
本当に使える技をどうやって教えていくか
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分かりやすい指導とはどういうモノかを常々考えています。
それはつまり、寝技の指導が僕にとって唯一の商売道具でもあるからです。

代わりは他にも沢山いる。
それでは指導者として生き残っていけないと思っています。

また「分かりやすい」「使えるようになった」という言葉を聞くと、本当に嬉しく思います。

しかしながら、僕は少し思い違いをしていました。

■たくさんの技術を知っている、それを披露しながら指導する
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自分の知識の豊富さをアピールできます。
コムロックや袖車絞しか指導できない。とは思われたくありません。
常に色んな技術を吸収し、それを工夫して、分かりやすく指導しています。

生徒は次から次へ新しい技術を指導され、あたかも流行の先端を闊歩するような
そんな間違いを犯しかねません。

生徒によっては色々な技術を知り尽くしたい。
そう思う人もいるでしょう。だから完全な間違いではないかもしれません。

ある時、こんな会話がありました。

「先生、ここはこうじゃなきゃダメなんですか?」

5「なんでも良いんです、一本取れば。形には拘らないでください」

自分の言葉にハッとしました。
最大の目的は技を覚えることではなく、一本を取ることにある。

そう思ったら、沢山の技術を覚える必要性があるのだろうか。
もちろん、防御を覚える意味で、色んな技術を知っておくことは有効です。
しかし僕は、沢山の技術を教え過ぎていることに気が付きました。

そしてそれは『小室は少しの技術しか知らない、指導の幅が狭い』
と思われることがイヤだったことに起因しています。

僕はコムロックと袖車絞しかできないんじゃない。
それだけでも十分通用するほど、精度が高いのです。

一本を取ることが目的であれば、それほど多くの技を教える必要もありません。
多くの生徒が欲しているのは『本当に一本を取れる技』というのが殆どでしょう。

これからは指導方法を少し変えていこうと思います。

教えながらも勉強です。

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2008年12月16日 (火)

気負いと自信

僕が愛読している漫画に「バガボンド」というのがあります。
宮本武蔵を題材にしたモノなんですが、剣と柔道、道は違えど共感する部分が
多くとても気に入っています。
513n559sq4l

その中の一説に、この様なモノがあります。

柔らかくなるのは自信 硬くなるのは気負い

僕は気持ちを前面に出して勝負するタイプなんですが、
それが効果的に試合に出ることもあれば、
いわゆる気負いすぎてしまい、良い動きが出来ないこともあります。
なので、試合では闘志を内に秘めつつ、を心掛けています。

7月に挑戦したタイ国際では「脱力」をテーマにしました。
久しぶりの国際大会、気合いが入らないわけがありません。
でもここで気負いすぎ、力が入ってはスタミナが持ちません。

なので柔らかく、肩の力を抜いて勝負することを心掛けました。
初戦はもちろん、硬くなってしまいましたが、徐々にリラックスでき、
関節技がキレてきました。

 ※この2試合は未公開の映像です。

来年もどこかの国際大会で、柔らかい柔道を試してみたいです。

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2008年11月24日 (月)

焼き場に立つ少年

話し好きな母とは対照的に、父はあまり昔のことを話さない。

ある年、日本武道館に柔道の試合を見に行った帰り、靖国神社に寄った。
父は「ここには爺さんのお墓があるんだぞ」と言った。
単純な僕は「こんな大きなところに!スゲー!」と思った。

僕にとってのお爺さん、つまり父の父は、戦争に行ったまま帰ってこなかった。
それは父が産まれて間もなくだった。父は母子家庭で育ったと、後になって気付いた。

父は芋類が嫌いだ。
嫌と言うほど食べさせられたらしい。

「じゃあ俺も寿司が・・・」ぶっ飛ばされると思って、言うのを止めた。

終戦から60数年が経ち、戦争を体験した世代は少なくなる一方、
僕らは戦争のことなど、サッパリ分からない。
海外での戦争だって、まさに対岸の火事だ。
テレビで流される報道は、まるで映画のようにしか見えない。

講道館と袂を分かち、独自に寝技を進化させた高専柔道、
これもまた戦争の被害者に他ならない。寝技の進化は、戦争によって足止めされた。

たまたま戦時中の資料と、高専関係のことを調べていたら、こんな写真を見つけた。

ジョー・オダネル「焼き場に立つ少年」

191218syounen

(一部引用)
火葬場に幼子を背負い、やってきた少年は裸足のまま直立不動だった
身じろぎもせず、炎を見つめ、他だじっと立ち尽くし、唇を噛み締めていた
やがて大人達が背負っている幼子を抱き上げ、そっと炎の中に・・・・
その時私は幼子が既に死んでいたことに気付かされた。

読んでいて身震いがして、涙が出た。
こんなにも強い少年がいるのかと、驚かされた。
悲壮なまでの決意、覚悟が身体から滲み出ているように見える。

柔道の究極の目的とは、柔道修行によって心身を鍛練し、
自己を完成し、世を補益する(社会の役に立つ)ことにあるという。

この世代に人達は、日本を立て直す、家族を守るというような
色んなモノを背負って生きて来たんじゃないかと思う。
だってみんなパワフルだし。

子供にも、大人にも、お薦めの一冊です。

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2008年11月 6日 (木)

5669→110600

暫く前から、ナンバーズ4という、数字選択制の宝くじを買っています。
もちろん毎回「5669」で買っています。

当選には種類があり、以下のようになっています。

ストレート : ピッタリ一致する(当選金は約100万円)
ボックス   : 順番関係なく、数だけ4つ合致する(当選金は10万円前後)
セット      : ストレートとボックスを両方狙えるが、当選金額は半分

僕はいつもセットで賭けていて、10回連続(2000円分)で買っています。
1口200円、平日に毎日抽選が行われています。

一昨日、買いに行こうと後楽園駅まで行きましたが、
前回の10回分がまだ残っており、重複するので買うのを止めました。

駅前でコーヒーを買い、ふっと
「重複したって、その時に当たるかもしれないから買うかな」
と思い、その日から10回分の「5669」を購入しました。

その晩・・・・・
「9566」
あ~惜しい!

9が入れ替わっていれば!
あ、いや待てよ。ボックスで当たっているじゃないか!ダッシュ(走り出す様)

しかも驚くべきことに、あの時、一旦は買うのを止めましたが、
重複を承知の上で購入しました。つまりその日は2口賭けていたんです。

セット・ボックスでの当選金は55300円でした。
2口賭けていたので110600円ですね。

僕は賭け事に関して、宝くじくらいしかやりませんが、過去最高の収益です。
(小市民ですよね・・・)

とりあえず、10万円は貯金します。
1万円は何に使おうかな♪

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2008年10月21日 (火)

下ヨシ子の「流生命」

基本、僕は占いやら風水とかは信じません。
信じないというか、それに踊らされない。という感じでしょうか。

運命は自分で切り開くものだと思っています。

何事も運命だったんだ。
と思えば、きっと僕は高校で柔道を止めていただろうし、
筑波への進学もなかったと思います。

自分が道を切りひらいていくんだ!
という強い思いと行動があって、今があるような気がします。

それに、運命というものがあって決まったレールの上を歩くような人生、
そんなものは面白くないですし。

ところでワタクシ、運命的な出会いを幾つかしました。
その1つがこれです。

下ヨシ子の「流生命」


占いやら運命やらを信じない僕でも、無視できないものが沢山ありました。
細木氏は嫌いなんですが、同じ分野の方でも、表現の仕方が全く違います。

例えば僕は今、肝臓が悪く、今週末、精密検査をしなければならないのですが、
それについてもしっかり書いてあります。「肝臓に気をつけて!」と。

2009年は何かを作ったり、生み出す年になるそうです。
それが本やDVDの出版であると良いなと思っています。

年末年始にかけて、書かれていることもあります。
「アナタが上司に対し、熱心に訴えかけています。上司は渋い顔をしていますが、
強気で臨めば要求も通るでしょう。交渉ごとに強い予感。」

実は今、狙っていることがあります。
まさにまずは交渉から始まりますし、年末年始を狙っています。
そんなことすら、お見通しって感じなんですが、
それが何か、すでに1つ前でも書かれていますよね。

「この冬は久々にレジャーを楽しめる、それも海外に行ける可能性が大です」

いま、この年末年始を使い再びラオスに行こうと計画しています。
JALのマイルを使い、特典航空券でキャンセル待ちをしている状態です。
下さんによれば、これも時間の問題でチケットを入手できそうです!airplane
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もうひとつ、2009年版で気になったことがあります。
「白いマスクにサングラスをした人がアナタをつけ狙っています。
猛烈な嫉妬心と野心でアナタを狙っていますから用心してください」

「対人面は嫉妬されることが少なからずあります」

「あなたを本気で葬ろうとしている人物がいるので、油断は禁物です」

心当たりがあります。
間違いなくあいつです。
あいつしかないです!
誓約書を書かせ、二度とストーキング行為をしないと約束させたのですが・・・
用心しないといけません。

2008年以上に、2009年は忙しくなるそうですが、
それでもチャンスも多く、飛躍の年になるそうです。
まだ気が早いですけど、2009年も頑張らねばなりません!

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2008年10月15日 (水)

20秒で一本?!

たまににIJFのサイトを見ています。
英文を読むのに苦労するんですけども。

今月下旬、バンコクで世界ジュニアが開催され、
足立学園の徳原先生も観戦に行くとのことで、
それ関連の情報を見ていたところ・・・

抑え込み20秒で一本!

という記事を見ました。
今回の世界ジュニアは、その新規定が試行されるようです。

しかし、これまでの流れから推測すると、採用される可能性は高いですね。

ちなみに、
10秒有効、15秒技あり
なんだそうです。講道館規定とはまたさらにかけ離れます。

A11s

いま、僕は固技の技術史関係で論文を書いているのです。
「抑え込みが30秒で一本になった経緯」なども調べていまして、
これには特に理由がなく、審判の経験値から推測して、
30秒を超えると大概逃げれないことから、決まったようです。

それにしても「効果がなくなる」なんていう話は聞いていましたが、
抑え込みが「20秒で一本」は初耳でした。

以前「15秒で一本」という提案があり、結局は25秒で落ち着いたんですが、
今回はさらに5秒縮めたんですね。
4年後には「15秒で一本」もあり得るんじゃないでしょうか。

ただ「一本の価値を下げる!」という日本の反対意見も考えられますが、
今の選手は抑え込まれてからの逃げる技術は殆どありませんし、
ある統計では、抑え込まれ15秒を過ぎてから、逃げるというケースは
殆ど無いそうです。
そのデータがあっての「15秒一本論」でもあるのです。

またTV放送を考えた際、殆ど動かない抑え込みを、
数十秒も捉えるのは絵的に非常に苦しいんだそうで、
そういったマスメディアの影響も少なくありません。
視聴率を稼げない競技はオリンピック種目からも外れる可能性が高くなりますしね。

良いのか、悪いのかは判断つきませんが、ルールはドンドン変わっていきますね。
さてどうなることやら。。。

他にも、ゴールデンスコアは3分(シニアは違うかも知れませんが)
技の効果と罰則の関係は以下の通り。
一 本=指導3=反則負
技あり=指導2
有 効=指導1

詳しくはコチラをご覧下さい→「2008.pdf」をダウンロード
罰則に関する規定です。(1)(2)

所属の力をフルに発揮して、調べたところ、
この新規定は時期尚早と言うことで、今回の世界ジュニアでは
試行されないのかも知れないとのことです。

どうなるんでしょうね?

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2008年10月13日 (月)

全日本学生体重別■雑感

毎年恒例、体重別の学生チャンピオンを決めるこの大会。

今回、僕は初めて審判として参加させていただきました。
僕はまだBライセンスしか保持していませんので、
まだこの規模の大会を裁くことは滅多にありませんが、
チャンスを与えていただきました。

最近、審判を頼まれる機会が増え、その都度、
恩師・小俣幸嗣先生(筑波大学教授)から色んなご指導を戴きました。
今回、気をつけたのは3点。

  • ・発声、ジェスチャー、立ち姿勢などをしっかりする。
  • ・投技の見極めを最後までしっかりとする
  • ・罰則を取るタイミングを考え、試合を掌握する

当然のことながら、僕はまだ巧くはないので、
とにかく集中して、真剣に取り組むよう心掛けました。

しかし大きなミスとしては、浮固の判断を誤りました。
Dcf_0149 ※身体が浮いているので浮固
腕挫十字固を狙う選手が、腕を伸ばすことが出来ず、浮固を狙いました。
しかしお尻がべったり畳に着いており、明らかに浮いていませんでした。
コーチや選手は「抑え込み!」とアピールしましたが、
浮いていないのであれば抑え込みにはならない
と思い、暫くそのままの状態の末、試合が終了しました。

試合後、もう一度「抑え込みの定義」を確認し、審判長にも相談に行きました。
結局、不完全ながらも、その場合は抑え込みを宣告しなければならなかったようで、
お尻が畳に接地している云々は、三角からの抑え込みの場合に限る。
とのことでした。

その件で、勝敗が逆転するようなことはありませんでしたが、
翌日、監督が筑波の先輩だったこともあり、謝罪に行ってきました。

自分なりに勉強して、知識を蓄えているようでも、
その場の状況では色んなことが発生するので、そう簡単にはいきません。
今回、とても勉強になりました。

1999_syo_rikihai 大学4年の時、出場した僕です。

11/23には講道館で行われる全日本産業別大会で審判を務めます。
ミスをしないよう、また勉強して任務を果たそうと思います。

note優勝者
初日には、僕と関係のある何らかの選手が多く優勝しました。
男子では全ての階級で筑波大生が進出、2名(秋元、小倉)が優勝しました。

81kg級では、足立学園柔道部の後輩でもあり、教え子でもある
川上智弘が1年生ながら優勝を果たしました!

2008101100000014maipspoview000

中学・高校時代からコツコツと努力を重ねていましたが、
ここに来て一気に成績に結びつきました。
先月は全日本ジュニアの3位決定戦で負けてしまい、
とても落胆しているという内容のメールが届きました。
それでも気持ちを切り替え、今回のチャンスに生かすよう
アドバイスしましたが、本人もまさか優勝するとは思わなかったでしょう。
優勝直後は涙を流していましたが、僕もつられてしまいました。
これで自信を付け、さらに頑張ってほしいと思います。

また女子では、淑徳大学の杉本が優勝しました。

その他、注目の選手をあげてみたいと思います。

■秋元(筑波大:60kg級)
60kgにしては、線が細く、力が足りないかなと思いましたが、
技の切れ味、寝技への移行スピードが抜群に速く、
完勝とも言える内容でした。江種選手や佐々木選手が居なくなった今、
平岡を追い上げる存在の1人になりそうです。

■テムーレン選手(日本大:100kg級)
昨年の国体で大活躍したこの選手、さらにパワーアップしたようです。
投技も豪快で、見ていて面白いです。
もう少し技の幅が広がったら、本当にアジアの強豪になりそう。
日大のポイントゲッターは間違いないですね。

■西田選手(山梨学院大:90kg級)
今日、僕は90kg級の審判を担当していました。
彼の準決勝戦では主審を務めました。
彼は組み手が巧く、仕掛けもまた早いです。
それでいて、足技や担ぎ技も出来る希有の存在です。
今日も、明らかに目立った存在でした。
これまでケガなどもあって、シニアでは活躍していませんでしたが、
そろそろロンドンを狙う逸材として、シニアでも活躍してきそうです。

■上川選手(明治大:100kg超級)
彼はもの凄い逸材かもしれません!
重量級では目立った大きさではありませんが、
力みのない組み方、絶妙なる間合いの取り方、
そして驚くほどの足技の切れ、そして落ち着き。
僕はこれほど足技の巧い、重量級選手を見たことがありません。
これなら外国人選手と対戦しても、十分やっていけると思います。
特に準決勝戦の石井戦(東海大)では「投の形」の内股のように、
木の葉が舞うような絶妙な崩しで一本勝ちしていました。
僕も思わず感嘆の声を上げてしまいました。

今回はこんな感じです。
10/19(日)の27:35-29:30の予定で、テレビ東京が放送するようです。

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2008年10月 5日 (日)

血液型

血液型診断をすると、よく盛り上がります。
僕はあまり興味がないんですけど。

板前の父親(A型)は、こと「寿司」のことに関しては高い専門知識と技量を持ち合わせていますが、
それ以外のことに関しては殆ど興味がなく、仕事が趣味みたいな人です。
実際、『お腹いっぱい寿司が食べたくて、板前になった』と言っています。

青森出身の母親(O型)は、非常に我慢強く、几帳面なところと大雑把なところを併せ持っていて、意外に料理は得意ではありません。(まぁウチは父親が板前ですから特殊です)
あと、人見知りです。

柔道のことに関して、というか柔道しか頭にないような僕は、
コレといった趣味もなく、柔道が仕事です。
『柔道を生かした職業に就きたい』と思った結果、今の職に就いています。

こうして考えると、僕はやはり両親の子供なんだなと思います。
我慢強く、ある一面には几帳面ですが、他は結構大雑把だったりします。
あと共通項として、全くお酒が飲めません。
そしてよく「酒癖の悪い女は一番嫌いだ」と口を揃えて話しています。

話が逸れましたが、僕は高校3年生まで「宏二はO型だよ」として育てられてきました。
ある時、献血に行ったら看護士さんに・・・

『O型?A型ですよ』と言われました。

急いで帰り、母親に聞くと
母 『え?そうだったの!信行(兄)がO型だから宏二もO型かと思ったんだけどね』
5  『なにそれ、検査したんじゃなくて、勘で今までO型って教えてたの?』
母 『そうだよ(笑)』
意外に大雑把な母親をよく表しています。

いまベストセラーになっているA型自分の説明書という本を借りて読みました。
これがなかなか的を得ていて面白いのです。
僕がズバリ!と思ったのは以下のようなところです。

決断するまでが各駅、決断したら急行

自分の高めたい、自分に投資したい

約束は守るためにある、時間も守るためにある、信用第一

自分にご褒美をよく買う

いきあたりばったらない、出たトコ勝負らない。
予定にない行動は取りたがらない

自分の話に自分でウケる、オチを言う前に吹き出す

責任感は最強。引き受けた以上は最後まで。
極限の闘いに強い。コツコツやっていますから。
どうみても無理なことは最初から引き受けない。無理だから。

プライドが高い。おだてに弱い。

その気になればウンチク王

1から10まで全部決まっていないと不安。5と8が空欄なんて怖い。

わかりやすく説明するのが得意。その説明をくどいと言われる。
説明しないと出来ないだろうが!

手帳がないとダメ。大きめサイズがベスト。
どのページもごっそり書いてある。キレイに色分けもしてある。

喜怒哀楽をコントロールできる。
でもコントローラには「抑制ボタンしかない」

A型に関してはこんな感じです。頷くところもあったのではないでしょうか?
ちなみに、僕がコレまでお付き合いした女性は殆どが『B型kissmarkでした。
後々になって気が付いたのですが、そういった傾向もあるようです。

他の血液型も出版されています。

O型自分の説明書 B型自分の説明書 AB型自分の説明書

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2008年9月17日 (水)

音源募集

さて、今年度も下半期に向かおうとしています。

新ドラー先生と僕は、共にxactiを購入し、撮影しまくっております。
xactiは全柔連科学研究部も採用しているコストパフォーマンスに優れたビデオカメラです。

それを年末にまとめ、小学6年、中学3年の送別会で流すわけです。

小僧どもはなかなか感動して泣いたりしませんが、
そこをどうにかして泣かしてやろうと思っております。

  そうは言いながら、僕が真っ先に泣きそうです。
  足立学園の時は、恥ずかしいくらい大泣きしちゃいましたから。。。


さて、そこで重要なのが音源です。
僕は音楽関係にあまり興味が無く、詳しくありません。

●これを聞きながら映像を見たら感動する
●これを聞きながらの試合映像は格好いい!

そんなお勧めの音源があったら教えてください。

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2008年9月12日 (金)

ストーカー

Cocolog_oekaki_2008_09_12_23_49
現在、ストーカーに悩まされております。

1年半前から続いておりますsweat02

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2008年9月11日 (木)

教育と競技

何年か前、インターハイを観戦に行ったのですが、
団体戦で、思わぬハプニングが起きました。

予選リーグ、強豪校同士の対戦、勝敗を左右する後半戦で事件は起きました。
試合場にポロリ・・・テーピングが落ちてしまいました。

その当時、懐から硬い物質などが出てきたら「反則負け」でした。
(※現在では、反則負けとは限りません

試合が中断し、審判がどちらのテーピングかを聞きました。

両者はそれを否定しました。

大勢の観客がその試合を見つめていました。
観客席から投げ込まれたり、天井から落ちてくるはずもありません。
どちらか一方の懐から落ちたのは間違いありませんでした。

しかしその試合の決着は、チームの勝敗をも左右し、
さらには予選突破の可否を握っています。

テーピングがどちらかの懐から落ちたのは間違いありません。
しかし、両者はそれでも否定し続けていました。
つまり、どちらかがウソをついていたのです。

これをいったら、理想論かも知れません。
僕が監督なら、生徒に正直に言わせます。言うように促します。
(教え子のテーピングであった場合)

それによってチームは予選敗退し、生徒や応援の方々の期待を裏切る
形になってしまいます。負けたことによる影響力は大きいです。

それでも公の場で、公然とウソをついて勝ちを得ても、
それにどれだけの価値があるでしょうか。

指導者の立場としては、正直に言わせて、その後は
最大限にかばってあげたらいいと思います。

「何をバカ正直にあの監督は!annoy
「試合の結果が進路も左右するんだぞ」
「なんのために遠路はるばる応援に行ったんだ」
そんな批判も強く受けるでしょう。

高校柔道はあくまでも教育の一環だと思っています。
(本来は柔道そのものが教育の一環です)
これを見逃しては、柔道がただの競技になってしまう。
そう思い、この顛末を見届けていました。

結果的には、両者が否定しているのだから、どちらのテーピングではない。
として、試合は続行されました。
審判長が、両者の主張を信じてあげた形になったのです。

何が正しいとか、結果的なことはそれぞれの価値観にもよると思います。
柔道から教育的価値観を除いてしまっては、他の競技と変わらなくなってしまいます。
小学生も競技化が加速しているので、そういった点がとても心配です。

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2008年9月 9日 (火)

宝寿司@DVD

給料日が近づくと、実家の寿司で済ませる頻度が高くなります。

先日、何かの試合の話題になりましたが・・・

父「いつの試合?見てない」と言う。

ある日、DVD「ザ・コムロック」の話題になりましたが・・・

父「デーブィデーはCDとは違うの?」という反応sweat01

ある大変事実に、今更気が付きました。
実家にはDVDを見る機械がありません。
もちろんPCなんて洒落たものはありませんので、
インターネットを見ることも出来ません。
(ついでに携帯電話も持っていません)

そう、ウチの両親はDVD「ザ・コムロック」はおろか、
最近の試合も全く見れていないのです!

うっかりしていました。
兄が実家にいた頃は、兄のノートPCで見たりしていたのかと思っていましたが・・・
(兄は1年半前、引っ越して出て行きました)

そんなわけで、両親にDVDプレーヤーというのをプレゼントしました。
(CDとの区別はいまも理解していません)

自宅にいるよりも、店にいる時間の方が多いので、店に置いています。
ここ3年くらい、ほぼ全ての試合映像を置いてあります。

美味しい寿司を食べながら、柔道観戦はどうですか?
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お店の場所等は、トップページから「宝寿司」欄にあります。
地図はコチラをご覧下さい。

最寄り駅■JR京浜東北線「東十条駅」南口
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2008年9月 7日 (日)

ドクター

9/6,7 埼玉県立武道館で行われた関東学生大会、審判で参加してきました。

今回、僕が副審をした試合でこんな珍事件が起こりました。

試合中、ある選手の顔とどこかが当たってしまい、目尻がパックリ割れてしまいました。
結構な流血で、試合が中断しました。
偶発的な事故なので、どちらかに過失はありません。

出血がひどかったため、僕は止めた方が良いと思いましたが、
選手もコーチも、止血して続行を希望しました。

即座にドクターを呼び、止血をお願いしました。

『できません。』

ドクターが言います。

「は?止血してください!」

『だから出来ません!』

お前、何言ってるんだ?!的な雰囲気になります。

小俣審判長の下に行き、合議になりました。

話を聞くと、ドクターは柔道整復師でした。
柔道整復師は止血という外科的な医療行為は資格場、
その範囲を超えてしまい、出来ないそうです。

■選手は止血をして、試合続行を希望している

■ドクターは越権行為になるため、止血できない

結局、ドクターには無理をお願いし、止血して試合を続行しました。
一時はどうなることかと思いましたが、試合自体は成立しました。
双方も納得して、試合場を下りてくれました。

僕個人の考えでは、柔道のケガは脱臼・骨折に限ったことではありません。
止血できないドクターはその任務(大会のドクター)を果たせないと思います。
もっと重大なケガの時、その応急処置の時間差が、
その後の負傷者を大きく変えてしまう事例もありますから。

僕も1996全日本ジュニアの決勝、内柴選手と対戦したとき、
巴投で投げた拍子にバッティングしてしまい、目元が大きく裂け、流血しました。
あの時は、テーピングが顔の中心でバッテンになるように巻き、
片目が見えない状態で試合を続行しました。
片目が見えないと距離感が鈍り、組み手で空振りしそうになったという思い出があります。

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これは26歳の時、了徳寺学園の鹿児島合宿の際、
鹿屋体育大学の学生と練習試合中、バッティングで避けてしまった目尻。

10月11,12日と開催される全日本学生体重別選手権大会(つま今大会の本戦)
審判をやらせていただくことになりました。頑張りますannoy

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2008年8月19日 (火)

北京オリンピック観戦記

行ってきました北京オリンピック。
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JALで貯まったマイル(20000マイル)を使って行ってきましたairplane
この時期、飛行機なんて予約できないと思いきや、空席は十分ありました。

飛行機やホテル、入場券とこの時とばかり、業者は儲けにかかっていますが、
明らかにやり過ぎですね。

現地でお会いした人は、数十万円もはたいて来ていました。
僕は全柔連関係者の好意とマイルで5万円ほどで済ませることができました。

現地に着くと、淑徳大関係の先生、ご家族にお会いしました。
誰と話しても「旅費が幾らになったのか?」という話題になりました。
また僕がプライベートでの単独行動だと言うと、
誰もが笑って「物好きだな」と言っていました。

僕はツアーではないので、地力でバスを探し市内へ向かいました。
中国では殆ど英語が通用しないのが辛いですsweat02

会場にはすんなり着きました。
しかし確保しているチケットは18時からの決勝のチケット。
その時はまだ14時ほどでした。

炎天下の会場前で、途方に暮れていると強化のコーチと出くわしました。
すると暫くしてチケットを入手してくれ、会場に入れてくれました。
宿泊に関しても、全柔連のご厚意で宿舎に入れてもらえました。
本当に感謝感激です。

会場はこんな様子でした。
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スポンサー契約などの関係から、広告などは少ないです。
会場もそれほど大きくはなかったです。
 ※ただイスが硬く背もたれがなかったため、腰を痛めました。。。

僕はオリンピックに幻想を抱いていました。なんと言っても夢舞台ですから。
でも会場は普通の国際大会と同じでした。
規模で言えば、嘉納治五郎杯やフランス国際の方が凄いです。
きっといきなり会場入りして試合したら、緊張し過ぎちゃうかもしれません。
そういった意味で、次代の選手は会場を見て雰囲気を掴む必要がありますね。

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さて、試合では個々の選手に言及しません。
結果についても、皆さんテレビで見ていますので割愛します。
コチラのサイトでは、試合映像を見ることが出来ます。かなり便利です!

■寝技時間がまた短縮?
ここ最近、寝技の時間が長く見るようになりました。
しかし単に長く見ていて、攻防が停滞しているのに「待て」を掛けない。
逆に攻防途中で止めてしまう。という傾向がありました。
これには、審判に攻防を見極める力がないため、
安易に時間で「待て」をかけているんじゃないかと思います。
その点、今回に限っては「待て」が早めに感じました。

■寝技の強化
金メダルを取った4選手(内柴、石井、谷本、上野)
彼らの共通点は寝技でも一本を取れるという点です。
捨身技が多いということは、寝技のチャンスが多いということです。
僕だったら、嬉しくて堪りません。
①相手が捨身技を仕掛けてきたとき、足をパスして抑え込む技術
②掛け逃げして亀になった選手を取る技術

この2つだけあったら、かなり有利に試合展開が出来ます。

また強化合宿では、単に乱取りを沢山やるというのが殆どです。
外国人選手がやる寝技への対策、捨身技に応じた寝技への移行など、
部分的な練習をもっとやるべきだと思います。

トップ選手になればなるほど、ある程度の技術が固まってきていますので、
ロンドンの次の世代(ジュニア選手)には、今のウチから
そういった対策を練って育てるべきだと思います。

■捨身技と手技
とにかく捨身技(巴投、隅返)が多かったです。
寝技への無理な引き込みに対して、まず指導を取りませんし、
引き込みに合わせた投技も、その効果を取りません。
なので組み負けたら取りあえず、捨身技をしてクロスガード、そして待て。
そして立ち勝負でやり直す。というパターンが多かったです。

もうひとつは手技、と言っても朽木倒、双手刈といった足を取る技です。
これらの技の共通点は以下の通り。
①組み手に拘らず、片手でも仕掛けられる
②返されるリスクが少ない

分かっていても日本の選手はコロコロやられちゃいましたね。
長い手足、瞬発力、それは日本人には無いものなので、
普段の間合いの感覚では、それが狂うんでしょうね。

それらへの対処が、未だに遅れています。どうしようかと考えました。

外国人コーチを雇ってみてはいかがでしょうか?
何も外国人柔道をマネするのではありません。
相手の戦法を知るのです。

ジュニア選手は、現役を退いたばかりの選手を招き入れる。
向こうも日本柔道を良くしるチャンスになりますし、
こちらは国内で外国人対策になる。国際交流にもなる。
IJF選挙の時にも役立つでしょう。

■規定
国内と国際大会での違いとして、国際大会では両者同時に罰則を与える
ことを控えています。なるべく、どちらか一方を見極めて罰則を与えます。
谷選手が敗戦した試合、僕は妥当なジャッジだと思いました。

日本でもそうですが、オリンピックのジャッジというのは多くの人が見ています。
そしてそのジャッジをワールドスタンダードとします。
寝技の見極めや、罰則の与え方など、また少し捉え方に変化が出そうです。

国際規定の扱い方で、やはり日本国内式、国際式と隔たりがあります。
審判が下手だと文句を言う前に、国際大会において、日本人の試合は日本人が裁けませんから、
その隔たりを少なくさせないといけません。

またこれを境に、規定が改正されると思います。
ジャケットレスリング化した【JUDO】が少しでも改善されることを願います。

下の画像はワンフーチンという観光スポットで撮りました。
蚕とイナゴの串焼き、サソリの串焼きですが、見るだけで気持ち悪いですsweat01
これはさすがに食べませんが、北京ダックは気持ち悪くなるほど堪能しました♪

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2008年8月10日 (日)

北京オリンピック[柔道]2日目 雑感

4年前の今頃は、道都大学で合宿していました。
テレビのない宿舎で、生徒が洗濯するのをコインランドリーまで往復しながら、
カーナビでなんとなく観戦していました。

でも、66kg級は見ませんでした。
見たくありませんでしたたらーっ(汗)
人間小さかったな。。。

内柴が準決勝で対戦した
アレンシビア(キューバ)は僕も対戦経験有り。
2001ベルギー国際の準決勝、袖車絞であっさり絞め落としました。

キューバの選手はなぜか、全く寝技をしません。
お国柄でしょうか?指導者か?ブラジルは強いのに。

自費で参加した2002イタリア国際でもまた準決勝で対戦しました。
その時は、徹底的に寝技を警戒され、
寝姿勢になると、這いずって場外に逃げていきました。
結局、袖釣込腰で「技あり」をとられ、負けちゃいました。

話は逸れますが、60kg級だったキューバのプロ選手、
彼は一度、世界チャンピオンにもなったし、野村選手ともかなり競っていました。
急に見なくなったんですけど、亡命でもしたのかな?
彼もまた寝技は激弱でした。
でも背負投のスピードは神速でした。

内柴が決勝で対戦したダルベレ(フランス)
彼とも対戦した経験があります。

2000ハンガリー国際の2回戦、
階級変更したばかりで恐れを知らない僕は、
組んですぐ内股で「技あり」を奪取、そのまま袖車絞で絞め落とし、
勢い余って優勝しちゃいました。

そして内柴選手。通算成績は8戦3勝5敗です。

この前、講道館でオリンピック代表壮行式が行われました。
式が終わり、代表が退場する際、内柴と少し言葉を交わしました。

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すると子供達が・・・
「先生、内柴選手と友達なの?」

5 「アテネの最終選考会で、彼に負けたんだよ。それでもう先生は引退したんだよ」

と言ったら、信じてもらえませんでした(笑)

2連覇おめでとうscissors

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2008年8月 5日 (火)

夏合宿とホタルと勝武館

夏が来れば思い出す。

僕が所属していた佑道館

その佑道館と友好関係にあったのが勝武館(茨城県大洗市)

先生同士が先輩後輩だったそうな。

今日、講道館では少年部の夏季講習会が閉講しました。
講習会というより、合宿という感じでしたが。

僕も小学生時代、勝武館で夏合宿をしたのを思い出しました。
佑道館では、夏合宿をしたのは6年間の在籍中、この1回限りでした。
写真

意外にも、僕はあまり外に出るのは好きではなく、
その日の夜も若干ホームシック気味に大人しくしていました。

勝武館の先生は、永田先生といいます。
魚屋さんを経営し、二人の息子が柔道をしています。

そう、小室家とソックリなんですよね。
両兄弟とも、歳は1コずつ違うだけでした。
兄はヒロユキ先輩、弟はタケシ先輩。

いつも明るく、冗談を言っては笑わせてくれるヒロユキ先輩が、
「宏二に凄いのを魅せてあげる!」といって、暗闇の野道を連れて行ってくれた。
写真

僕は暗闇の怖さと、不安ですぐにでも帰りたかった。

その先には電球が散りばめられているような、
幻想的で、優しいホタルの光が点滅していた。

映画やテレビでしか見たことのない都会っ子の僕には、
とても現実のものとは思えない光景だった。
プライズレス。『お金では買えない価値』とは、こういうものかもしれない。

そんなヒロユキ先輩が他界したのは僕が中学生の頃だった。
勝武館での稽古の帰り、ダンプカーに轢かれ、即死だったらしい。

親戚でもなく、家族でもなく、人の不幸で涙を流したのは、それが初めてでした。

いつもは怖くて近寄ることも出来なかった永田先生が、
葬儀では声を出して泣きじゃくっていました。

ある時、永田先生の枕元にヒロユキ先輩が立ち、
「お父さん、もうそんなに泣くなよ。 タケシがいるだろ」
と言ったそうです。誰もそれを信じて疑いませんでした。

夢のような光景と、夢であって欲しかった現実

今でもあるのかな?勝武館・・・

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2008年7月29日 (火)

31

本日(7/29)をもちまして、私ribbon31歳ribbonになりました。
 ※東京ドームでの誕生パーティーはありません。

三十路(30歳)になったときは、グッと来るものがあり、
感慨深くなりましたが、もう開き直りました。
でも子供達にはまだオジサンとは言わせません。
言ったらぶっ飛ばしますrockannoy

これで柔道歴は26年になりました。ベテランです。

まだまだ、試合には挑戦してみたいですし、海外への指導も行きたいです。
そのうち、パッと海外に行っちゃって、暫く帰って来ないかも知れません。
コムロック2の発売や、ブック版コムロックも諦めず、
作成に取りかかりたいと思っています。

柔道って奥が深いし、面白いです。
色んな人に関わり合いながら、その面白さを伝えていきたいし、
寝技講習では唸るような妙技を伝えていきたいです。

そして今回、31歳のバースディを機に、
チロルチョコ株式会社より『コムチョコ』(¥20)が発売になります。
お求めは全国のコンビニ、講道館売店、宝寿司にて。

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ウソです。
これは誕生日プレゼントで戴いたモノです。
こういうのも作れる時代になったんですねpresent

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2008年6月27日 (金)

ルールの特殊な例の解釈

全柔連のHPに 「ルールの特殊な例の解釈」 というのが載っていました。

2008.3.17
全日本柔道連盟
ルールの特殊な例の解釈
(1)マウスピースの着装は歯の矯正のために固定されたものは問題ないが、
脱着可能な物質は飲み込む危険性や相手に危害や不快さを与える可能性
があるので禁止とする。
(2)下穿の下に着けるスパッツ等の長さは、膝よりも短いことを原則とする。
(3)頭髪に着け毛等をすることは禁止する。

コレによると、マウスピースは禁止になったんですね。
知りませんでした。
以前はOKだったんですけど、その理由が
相手に不快感を与えたり、危害を加えるおそれがあるって。。。
ホンマかいな?

着脱可能だからとはいえ、誤って飲み込むこともあり得るのでしょうか?
そうしたら打撃系格闘技でも危なくて使えないですよね??

ちなみに僕はマウスピースを別の用途に使っています。
夜、寝るときに着けているんですけどね。
(コレについてはまた別の機会に・・・)

今度、練習の時にも装着してみようと思います。

さてロングスパッツ。これも試合では禁止のようです。
先日の紅白試合では、これを穿いて出ている選手がいましたが、
本当は禁止なんですね。

冬場の講道館は死ぬほど寒く、その時期は僕もロングスパッツを穿いています。
ただ淑徳大で指導する際、寝業の指導ではロングスパッツの方が良いのかなと思います。
だって腕挫十字固を指導するときなど、
僕のすね毛が学生の顔に当たったらイヤでしょうし。
僕が女子大生だったら嫌がると思います。
まぁ、ワキガよりはマシでしょうけど。

着け毛をするヤツはいないかなと思いましたけど、
女性がエクステ(?)とか着けたまま試合することもあるのでしょうか?

男性には関係のない話かと思いましたけど、
そういえば高段者大会で、明らかにカツラ被った爺さんがいたなぁ(笑)

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2008年6月17日 (火)

きくちゃん

おめでたいお話ですribbon
僕の同級生・キクちゃん(足立3中&足立学園)が結婚します。

Kikuta

中学1年の時、同じクラスだったキクちゃんを
脅かして柔道部に入部させました。

勧誘ではなく、脅迫して入部させました。

結局、キクちゃんは「辞めなかったんじゃなくて、怖くて辞められなかったsweat02
と言って、大学卒業まで10年間、柔道をやりきりました。

そんなキクちゃんが結婚します。コブー(中学時代のあだ名)のくせにannoy

「俺の人生を変えた出会いだったから、コムちゃんスピーチしてよ」

本当に脅迫しただけだったのに、そんな風に言ってくれました。
もちろん緊張しますが、快諾です!

気合い入れずにはいられません。
一肌脱ぎます!
てゆーか脱ぎます!

709250_4174975184s (中央5669、右がキクちゃん。正和の披露宴にて)

と言ったら「結構、立派な式場だから、脱ぎ系は勘弁して」とのこと。。。

足立学園の教員時代、徳原先生から学んだことのひとつに、
人との義理を大切にする
と言うのがあります。

僕も友人の冠婚葬祭は何が何でも参加するつもりです。

しかし・・・・

今回、講道館の夏期講習会(1部)とバッティングしてしまい、
どうしても、どうしても参加することが出来ません。
スピーチに関しては涙あり、笑いありの絶妙な演出を企画していたのですが。。。

そんな訳で、結婚式の二次会には遅れて参加し、
またその報告をここでしたいと思いますが、
彼にまつわるエピソードを。。。

足立3中に進学した僕らに、徳原先生はこう言いました。
「お前達だけじゃ少なすぎる。一人につき、一人一般生徒を勧誘してこい」
僕たちは徳原先生が中学から強化を始めた最初の生徒です。
なので部員が殆どいませんでした。稽古相手の確保です。

僕は「こむろ」
キクちゃんは「きくた」

出席番号順では僕の1コ前でした。
手っ取り早く、僕はキクちゃんを勧誘しました。

キクちゃんは当初、「RPG研究会」という訳の分からない
オタクっぽいクラブに入ろうとしていましたが、
「おい、柔道部入らないとどうなるかわかってんのか」
的な猛烈な勧誘で、渋々入部を決めました。

素人のキクちゃんが、打倒・国士舘中、弦巻中を目指す
集団で稽古するのは筆舌に尽くしがたく、辛かったと思います。

稽古相手は僕らか、足立学園の高校生です。
殆ど投げることなく、一日の稽古を終わることも多かったでしょう。
絞技から逃れる練習では、悲鳴を上げながら何度も絞め落とされていました。
立ち技乱取りでは、頭を打つ度に「菊田は受身のやり直し100回!」
と言われ、スポンジの着いたヘッドギアをして稽古をしていました。

前述のように、怖くて『辞めたいって言えなかった』というキクちゃん。
そんなキクちゃんも、徐々に力を付けていきました。

どういうわけか関西の大学で柔道を続けたキクちゃん。
4年生の時にはとうとう「全日本学生体重別」の73kg級に出場しました。

僕とキクちゃんは、すぐ近くの控え室で、
試合の前後でお互いに声を掛け合いました。

キ「減量にビビって体重落とし過ぎちゃったよ」
5「俺も階級上げたら、65kgしかなかったよ」

キ「1回戦勝った?」
5「勝ったよ。もう1つ頑張ろっ!」

いつもお調子者的存在のキクちゃんが居たので、
なんだかリラックスして試合に挑めたことを覚えています。

先日、足立学園に行くと、新入生を見ながら徳原先生がこんなことを言っていました。

徳「こいつは強くなるかな~?」
5「辞めずに続いたら、モノになりますよ」
『そうだな。菊田も受身から初めて強くなったモンなぁ』

キクちゃんにまつわるオモロー!な話しは、二次会に参加した後、
また書いてみようと思います。

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2008年6月11日 (水)

柔道家であり格闘家

訃報です。

コンテンダーズを主催する和術慧舟會の
守山竜介さんが交通事故で亡くなられました。
(格闘技情報のBoutreviewに詳細が掲載されています。)

僕は人の夢と書いて『(はかない)』と読む、
この字が好きなんですが、それにしたって無情です。

僕は守山さんにとても恩義があります。

柔道家としての身分を保持したまま、コンテンダーズの
リングで試合が出来たのは、守山さんのお陰です。

柔道界と決別し格闘技界に飛び込む選手、今はそう珍しくありません。
でも僕がコンテンダーズに挑戦したころ、
現役の強化選手がリングに上がること自体、あり得ないことでした。
しかも身分を保持したまま。

それは柔道家であった守山さんが、全柔連に直接掛け合ってくれた
ことで実現したことです。

それがあるからこそ、いま自分は柔道界に存在して、
講道館で働くことが出来ているのです。
感謝しきれません。

トラックに牽かれるなんて、本当に痛かったでしょうね。。。
サイドブレーキぐらい、しっかり引いておけよ!annoy

僕の携帯には、守山さんを含め、故人のアドレスが残されています。
もう通じるのことのないこのアドレスを消去してしまったら、
もう記憶さえも消去してしまいそうで、消すことが出来ません。

故人のご冥福を心からお祈りします。

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2008年5月30日 (金)

北区民大会

今更なんですが、3月に行われた北区民大会について書きます。
いま僕は北区柔道会に在籍しています。
なんだか色々と役職を任されつつあるのですが・・・

やれる仕事も限られているので、今回は審判をやってきました。

平爺のコラムでも書きましたが
「宏二が審判できるの?選手じゃなくて?!」
「宏二がもう大人か~早いもんだ」
などなど茶化されながら審判をしてきました。

僕の同級生(小中高と一緒)の子供が既に小学生で、
試合に出場していましたが、緊張しすぎて
思うように動けなかったようです。
お父さん(つまり同級生)はもちろん、お爺ちゃんも応援に来ていましたが、
なぜかその中に、ウチの親父まで合流していましたsweat01

審判をしているなかで、気が付いたことをいくつか。

>狭い
会場は正規の試合場が1面とれる小さな道場ですが、
そこを2試合場に分けて進行していました。
場外を仕切るラインギリギリまで観客が座っていて、
狭いなんていうモンじゃないです。
場外際、攻防での危険性はもちろん、火災時にパニックになるのは
明白です。予算を追加してでもアリーナを会場にするべきだと思いました。

>幼年の部
5歳以下の未就学児に試合をさせる意味があるのでしょうか?
礼も出来ない。受身も出来ない。そのレベルが殆どでした。
試合と練習の違いもよく理解していないように思えます。
親や主催者のエゴで、無理に試合をさせなくてもイイと思います。
何より、何人も頭を打っていたので危ないと思いました。

>有段者、高校生の部
これは僕の身勝手な意見なんですが、
初段、二段、三段・・・
高校1年、高校2年・・・
という区切りにしないで『有段者の部』で区切ってはどうでしょうか?
たかの先輩が出場した墨田区はそういう区分らしいので。
そうすれば、僕も高校生・大学生に混じって試合が出来る。
ただそれだけなんですけどね~。

話は変わって。。。

この子はシンノスケと言います。
講道館(春日クラブ)で練習していますが、北区民なので参加していました。
この時はベスト8で敢闘賞だったかな?
楽しそうに試合をしているのが印象的でした。
ちなみに、同小(同じ小学校)です。
東十条小学校の後輩なんですねscissors
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嘉納治五郎師範の幼名も「しんのすけ」だったそうですから、
彼も将来はもしかするかも知れません。

コチラは僕の小学校2年生の頃。
ぷりぷりしています。
子供のくせ、この頃から既に巴投なんか仕掛けていました。
Photo

ある年、東京は大雪snowでした。
僕の膝上まで雪が積もり、交通はパニック状態でした。
僕はライバルの田崎元久(現・道都大学監督)に破れ、
会場外で泣いていました。

父親が僕を探して出てきました。

父   「閉会式始まるぞ。早く戻れ!」
5669「2位の賞状なんかいらない!もう帰るcrying
父   「イイから早くもらってこい!!」

みるみるウチに積もる雪を見て、いつもははしゃぐ年頃なのに、
負けた悔しさで、全然そんな気になれませんでした。

またその翌日。。。
ウチに3枚しかない額縁に、その賞状が入れ替わっていました。
新しもの好きで、柔道はよく分からない母親は、真新しい賞状に代えたかったようで。。。

5669「2位の賞状なんか飾るな!」
母   「いいじゃない、頑張ったんだから」
5669「2位だから頑張ってない!」
母   「じゃあまた頑張ればいいじゃない」

そんな口論があったのを、なぜか今でも覚えています。
どんな大会でも必ず応援に来る父親
柔道にはあまり関心のない母親

程よくバランスがとれ、僕にはいい環境だったのかも知れません

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2008年5月21日 (水)

平爺を偲ぶ

前回は平爺との思い出(「平田鼎-寝業研究会-伝説編」)を書きました。

いつもの文章は、このブログを見ている多くの方に発信していますが、
今回限りは、天国にいる(もしかしたら地獄?)平爺に捧げたいと思います。

平田 先生
足立学園の道場で先生と出会って、もう20年近く刻が経とうとしています。
あの時の出会いが僕の柔道だけでなく、柔道に関わる人生そのものを
変えてしまうとは、その時は知る由もありませんでした。

先生から教わった6年間、足立学園での6年間、
これは僕の柔道の根幹を築いた6年間でした。

絶えず努力すること、堪え忍ぶ心、研究心、そして高専柔道。

僕は高校時代、先生の高名どころか、「高専柔道」という言葉すら、知りませんでした。
いつも驕り高ぶらず、マイペースで稽古をするので、
ただの爺さんだと思っていました。すいません。

「寝技は足だ、足を使え」
「十字は膝でとれ」
「馬鹿じゃ強くならん、勉強しろ」

「おやすみ~」(絞め落とすとき)
「空気は旨いか?!」(絞技から逃れたとき)
「おはようさん」(絞め落とされて、目が覚めたとき)

先生が仰った言葉は、頭の中に焼き付いています。

なかでも筑波大学への進学が決まったとき、先生は
「もう小室!なんて呼び捨てには出来ないな。立派になった」と仰いました。
何度止めてくれと言っても、先生は敬語で接するようになりましたね。
それが1つ、先生から僕への免許皆伝だったのかも知れません。

僕は先生から教わった技術をもって、大学で寝業師になりました。
この時、寝業師になったことが、僕の柔道観を変え、競技成績を押し上げました。

今僕がこうしていられるのは、間違いなく先生から教わった
高専柔道の技術があったからこそです。

そういえばひとつ、先生に謝らなければならないことがあります。
先生が教わった技術、これを勝手に「コムロック」(小室式固技)と名乗っています。

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これは先生から教わった高専柔道の技術です。
でもどういうわけか、こう呼ばれるようになり、また僕自身の愛称としても
「コムロック」が認知されるようになり、そのまま使わせていただいています。

講道館に勤務するようになり、全然知らない人から
「君が平田先生の弟子か!?」
「君のような寝技をするお爺さんが昔、講道館に来ていたよ」
「小室は生前の平田先生のような背中をしている」
そんな風に言われることがあり、嬉しくもあり、気恥ずかしい気もします。

先生が伝えてきた技術は、寝業研究会の皆さん、DVD映像が受け継ぎ、
また僕自身も、講道館に勤務しながら、高専柔道の技術を伝えていくこと、
これが僕なりの、恩返しだと思っています。

どうか天国から(もしかしたら地獄から)僕らを見守っていてください。

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2008年5月 7日 (水)

平田鼎-寝業研究会-伝説編

ラオスでお世話になった菊地先生が一時帰国しています。
そして僕に『平田鼎先生の追悼集』をくれました。

平田先生が亡くなられてもう10年くらいが経ちます。
そこで僕も、この追悼集をきっかけに平田先生について書いてみようと思います。

Sen3平田先生はこんなお爺さんでした。

平田先生との出会いは小学6年生の時でした。
東京・北区にある佑道館に所属していた僕は、
足立3中への進学を決めていました。

足立3中では実質、部活は行っていなくて、
部員は足立学園に移動し、高校生と練習していました。

なので僕も、佑道館の万代(まんだい)先生に連れられ、
足立学園に出稽古に行きました。
そこに平田先生は来ていました。

万代 「平田先生、この子をお願いします!」
5669 「お願いしますhappy02
平田 「お~お~任しとけ」

そんな会話があったことを覚えています。
そんな縁があって、僕は平田先生に可愛がられました。
可愛がられたと言っても、ご飯をご馳走になったとか、
お小遣いをもらったとか言う「可愛がり」ではなく、
『時津風部屋の可愛がり』と同じようなモンです。
 ※ビール瓶で殴られたりはしませんでしたけど・・・

僕たちは平田先生のことを平爺(ひらじい)と呼んでいました。
何気に徳原先生もコッソリ「平爺」と呼んでいました。

平爺伝説は沢山あります。
伝説のいくつかをご紹介しましょう。

>手ぬぐい
平爺は練習後、かならずシャワーを浴びます。
足立学園の道場は2階、シャワー室は1階です。
その間、道場からシャワー室まで手ぬぐい1つで移動します。
ほぼ全裸に近い格好です。

足立学園が男子校とはいえ、お母さんが来ることもありますし、
女性教諭もいます。僕らの時代は先の選抜体重別(女子78kg級)で
準優勝した平岡麻美選手もいました。
それでも手ぬぐい1つで校内を闊歩するのです。

ある時、平爺と剣道部の顧問が、シャワー室で一緒になりました。
平爺は腰が曲がり、よたよたと歩くのですが、不意に床に滑り、
大きく転倒しました。

『あ、死ぬ!』

剣道部の顧問(近藤先生)が思った瞬間、
パチーンという音と共に、受身をとった平爺がすっと立ち上がり、
何食わぬ顔で歩き出したそうです。

>戦争体験
ある先輩から、平爺の戦争体験を聞きました。
戦地で、銃の弾が切れ武器も失い、敵兵と相対したそうです。
平爺は咄嗟に引き込み、三角絞で相手を絞め落とし、難を逃れたとか。
この伝説は多分、眉唾です(笑)
でも、そんなことを高校生は信じてしまうほどの寝業師でした。

>クリーニング事件
平爺は道衣を洗わない人でした。
日が経過すると、それはもう溢れた牛乳を拭いた雑巾のような匂いすらしました。
当然、高校生は乱取りするのを嫌がりました。
だって臭いし、絞め落とされるから。

本人も、道衣の臭さに耐えかねると、平爺係(そういう係がありました)に
道衣の選択を頼むのです。僕の同期では、ヒロナリが平爺係でした。
Photo
ある時、平爺の道衣が見あたりませんでした。
平爺が来たら、すぐさま干してある道衣を差し出さなきゃなりません。
ヒロナリは焦り、咄嗟にキクちゃんの道衣を貸してしまいました。

平爺は昔の人です。
道衣のズボンはスパッツなんか穿きません。直です。

キクちゃんは怒りました。
キク「なんで勝手に貸すんだバカヤロー!」
ヒロ「だって無かったんだから仕方ないじゃないか」

そんなやりとりの末、ヒロナリが洗濯することで落着しました。
但し、洗濯機ではなくクリーニングに出して、アイロン掛けまでさせること。

僕らは道衣をクリーニングに出すなんて、聞いたこともなかったので、
大笑いしていました。
それでもクリーニング店に持っていったヒロナリ。
なんと引き受けてくれたそうで、キクちゃんの道衣はキレイにアイロン掛けされ、
戻ってきました。

>平爺ビデオ

ある時、誰かが「平爺がビデオ出したらしいよ」と言いました。
僕たちは大笑いし、誰一人としてそれを信じませんでした。


本当に僕たち、もちろん僕自身、卒業するまで平爺の偉大さを知りませんでした。
寝業好きの爺さん、話し好きの爺さん、たまに変な技を魅せる爺さん
その程度の存在でした無かったのです。

だから有名選手のように、ビデオを出すなんてあり得ない!
そう思って誰も信じなかったのです。

まさか本当に出していて、それ以前に、ある方面では神格化されるほど、
寝業の大家だとは知る由もありませんでした。

ただこのDVDを見て思ったことは、このDVDがあるから、
平爺が亡くなっても技術(映像)は消滅しない
とい思ったのです。

これは僕にとって強烈な印象を残しました。
だからこそ、僕も身体が動く今のウチに、
技術を解説し、それを自ら披露したものを
形に遺しておきたい。そう思ったのです。

少し大げさな話しではありますが、
今日、交通事故か何かで僕が死んだとしても、
コムロック、袖車絞といった技術はある程度、伝承されていく。
特に柔道界では山嵐なみに消滅しかかっている
袖車絞という技術が、実戦的な技術として紹介され、
またそれを実践で極めた映像として残っている。
それって結構、重要なことだと思っています。

最後に、僕が寝業で施している技術はそう多くありません。
袖車絞、コムロック、あとは腕挫十字固と横四方固くらいでしょうか。

柔術を学び、色んな技術を吸収してきましたが、
結局、今現在、僕が一本を取れる技術は
平爺から教わった高専柔道の技術が殆どです。

そう思うと、平爺には感謝しきれない部分と、
高専柔道の奥深さを感じずにはいられません。

次回は僕も、平爺へ追悼文を書きたいと思います。


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2008年4月 7日 (月)

08 選抜体重別

選抜体重別選手権大会が行われました。
オリンピックイヤーの今年は注目度、緊張度も最高レベルだったと思います。
なぜかこのサイトも、いつもと比べ倍のアクセスが記録されていました。
オリンピックイヤーの今年は注目度、緊張度も最高レベルだったと思います。

この大会は、足立学園の恩師・徳原勉が
「この大会に出れたら褒めてやる」
と言った大会でして、体重別では国内最高レベルの大会です。
僕は高校卒業時、この大会に出ることを1つの目標としていました。

しかしコレがいけなかった。
目標が出るだけだったんですよね。。。。
初回:中村行成選手に優勢負け ※シドニー 代表選考
2回目:園田隆二選手に一本負け(内股)
3回目:内柴正人選手に一本負け(一本背負投) ※アテネ 代表選考

こんな感じで全てが初戦敗退でした。
まぁそんなレベルなんです。

では雑感をいくつか

■野村選手

前人未踏のオリンピック4連覇、やはり見てみたかったです。
そしてまだまだ魅力ある柔道を世界の舞台で見たかったです。
でも怪我をして、そこから調子を落としてしまったようですね。
平岡は後輩です。筑波大男子としては初の金メダル。
頑張って獲ってきてもらいましょう!
ちなみに先日、平岡と寝技勝負しましたが、まだ勝てましたむふっ指でOK

■66kg級

自分の階級はやはり気になります。
内柴、一時期スランプでしたが、ここに来て調子を上げました。
秋本も良かったと思うのですが、やはり怪我が多かったでしょうか?
内柴には頑張ってもらいたいです目指せ2連覇!

■筑波勢

何気に5人も筑波大関係者が出ます。
男子(平岡、金丸、小野)
女子(佐藤、谷本)
僕が入学したとき、男子学生には強化選手が居ませんでした。
「筑波って女子が強い大学でしょ?」
と言われるのが悔しかった学生時代を過ごしていました。
最も低迷した時期です。
そこからよくぞ這い上がってきましたね。

■100kg超級

後輩の生田が頑張っていました。
高井を瞬殺したそうですね。
でも康生にはいつもキレイにやられちゃいます。
その康生も、ハッキリ言ってクビの皮はもう切れていると思います。
可哀想ですけど。
でも、奥さんが可愛いから良いよねハート達(複数ハート)

■48kg級

福見、負けちゃいましたね。応援していましたが残念。
昨年に引き続き、谷さんは優勝できませんでした。
しかも今回は山岸選手が完封しました。凄いですね。
山岸選手の世界挑戦も見てみたいです。
ハッキリ言えば、この大会、すでに代表は谷選手で決まっていたと思いますが、
選手はどんなモチベーションで試合に臨めばいいのでしょうか。。。
それにしても、山岸選手は可愛いですね。

■上野順

気の毒です。
嘉納杯、ドイツ国際、選抜と3大会で優勝し、
谷本にも直接2勝しても落選ですか。どうしようもないですね。
本当に気の毒です。
その分、谷本は頑張らなきゃいけませんね。目指せ2連覇!

■平岡麻美選手

女子78kg級の選手です。男子60kg級の平岡じゃないですよ。
実は彼女、足立3中の後輩です。唯一の女子部員でした。
彼女には高校生時代、寝技は特に教えてあげましたし、稽古もつけました。
学生時代は筑波にまで来てくれて、稽古をしていました。
なので密かに応援している選手ですが、
堂々の準優勝!
すでに統廃合で無くなってしまいましたが、 実は名門・足立3中でした。

■選考システム
代表選考はいつも紛糾しますよね。
ポイントシステムにしたらどうでしょうか?
選抜を前に、代表が決定するほど点差が開いていたら、
先に代表を発表してしまう。
そうしたら、選手も大会に出るようになりますよね。
しかも透明性も増すと思います。

■親子柔道大会
ところ変わって横浜市では親子柔道大会が開催されていました。
この大会、面白い7人制の団体戦なんです。
先鋒:小学1年
次鋒:小学2年
5将:小学3年
中堅:小学4年
3将:小学5年
副将:小学6年
大将:親
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この親ってところが面白いですよね。
春日からは2チーム出て、3位とベスト16に入りました。
Aチームなら優勝しちゃうと思いきや、朝飛道場は抜群に強く、完敗でした。

僕が出るとなると、今から種まきをしてあせあせ(飛び散る汗)
順調に育っても7年後になります。
その頃になったらもう、結構弱くなっていそうですね。

帰りにベイサイドマリーナでお買い物をして帰りました。
ナイキのランニングシューズをまた衝動買いしてしまいました。。。
来年、東京マラソンに挑戦してみようと企てています。
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2008年4月 1日 (火)

インドネシア記(中編)

3/2
昨夜23時頃、鮫島元成先生が到着する。
昨年、岡山で行われた形講習会ででご一緒させていただいたが、
可愛がってもらっていて、とても心強い。

ところで、昨夜からずっと付近では大音響のBGMが鳴り響いている。
半端な騒音ではない。
変なテンポだし、大音響だし、早朝でも全く構わず流されているので、
かなりのストレスになるsweat02
どうやらコレはイスラム教関係のモノらしい。
我慢するしかないが、遠征や合宿には必ず持参していた
【耳栓】を今回は忘れてしまった。これが悔やまれる。。。

朝食後、安斎先生が到着。
安斎先生は協力隊OBで、現在もそのままインドネシアで仕事をしている。
今回は通訳としてお手伝いしてもらった。
Photo

講習は鮫島先生が基本に忠実な指導を行い、
僕は逆に寝技の目新しいテクニックを紹介した。
ラオスと違い、半分ずつなので非常に楽だ。
しかも鮫島先生は、柔道指導者向けの本を出しているだけあって、
僕自身、受講生になった気持ちで勉強させていただいた。
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鮫島先生はとにかく柔道が好きで、そして指導も好きだ。
放っておいたら、全部指導しちゃいそうな勢いがある。
この講習期間中も、ずっと柔道の話しだけを繰り返した。
それもまた柔道好きの僕には楽しく、そして勉強になった。

ところで、チロトでは本当に毎日雨が降り続いている。
聞くところによると、米なんかは年間、3回くらい収穫できるらしい。
芝生も、人工芝かな?と思うくらい、青々していた。

雨の中を歩くとなぜか、
「レイニーブルーもーをー、終わったはずなのにnote」(徳永英明「レイニーブルー」)
を口ずさんでしまう。


3/3
チロトでの講習も淡々と日程を消化していく。
午前と午後、それぞれ3時間ほどの講習だが、
お互いネタが豊富なので苦労はしない。
受講生もかなりタイトなスケジュールだが、熱心に受講している。

昼過ぎ、僕は失神するかのように深い眠りに落ちていた。

その間、バリ島から仙石先生が来てくれた。
仙石先生は今回、講師兼通訳としても協力してくれた。

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仙石先生は定年後、バリ島に移り住み、現地の人に柔道を指導している。
協力できる方は是非どうぞ。柔道で世界と手をつなぐ育成クラブ

仙石先生と鮫島先生は、故・高田先生(講道館指導員)を偲び、
夜遅くまで語り合っていた。
その時、話を聞きながらポテトチップスを食べていた。
それが元で、後で大変なことになる。。。sweat02

僕の方はといえば、お土産に持参したDVD「ザ・コムロック」を上映する。
受講生には安斎先生が通訳しながら説明してくれたが、
試合のシーンではかなり盛り上がっていた。

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2008年3月17日 (月)

近代柔道『入門!一流の極意』

柔道選手の夢といえば、試合で活躍し
『近代柔道に載る』というのがあると思います。

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僕も中学3年時、全中で3位になったときは
1ヶ月後が待ち遠しくて、指折り数えていました。

強化選手名簿に室宏二』と掲載されたときは、
訂正文を載せてくれと、ハガキを出したことさえあります。

そんな近代柔道、最近は買うこともなく、
職場に置いてあるのをサラッと読む程度にしていました。
でも今月号は買ってください!

なぜかというと『入門!一流の極意』というコーナーに僕が出ます。
2ヶ月に渡って、袖車絞とコムロックを紹介します。
もちろん、コムロックなんて技名はないので、適当に変えていますけど。

Photo

インドネシアから帰国したその日、下痢で脱水状態にありましたが、
頑張って撮影すること4時間、記者さんも疲労しきっていました。

現役時代から通算しても、柔道が地味なせいか、
日本一になるような活躍をしても、記事になるときはとても小さかったです。
むしろ柔道家なのに、同じ出版社である格闘技通信に載る方が大きくて。。。

でも今回は6ページです。
もちろん、過去最高記録。

受け手は今回、塚崎信彦(東洋大2年)にお願いしました。
佑道館の後輩であり、教え子です。

アマゾンで買えば、海外にでも届けてくれますし、
速達サービスなら翌日届きます。

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2008年1月24日 (木)

少年柔道の掛け逃げ

小学生の試合を見ていると、頻繁に見られるのが掛け逃げ攻撃
強いと言われる選手でも、掛け逃げを多用する選手がいます。

軽量級であれば、組み際に左右の一本背負投、袖釣込腰
中・重量級は払腰と内股の連続攻撃
いずれも立って投げるつもりがなく、前傾で倒れ込みます。

柔道の基本(理想)はしっかり組んで、技を掛けきること。

そんなことは、柔道に携わる選手なら誰でも知っていることです。
それでも、勝つためにスタイルを変えてしまうのでしょうね。
得るモノの少ない、目先の勝利にとらわれて。。。

※ちなみに高校に進学し、国際ルールが導入されると、
 こういった掛け逃げ選手はルールによって淘汰されていきます。。。

親御さんと話していても、指導目的のギャップを強く感じます。
礼儀や体力増進、基本の習得が当初の目的であったのに、
次第に競技志向に傾倒していきます。
それがオリンピックの影響だったり、小学生の試合数増加だったり、
色々な要素はあると思います。

『先生、うちの子が勝てないんです。うちの子を勝たせてください』

そんな言葉はもう聞き飽きました!(怒)

今は勝てなくても良いんです。
その場しのぎで勝たせたところで、すぐに選手として潰れるんです。

今大事なのは、
努力する習慣を身につけること。
一本を取れるしっかりとした技を身につけること。
そして人間性を育むこと。

それではここで、小中学生で勝つことの
メリット・デメリットをまとめてみたいと思います。

<メリット>
1.強豪校への進学(特待生制度)
2.自信がつく
3.チヤホヤされる(デメリットかな?)

<デメリット>
1.怪我が多くなる→それを無理して稽古する→慢性の怪我→競技力低下
2.燃え尽き症候群の危険性
3.天狗になる危険性
4.過度の期待、プレッシャーに潰される
5.勝ち続けているため、柔道スタイルが固定される(変えられない)

こんな感じでしょうか。
補足があったら先輩方、お願いします。

※親御さんからの意見もありましたらお願いします。
 僕はまだ親になったことがないので、
 こういう偏った意見になっちゃうのかも知れません。

更に論より証拠です。
僕は中学3年生の時、全中(1992)で3位になりました。

その当時の各階級ベスト4を見た後、
3年後のインターハイ7年後のインカレの結果と照らし合わせてみて下さい。
特に、小学生から高校、中学から大学など、
1世代飛ばしてみて下さい。
半分以上の名前が無いことが解るはずです。
小学生時代からずっと勝ち続けて、世界まで上り詰めた選手は、
同じ年代で言えば井上康生選手ぐらいです。
(e-JUDO様、ありがとうございます!)

進学していけば、それだけレベルも高くなり、怪我も増え、
勝ち続けることの難しさを痛感していきます。
そして多くの選手が、心身共に燃え尽きてしまいます。

そんな訳で、長々と説明しましたが、
小学生のウチは、そんなに勝ちに拘らなくて良いのです。

それでも勝ちたい場合、攻略法を教えましょう。

それは[寝技]です!

掛けられて潰れて、取れる寝技技術がないから判定で逃げられるのです。
一本を取れる技術があったら、怖くて掛け逃げできませんよね。

だから僕は、掛け逃げ選手が大好物です。
掛け逃げ選手には、寝技!これ定番です。

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2008年1月22日 (火)

「スマイル〜聖夜の奇跡〜」

僕はよく、夜中に一人で映画を見に行く。

レイトショーは値段も1200円と安く、人も少ない。
落ち着いて見れて安いので、お得感は高い。
行きつけの亀有のMOVIX(アリオ亀有内)で映画を見た後は、
環七沿いにあるつけ麺や「なんつっ亭」に寄るのがお決まりコース。

最近は週末どころか、平日の仕事後にでも見に行くことがあり、
さすがに『これ以上、没頭したらマニアっぽいな』と自分を懸念している。

先日は年も明けたのに
『スマイル~聖夜の奇跡~』を観てきた。
(※年末に見ることを薦める)
内容を詳しく言ってしまうと面白味に欠けてしまうので程々に。。。

実はたまたま持っていたティッシュを2コ、
使い切ってしまうほど泣いてしまった。
泣き所だけじゃなく、笑えたところもあった。
笑いどころはとても古典的で、嫌いな人もいるかも知れない。

主人公は北海道の小学校教師になり、
アイスホッケーチームの監督に就任した。
しかしアイスホッケーはド素人だ。

柔道でもよくある話しだが『名選手が名監督とは限らない』

競技レベルが低かったり、知識に乏しい人ほど、
研究心も旺盛で、既成概念にとらわれることなく、
自由な発想で練習を工夫し、そして素晴らしい選手を育てることがある。

この映画でもそうだった。
主人公は大学で児童心理学を学び、そしてタップダンサーを目指していた。

まず着目したのは【音】だった。
強いチームにはリズムがあり、攻撃パターンがある。
先生はまず、子供達にタップのリズムを教え込む。
試合中もずっと、そのリズムをタップで聴かせる。

もう一つはチームのリズム
メンバーが多く、選手交代の多いチームほど、交代席の付近の
氷がエッジで削られ、氷の山となっていく。
先生は単に「あの氷の山を、相手より山積みにしよう!」とだけ伝える。

弱小チームはリズムを手に入れ、少しずつ強くなる。

そして一番凄いところは選手を乗せること。
「お前達は最高だぁぁーーー!」
と絶叫しているところにもあるように、先生は叱ったり脅したりしない。

僕自身、試合会場で選手を励ますことはあっても、
柔道のことで叱ったり、脅かす意味が分からない。
少しでもリラックスさせ、自信を持った状態で送り出してあげる。
監督にはそんな仕事があると思う。

「言っておくけど俺たち、一度も勝ったことがないんだぜ」
「コイツはチビで下手でメガネで、何も良いところがない」

そういう子供達に対し、先生は
「なんでも良いから話を聞け、これを実行したら絶対勝てる」
「チビで下手でメガネで、良いところは何もないかもしれないけど、
だからこそ、ホッケーだけは良いかもしれない!」
そう言って子供達を、半分は騙しながらも自信を付けさせていく。

アイスホッケード素人の監督が、子供達をどこまで押し上げることが出来るのか。
そして恋の行方は!?

単なる映画としてだけでなく、少年指導に携わる者としても、
共感し学び得るモノがある映画だと、僕は思う。そして泣ける。
もう上映はしていないと思いますが、
DVDになったら是非、ご覧になって下さい。

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2008年1月13日 (日)

守屋先輩の名札板

足立学園の在校生は知らないかもしれない。
多分知らないだろうな。。。

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足立学園の徳原先生は、
「学舎や国士舘に対抗するには中学生から6年強化する必要がある」
ということで、小学6年生をスカウトし、
足立3中に入学させて、練習を足立学園で行いました。

その初代が僕たちの代でした。
(足立学園中は翌年、設立されました)

初代の僕たちは中2,中3の先輩がいません。
(中3生が1人だけいましたけど)

高校生の集団に、中学1年だけが加入したので、とても可愛がってもらいました。
特に僕は中学1年の頃、どう見ても小学生だったので、
本当に良く可愛がってもらいました。
それはOBからも同じでした。

ある先輩は、いつも頬が真っ赤な僕を見て『ペコ』と名付けました。
不二家のペコちゃんと似ていたんだそうです。

その先輩は守屋正一郎と言い、現役時代は
八王子高校だった小川直也選手に勝ったりしていたそうです。

ペコ「先輩、小川選手に勝ったそうですね?!」
守屋「あいつはあの頃、大したこと無かったんだよ。ペコと同じだな」
ペコ「ムキー!」

そんな感じでかまってくれていました。
アイスやご飯、ジュースもよく奢ってくれた覚えがあります。

なぜ大学まで柔道を続けなかったのかと聞くと、
『柔道なんかもううんざりだよ、男通しで抱き合って気持ち悪い(笑)』
そんな風に笑い飛ばしていました。豪快な人でした。

僕が大学院を卒業し、講師として就任すると、
まず目をひいたのが道場にある大きな名札板でした。
(名前なんて言うんでしょうか?)

徳原先生に聞くと、それは守屋先輩からの寄贈でした。
あれだけ大きな名札板になると、100万円位しちゃうそうです。

5669『さすが守屋先輩、太っ腹ですね♪今何をしているんですか?』

徳原『死んだよ。電気関係の仕事をしてて、感電しちゃってな・・・』

衝撃でした。
まだ40代前半だったと思います。
守屋先輩の遺産(?)慰謝料(?)を母親が持ってきて、

「あの子があったのは、足立学園柔道部があってのことです」
といって、大金を遺していってくれたそうです。
それがあの名札板です。

そういった先輩達の支えがあって、いまの活動があるという現実。
それを現役生はもちろんのこと、他のOBもよく覚えておいて下さい。

正月、少しずつ増えていく戦績と生徒の名札
それを見て守屋先輩を思い出しました。合掌。

もうじき、高校選手権の予選(1/20)、そして都大会(1/27)が始まります。

頑張れ足立学園生!

 



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2007年12月31日 (月)

2007を振り返って

今年もあと僅かとなって参りました。

僕は仕事納めと同時に、足立学園時代の教え子と
スノーボードに行ってきました。
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僕にとっては、彼らと過ごした時間、そして彼ら自身の存在が、
とても大切な財産となっています。
この絆を大切に、この行事は恒例にしたいなと思っています。

さて、今年1年を振り返って、僕自身、どんなニュースがあったのか、
箇条書きにしていきたいと思います。

■アフリカ遠征■
いきなり降って湧いてきた話ですが、タンザニアモザンビーク
各1週間行ってきました。
初めて、選手としてではなく、指導者として行く海外、そして初アフリカ大陸。
初めてばかりでしたが、カルチャーショックをいくつも受け、
そして学ぶことが多々ありました。

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そして自分自身『一度は海外で勝負しなきゃ!』と
強く思いました。
何らかの形で、海外に居を構え、指導する機会を狙っていこうと思っています。

■VWポロSLを購入■
長年連れ添ってきた、mccスマートがくたびれてきました。
特徴のある車で、愛着もあったのですが、
最近は故障とその修理費に悩まされてきました。

もう1年乗って、買い換えをと思っていましたが、
いい加減エンジン関係が悪くなってきたので、
一足早く買い換えてしまいました。ありがとうスマート君!

今はフォルクスワーゲンのポロ(スポーツライン)に乗っています。
本革シート、HDDナビ、ハッキリ言ってかなり背伸びをしてしまいました。
道楽ですな。でもかなり気に入っています。

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■ブログ消滅→動画を導入■
ある日突然、このブログがハッキングされ、消去されてしまいました。
現在、犯人を捜査中。。。。

有志のアドバイスから、いくつかのブログを復元できたことは
感動するくらい嬉しいモノでしたが、
同時に、復元できなかった記事が残念でなりません。

現在、作業停滞中のブック版『コムロック』では、
コラムのページもふんだんに盛り込む予定です。
自分の中での会心作、形にして遺していきたいと思っています。

そしてその反面、ネット界で動画の流行をこのサイトにも反映しました。
最新の映像だけでなく、過去のVHSテープをデジタル化し、公開しました。

今回も、2001年太平洋選手権の初戦をココに公開したいと思います。
危うく、初戦敗退するところでした。。。

■試合は2試合■
公式戦はたったの2試合でした。
全国高段者大会(動画リンク)東京都高段者大会です。
それぞれ絞技で快勝しましたが、勝負が好きな僕には物足りなかったです。
公式戦ではありませんでしたがタンザニア本土、ザンジバルで
挑戦した掛け試合は、スリルがあってとても楽しかったです。
2008年は、高段者大会だけでなく、もう少し挑戦の場を増やしたいと思います。
マスターズとか、国際大会とかですね。応援してください。

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2007年12月11日 (火)

代表戦(後編)

それでは後編になります。(前編はコチラ)

代表戦として思い出深い試合をいくつか。

■高校3年のインターハイ予選■
都大会の準々決勝戦、僕たちは世田谷学園と対戦しました。
その年の世田谷は、金鷲旗でも優勝しており、
例年通り、優勝候補でした。

戦前、僕は徳原先生のこう聞かれました。
「宏二、本郷との勝負、左の相四つだけど、できるか?」

本郷選手は翌年、インターハイ(重量級)でも優勝しており、
その時のポイントゲッターでもありました。しかも僕と同じ左組です。
苦戦は免れませんでした。

しかし、僕は即答しました。「やれます!」と。
次鋒で出場した僕は、組み手に妥協することなく、
しつこく寝技に引き込み、引き分けに持ち込みました。

そのほかの選手も、妥協することなく接戦を凌ぎきり、
0対0の代表戦までもつれ込みました。

世田谷の代表は本郷選手、足立学園の代表は田崎選手が出ました。

軽量級軍団の足立学園は、爆発的な破壊力がありません。
唯一、全国レベルの中重量級と勝負できるのは、
田崎選手しかいませんでした。
まちがいなく、足立学園の切り札でした。
僕たちはこの大一番、彼に託しました。

結果は判定負け。僕たちは最後まで、
世田谷、国士舘の壁を破ることが出来ませんでした。

今でも、田崎(今は道都大学の監督)と話すと、この話題になります。
彼の柔道人生において、もっとも悔やまれる試合がソレらしいです。

でも、ウチにとっての切り札、世田谷にとっての切り札、
それぞれが出て、結果が負けなら仕方ないと、僕は思います。
「世田谷を倒してインターハイにいける!」
そう思えた、貴重な一瞬でした。

■教員3年目の代表戦■
それからちょうど10年後、僕は足立学園の教員になりました。
高校1年生から教え始め、その子達が3年生になったとき、
良いチームが育ちました。

都大会の準決勝、国士舘との対戦です。
1-1の同点で、この試合も代表戦になりました。

誰を選ぶのか?
徳原先生と考えました。

国士舘は重量級がそろっていましたが、中量級の西田選手を擁しています。
足立学園の子達は、軽量ですが重量級との試合を苦にしません。
逆に技もキレ、動きも速い西田選手のような選手が苦手だったりします。

代表戦は間違いなく、西田選手を予想していました。

対西田選手を想定したとき、足立学園には1つの切り札がありました。
ホームランバッター齋藤です。
彼は5月の団体戦、西田選手に一本勝ちしていました。
しかし、その日の試合でも西田選手と対戦していたのですが、
ここでは組み手を完封されてしまい、逆に負けてしまいました。
もう一度やっても、おそらく適わない。

得点をあげたキャプテンの関矢もいましたが、彼は副将で出ており、
スタミナを消耗していました。

眠れる天才、太田はメンタルが弱いので代表戦にはちょっと。。。。

残ったのは河野雄司でした。
(インターハイ73kg級3位、全日本ジュニア2位、現ジュニア強化選手)
中学時代から、大きな舞台で勝負している彼なら気持ちも強い。
鍛え上げられた身体は西田にも力負けはしない、
破壊力のある肩車なら、もしかしたら一発決まるかもしれない。

しかし、結果的には大内刈から内股への連絡技で、
河野は大きく弧を描き、一本負けを喫しました。

やっと辿り着いたチャンス、なかなか越えられない壁。
選手の悲しみ、徳原先生、僕の悔しさは相当なモノでした。
徳原先生が涙を流す姿を見たのは、久しぶりでした。

足立学園生の諸君
徳原先生を団体戦で全国に連れて行ってやってくれ!

■シロクマ君■
先日、足立学園に小学生を連れて行ってきました。
僕が教えていた中学生達も、中学3年になり、高校生になり、
知らない顔もチラホラいるようになりました。

あの時のシロクマも、もう今春、卒業します。
あの時の経験が、彼にどう影響したのか、
それは今となっては計り知れませんが、
教員となって、初めて経験した思い出深い代表戦でもあります。

 2004.5/23 『勇気と努力のシロクマ君』

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2007年12月 1日 (土)

代表戦 (前編)

『代表戦』について、今回は語ろうと思います。

一応「代表戦」について説明します。

団体戦での対戦成績が全くの同点の場合、
両チームで代表を1人選出し、個人戦と同じように
必ず優劣を決し、チームの勝敗を決します。

チームの命運を握った大事な勝負ですから、
両チームともにポイゲが登場します。
心身共に、非常に厳しいことは間違いありません。
プレッシャーに弱い選手には向かない場面ですね。

で、その代表戦。
僕はコレまで、出たことがありません(泣)

唯一、代表戦に近い場面に遭遇したことがあります。
高校2年の時、僕たちは春の全国高校選手権に出場しました。

初戦は名張高校(三重)でした。
何度も練習試合をしている名張高校、実は楽勝だと思っていました。
しかし。。。。

その年、その日は波乱の一日でした。
①地下鉄サリン事件発生
②徳原監督、1年間の資格停止処分

サリン事件は言わずもがな、大変な事件でした。
ほぼ同じ時刻、開会式に代役を出席させた足立学園は、それがバレ、
監督が1年間の謹慎を言い渡されました。
監督不在の全国大会。
チームは一応、キャプテンの僕がリーダーシップをとりました。

僕らの予想では、名張高校には3人残しくらいで勝てると思っていました。
しかし、引き分け、引き分けの連続。。。。
結局、勝敗は大将同士の決戦に委ねられました。

そして大将は僕でした。

この時、ネガティブな選手だったらビビってしまうと思います。僕は。。。
「副将も引き分けろ!俺に回せ!大将決戦で俺が決める!」

日本武道館での全国大会、その初戦、チームの勝敗が全て僕にかかってる。
こんな美味しい場面はそう滅多にありません。
やる気満々の僕は、この美味しい場面で一本勝ちし、
思い切り目立とうと思っていました。

結果は引き分け。。。。代表戦へ。。。
力不足でした。。。。
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代表戦は結局、足立学園のポイゲ田崎元久が登場。
優勢勝ちで2回戦へコマを進めました。
(結果的には2回戦、九州学院に1人残しで敗退)

代表戦には出たい。でも実力が足りない。
そんなわけで、代表戦は未経験なんです。

だから逆に、代表戦に選んでもらえるってことは、
勝負を託してもらえる、信用してもらえる。
それだけ光栄なことなんです。→ノブ!お前のことだ!

そして、僕にとっては思い出深い代表戦が2試合あります。
続きは後編で。

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2007年11月21日 (水)

石下大会(後編)

僕が指導する際、一貫していること。
それは試合で負けても一切怒らないということ。

なんだか当たり前のようですが、試合会場ではいつも怒号が響いています。
(もちろん他の先生方です)

僕自身、中学高校時代は非常に厳しかったので、
負けたりしたらボコボコに殴られていました。
なので試合を楽しいなんて全く思わなかったし、
試合をするのがイヤでした。
そして負けない柔道を心掛けていました。

僕はそれじゃダメだと思います。

子供を叱るなら、生活態度や練習への取り組みなどで叱るべきです。
小学生のウチから、勝敗に拘るなんて、重要なことではないと思います。

実際、僕が小学生時代、強かった子で、
そのままシニアの強化選手クラスになったのは、
井上康生くらいです。

なので練習はきびしく、試合では結果を問わず、
思い切って勝負してきなさい。そんな感じで見守っていました。

さて、石毛大会も後編です。
(たかの先生とかなり被りますが・・・)

 

面白かったのが低学年チーム。

朝からハイテンションでうるさいのなんの。。。

春日クラブでは、団体戦の礼の後
「頑張っていくぞ!」
『おぉ~ぅ!』
といった感じで語尾を上げるのがお決まりらしく、
試合前に打ち込みをするわけでもなく、そのかけ声の練習をしていました。

1回戦シード、2回戦は余裕の勝利。
そして3回戦。。。

相手は緑帯ばかりで、体格も一回り大きい子ばかり。
(子供は体格や、帯の色で充分、ビビリます。)

礼をしていつものかけ声をしたまでは良かったモノの、
先鋒、千住の漢:角田師範が一本負けすると、
一気にテンションは下がっていきました。

次鋒、ネモの連続・袖釣込腰も決まらずに引き分け。
ちょっとビビって、掛け逃げ気味になってしまいました。

中堅は紅一点のルナ!
ルナが強くなったら「柔道界のアイドル」になれると思うのですが、
今回は男相手に力負け、完敗でした。

0-2と追い込まれ、万事休すの春日、副将は・・・

4:40の男、ノブ。
家が近いのに、いつも4:40に10分遅刻して来るので、
いつも僕に説教され、正座させられています。
最近はようやくそれも直ってきました。

しかしノブ選手、さっきの勢いはどこへやら、
「俺の相手、結構大きい・・・」とか言い出しました。
なんだその掌返し的なビビリ様は(笑)

試合が始まると、案の定、相手も大きく、
いつも体格で優位に立っているノブも技が決まりません。

「大きい選手に対する技がまだ出来ていない」そんな話しをたかの先生としていると・・・

目の覚めるような豪快な払腰!一本!
投げ込みでさえ、あんなにキレイに投げたことがあるだろうか?
僕とたかの先生はびっくりして、はしゃいでしまいました(笑)

そして鬼剃り大将、おにぎりコーダイ。
頭を五厘刈にしたモノの、お父さんに剃り込みを入れられています。
そんなおにぎりコーダイが、鬼の形相で相手に向かって吼えます。

が、むしろ可愛い♪

その形相に相手はビビッたのか、なんと後袈裟固で一本勝ち!
2-2の代表戦という白熱した展開になりました。

さぁ誰が出るのか代表戦。
ノブに話を振ってみると・・・

ノブ「僕はイイです!」
サックリ断ります。。。

そんなわけで、この日好調、鬼剃りコーダイの登場です。
代表戦も鬼の形相(笑)

咆哮とともに襲いかかる鬼剃りコーダイ
見事に描かれる放物線
それは投げられるコーダイの足が描いたモノでした。

「一本!」

コーダイとは対照的に、今度は小さな先鋒の子が代表戦に出てきました。
しかし小兵ながら代表戦に出てくるだけのことはあります。
しっかりとしたキレイな背負投、そしてスピード。
鬼剃りコーダイがあれほどキレイに投げられるのも珍しいのではないでしょうか?

目に涙を浮かべて帰ってくるコーダイ。
負けたって、僕らはいつでも温かく迎えます。
だってベストを尽くした結果が負けたのなら、叱る要素は1つもありません。
ジョリジョリの頭を撫でてあげました。

講道館には色んな先生がいますし、色んな指導法があります。
僕が引率するときには、今まで通りのポリシーを一貫して、
勝敗にとらわれず、ベストを尽くすことを心掛けさせたいと思います。

負けたって、温かく迎えてあげます。
厳しいのは練習の時だけ。
試合を楽しいと、柔道を楽しいと感じさせてあげたいなと思います。

最後に、今回は先生方、先輩方、ご父兄の方々に大変お世話になりました。
至らないコーチでしたが、楽しいひとときを過ごせました。
(すっげ~疲れましたけど。。。。)

次回は寝坊しないよう、気を引きして寝ます!

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2007年11月20日 (火)

石下大会(前編)

講道館杯二日目(男子)教え子の試合(60kg級:山本、73kg級:河野)
ではありましたが、人手が足りないとのことで高野先生をサポートする形で
石下の少年大会に行くことにしました。

     たかの先生の書いたブログはコチラ。

当日は足立区周辺の中学生を、僕の車でピックアップしていきました。
(車を買い換えたので、最大5人乗り♪)

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前夜、中学生にはこう伝えました。

 『石下は遠いし、遅刻するわけにはいかにいかないから、
  一人でも遅刻したら、1分も待たないで先に行くからな』

そんな私、中学生から6:45「先生、どこにいるんですか?」
の電話で目が覚める。(集合は6:30)

朝から大失態。。。超かっこ悪い。。。。

それでもなんとか急いで石下に向かう。
たかの先生に一応メール「15分くらい遅刻します」
返事は「ボーズで。」
結構きびしい。。。

そうしてなんとか5分遅刻して到着。

石下の道場は名門で、鈴木桂治選手や、小野卓志選手、
小見川道浩選手など、茨城県の強豪を排出した道場です。

僕も大学1年の頃、何度か指導に行っていました。
筑波の学生は毎週末、指導に行くことが慣例になっていたんです。

会場に着いた僕らは、朝から猛烈なドタバタ劇に見舞われました。

  1. 審判員を帯同しなきゃいけなかった
  2. 主催者に渡すご祝儀を用意していなかった
  3. 試合の時に計時するオーダー用紙を用意していなかった(8チーム分)
  4. 優勝杯を忘れた

いくら代役を頼まれごととはいえ、この引き継ぎの悪さ。圧巻です!
特に4の優勝杯を忘れたのは痛恨でした。

去年、持って帰ってないんじゃないか?
誰かが取りに帰るのか?誰がって誰?!

とにかく慌てました。。。

結局、主催者側の配慮で、開会式の優勝杯返還は何とか誤魔化してもらい、
閉会式も何とか誤魔化し、あとで郵送させてもらうことになりました。

僕らも「こうなったら、優勝して誤魔化すぞ!」というノリになり、
子供達には「負けたらお前らが取りに帰れ!」という
無茶なプレッシャーを与えてみました♪

終わってみれば、小学生高学年は見事に優勝!

決勝は1-1の内容勝ちという際どい内容でした。
試合前、満月のようなツルツル頭のオオカミ少年(嘘つきではありません)
その後頭部を、僕とたかの先生で拝んだのがよかったのかもしれません

決勝はそのオオカミ少年(嘘つきではありません)が、
見事な膝車と抑え込みの合わせ技で快勝しました。

そんなわけで、優勝杯忘れちゃった事件も、
子供達の頑張りによって誤魔化すことに成功しました。
しかし、未だにどこにあるのかさえ分からない優勝杯。。。

つづく

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2007年9月27日 (木)

ラジオ生出演の内容

先日、電話で生出演したラジオ番組ですが、
録音したモノをデジタル化して、このサイトに掲載を試みましたが、
出来ませんでした。。。。

しかし、コメントした内容が、公開されていましたので、
そちらを紹介します。

 

東京FM 『Sports Nonfiction』(毎週月~金、7:10~8:08)

http://www.tfm.co.jp/sports/backnumber/index.php?id=421&category=8&ym=#topic

 

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2007年9月22日 (土)

見取り稽古

今年も世界選手権が終わりましたね。
多くの方が、色んな立場でテレビで観戦したと思います。

もう終わってから言うのも何ですが、
もしビデオに録画していたなら、こんな見方もあると思いますよ。

特に今回はアスリート必見のコラムです。

審判として見る
今回は鈴木桂治選手や、井上康生選手の負け試合が物議を醸しました。
「審判のレベルが低い」そういう人も多いかもしれません。
果たしてそうでしょうか?
固技で極めることを怠り、または油断したとも見えます。

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第一に、審判のレベル云々は最近の話ではありません。
ちょっとの誤審は当然あるものとして、試合を展開するべきです。

そしてあのような情況になった場合、落ち着いてジャッジできるのか?
それが審判員としては重要です。
角度によって、見え方は大きく異なります。
他の審判員と相違があることも少なくありません。

そういった情況で、まず落ち着いて自分の意志を表明し、
合議して正しい判断を下すことが出来るのか、それが大事です。

日本人同士の試合と違い、国際大会では、繰り出される技も違いますし、
最近は新ルールでの場内外の判断も複雑です。

また、投げられながらも何とか返そうと、しがみついてきます。
そうした観点から、見極めと判断力を養うには格好の機会だと思います。

日本人選手として見る
世界はもはや、日本人が上位を独占できるようなレベルではありません。
強豪外国人の組み手、特徴的な技術、それらを日本代表はどう捌き、
対応しているのか?

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日本代表はどういった組み手や技で勝ち、そして負けているのか、
それらを分析し、いつか自分が挑戦するかもしれない国際大会に備えて下さい。

外国人選手として見る
日本でテレビ観戦しているということは、
あなたは選考会で負けたか、もしくは選考会に出られませんでしたね?

日本代表は強いです。
でもどこかに弱点はあるかもしれません。
日本代表を倒さない限り、あなたが代表になることはありません。
(残念ながら、勝っても代表に選ばれないケースもありますが・・・)

今度は外国人選手になりきって、どういった組み手や技、
または試合展開に苦戦しているのか、それを研究しましょう。

外国人には外国人特有の技術があります。
でも、日本人だって出来ない訳じゃありません。
そういった独特の技術を盗むのも稽古の一環です。

選手はただ見るのではなく、色んな角度からそれを分析し、
自分に糧としてください。トップ選手の試合映像には学ぶべき
ことが多くあります。

僕が見取り稽古で身につけた技術がいくつかあります。

小内巻込(国内規定では「小内刈の一種」)
これは福岡国際でYAWARAちゃんが一本を取っていました。
コレまで僕は、小内巻込ではせいぜい技ありが限界でした。
それでも一本を取れるのはなぜか?
答えは肘の張りと姿勢、そして倒れる方向にありました。

それ以来、僕は小内巻込の打ち込みを頻繁にするようになり、
ここぞと言うときに使用しています。
体重別の全日本学生団体の時、近畿大学戦ではコレで一本を取りました。

投げてからの腕挫十字固
この技も、福岡国際での山田真由美選手(現、廣川真由美)から学びました。
投げた瞬間に回り込み(パスガード)、相手がまだ投技を堪えている段階なのに、
すぐさま腕挫十字固を極めていました。
このときの移行速度、膝の絞り、完璧でした!
これを何度も見て、イメージで焼き付け、この打ち込みを何回も行いました。
柔術の試合では、このパスした瞬間に腕挫十字固を狙う動きがそれです。

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2007年9月20日 (木)

指導法について

『指導法について』
拳を軽く握り、グルグル回して選手を指さし「指導!」と言う。

その指導法じゃないです。(柔道家しか意味分からないですね。。。)

さて今回は、僕が心掛けている指導法について説明します。
使えそうなところは適当にパクって下さい。

2年ぐらい前までは、大学生や高校生、または柔術家など、
比較的レベルの高い人を対象に寝技指導をしてきました。

なので、どこかで小学生の指導を依頼されると、結構苦労しました。

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それはなぜかというと、以下の3点です。

  1. 絞技と関節技を教えられない
  2. 子どもはすぐ飽きる
  3. 難しいことは出来ない

こうなると、本当に基本的なことばかり。
つまりはコムロックや袖車絞など、
「小室にしか教えられない」というような
オリジナリティーが発揮できないのです。

「あーそれ知ってる。」何を教えても、そんな声が聞こえてきそうな気がします。

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講道館少年部に携わるようになり、
少しずつ、その課題も克服できるようになりました。

難しいことを段階を踏んで教える。
(簡単なこと)+(簡単なこと)=ちょっとした技術
(ちょっとした技術)+(一工夫)=高度な技術
こんな感じでしょうか?

補助動作や基本な技術、それを如何に理屈っぽく、
そして実用性を証明しながら解説していく。
時には冗談も交え、時にはウンチク(寝技のトリビア?)などを言い、
受講生(小学生)の興味をひくようにしました。

    ※ただ、古い指導者には「お前は筑波だから理屈っぽい」と
   煙たがられることがあります。。。

さて、僕が心掛けていることをいくつかご紹介したいと思います。

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小学生にはしゃべらない
余計なことは話さない。簡潔に。つまり話すことは重要なことだけ。
理屈っぽい僕だけに、話すことを我慢するのは結構大変です。


段階的に要点を増やす
小学生・・・1ポイント
中学生、成人初心者・・・2ポイント
高校生、大学生、柔術家・・・3ポイント

こんな感じで説明していきます。
4ポイント以上は、天才でもない限り覚えきれませんので、説明しません。
(天才は理屈ではなく、見て覚えたイメージで身体が動きます)

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例えば、1つの高度な技術があり、それの要点が10ポイントあったとします。
高校生、大学生、柔術家対象の場合、3ポイントまでの説明で、
3回、もしくは4回に分けて説明していきます。

小学生には、5ポイント以上必要な、高度な技術は教えられません。

そんな感じで指導していきます。
いずれはそういったマニュアル的なことも、文書化して
本にしてみたいです。

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2007年9月14日 (金)

続・世界JUDOポスター

よく見たら、それぞれの選手にキャッチコピーみたいなのがついていました。

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谷本歩実
技を繋ぎ間断なく『攻』める

谷亮子
『瞬』の技のキレで決める

野村忠宏
五輪四連『覇』へ向けて

井上康生
世界を『投』げる

鈴木桂治
天下無双の足技で『刈』

 

そして・・・・・

塚田真希
立ち技から寝技で『抑』える

どうなんだろうか?

立ち技から寝技で抑える。

普通すぎじゃないだろうか?

「いきなり抑え込む」はルール上あり得ないだろうし、
なんだか思い切り手抜きのような気がしてならない。

例えば『世界を封じる抑え込み』とか、どうでしょう?

とりあえず「立ち技から寝技で抑える」は「無し」だと思うけどな。。。」

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2007年9月11日 (火)

カード

柔道家、またはアスリートの皆さん
あなたは才能カードを持っていますか?

怪力
スタミナ
柔軟性
そして柔道センス!

センスにも色々ありますが、
タイミング、間合い、崩し、投技には言葉や数値では表現しにくい、
感覚的なモノが多く存在します。
そういったものを感覚で身につけている選手っていますよね。

なんだか強運
実家が金持ち
親父が有名選手(指導者)
なんてカードもあるかもしれませんね。
イケメンていうカードがあったら、僕も欲しかったです。

僕には2枚のカードがありました。

1枚目は『ポジティブ』というカード。
2枚目は『努力することが自然と出来る』というカードです。

残念ながら、最も欲しい「センス」というカードはありませんでした。
イケメンも欲しかったのですが・・・

自分を知る。

コレは大変重要なことです。
嘆いてはいけません。欲しがってもいけません。

今あるカードを最大限に活用する。
それが伸びる(強くなる)ためには必要なことです。

「自分には何もカードがない」なんて言っている君!
君はネガティブというマイナスカードを持っちゃいました。
早く捨てて下さい。
そしてもう一度自分を見つめ直し、必ず1枚はあるカードを見つけて下さい。

中学時代、僕は文化祭の準備で部活に行けなくなりました。
「練習しなかったら、また差をつけられる」
そう焦った僕は『親父が倒れたから帰ります!』と嘘をつき、
足立学園に練習に行こうとしました。

速攻でバレ、先生にひどく怒られました。
しかし、保健体育の先生(専門はバレーボール)が
言ったこと、これが一生忘れられない言葉になりました。

「先生は柔道のことは知らない。
 けど、小室は大学生になったとき、必ず勝てるようになるから。
 まだ焦らない!コツコツやるのを続けなさい。
 あと、すぐバレるようなバカな嘘つくのは止めなさい」

実際、僕の成績が伸びたのは大学進学と同時でした。
先生は何を見て、中学生だった僕にそういったのかは分かりません。
ただ僕は、コツコツやればきっと成果が出ると信じて。
努力することを続けました。

また僕は、大学入学と同時に立ち技で勝負することを諦めました。
それはネガティブな発想からではなく、
ポジティブに、絶対的な武器を作り上げ、
そしてその土俵で勝負していこうというスタイルを築くためです。

試合に負けたとき、
「早くこの差を埋めなきゃダメだ!」と練習を再開しました。

試合に勝ったとき、
「よし、この先もっと勝ち進むぞ!」と休まず練習しました。

常に「ポジティブに考えよう」ではなく、
自然とポジティブに考え、そしてコツコツとやってきました。

そうすればきっと良い結果が待っているでしょう。

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2007年9月 6日 (木)

世界JUDOポスター

もうすぐ始まる「世界JUDO2007」のポスターが張り出されました。
最近は、フジテレビが大々的に放送してくれるので、
宣伝も派手になってきました。
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各選手の特徴をよく表していますよね♪

とりあえず、格好いいですよ!
柔道の武道的な側面はもちろん残しつつ、
それでもやはり人気=観客=柔道人口=競技力だと思います。
こういった広報活動も積極的にやっていかなきゃいけないと、
僕は思うんです。

ポスターなんかも充分、宣伝効果はあると思います。
これくらいのデザインであれば、貼りたいと思うし、
柔道ファンであれば買ってでも欲しいと思うのでは?

柔道の大会ポスターって、どれも同じようなモノばかりで格好良くないですよね?
そういうのも新進のデザイナーさんなどにお願いして、
今までにないような斬新なデザインを企画してもらって、
売店にも置くとかしたらいいと思います。

ちなみに、僕がこの中に入るとしたら
「絞」とか「極」でしょうか?

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2007年9月 4日 (火)

その後の居残り

今日は事前にスネオ先生と相談しました。

先生は自分がいま抱えている課題を既にご存知で、
さてどうしようかと言うことになりました。

結局のところ、2班に分かれ、
寝技講習組
立技乱取り組

とで別々の指導をしてみることにしました。

(効率の良い指導をするため、試行錯誤中です)

どうしても寝技が嫌い、興味がないという生徒もいますので、
そういう生徒はスネオ先生の元で練習する。という形です。

事前に僕も説明をしました。
『この寝技クラスは希望者だけが残っているはず。
 集中力がキレた者は、この場から出てもらう!』


そんな言葉もあってか、今日の練習は、いつもより集中していたように思えます。
内容も、いつもより多く教えることが出来ました。

もっとも、生徒の緊張感は、隣道場から聞こえた悲鳴のせいかもしれませんが。。。
 

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2007年8月31日 (金)

キャリオケ

珍しく昨日、朝帰りをしてみました。
なので今日の日中は相当に眠いです。
とはいえ、13時出勤という特殊な環境、こういうときは助かります。

昨夜は大学の後輩二人(m9,123)と、
たかの先輩の4人で上野焼き肉に繰り出しました。
旨かったです!

その後、若者(古っ!)が集うようなバーに行き、
最後はカラオケに行きました。

外国ではカラオケのことを「キャリオケ」と言うみたいですね。
なぜかと聞いたら「分からない」と言っていました。

ところで私、キャリオケが昔から苦手です。
なんでかというと、恥ずかしいんですね~
上手くないとうのが主な原因でしょうか。

最近はそういう輩も少なくないみたいですね。

そんな訳で、数ヶ月ぶりのカラオケに。
そうそう、カラオケに行くと密室なので、タバコを吸われると、
僕なんかはすぐノドが痛くなるのですが、
今回は誰も吸わなかったのが救いでした。

よく周りを見渡すと、結構グデグデに酔っぱらっていたので、
『どうせ聞いてないから、好き勝ってに歌っちゃお~』
という感じで歌ってみました。

マイペースで歌うと、そんなに悪くもないですね。
ただ、最近の歌は全然歌えません。

そんなわけで、楽しいひとときを過ごしました。
あ、もちろん帰りは送迎の運転手でした♪

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2007年8月30日 (木)

吸収力の差

夜中にふと思いつき、コラムを書き出すことがあります。
こういう時は止まりません。寝れません。
曲やデザインを思いつく人も、そんなことってあるんじゃないでしょうか?

今日は吸収力について思うことがあります。

この前のコラムでも書きましたが、
僕は寝技指導に関してはプロ意識を持っています。

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ここで大切なことは教えるだけのプロではいけないと言うこと。
謙虚さとも通じるところだと思います。
「どうだこの技術、凄いだろ?!」
とふんぞり返っていては意味がありません。
ユーザーのニーズに適した指導が必要になります。

例えば、低学年ほど、言葉を少なく、ポイントは1コか2コまでしか言わない。
1つの技術に到達するまで、最低でも3段階に分けて説明する。

大学生であれば、立ち姿勢からの繋がりや、状況判断、
審判の立場から見た場合など、細かいところまで説明する。

最終的に、指導法がどうこうではなく、
選手がその技術を自分のモノとし、生かせなくては意味がない
試合で通用しなくては意味がない
と思います。

だから色々な技術だけではなく、
常に色々な指導法、伝え方を模索しています。
そういった意味では、いま小学生の指導をしているのは良い勉強です。
難しい技術をいかに簡単に教えるか。これが今のテーマです。

そこでいま考えているのが、吸収力です。

これまで、色々なところに赴き、指導をしてきました。(講習のページはコチラ

北は北海道の札幌や遠軽、岩手。
南は鹿児島が最南端でしょうか?各地に飛んで行きました。

その先々で思うこと。
集中力。すなわち吸収力です。

柔術家の方は研究熱心です。
殆どの方がノートや筆記用具持参です。
ビデオに録画し、何度もそれを見ています。

柔道部の中高生は、目を輝かせ、分からないことがあると、
すぐに手を挙げて質問し、それを質疑応答を周りも見て勉強しています。
集中しているから、出来ないこともすぐに克服してきます。

後から届くお便りでは、

「生徒が寝技を好きになって取り組むようになった」
「試合で教わった技が極まった」

こんなことをよく言われます。

それは僕の指導だけでなく、ユーザー側もまた、
「いまこの時に教わらなくては!」
と集中しているからこそだと思います。

そりゃそうです。

殆どの場合、一発勝負です。
講習は、講師vs受講生の
『真剣勝負』なんです。

逆に、今のホームグランドではどうでしょうか。

殆ど毎日、少年部の指導には携わっています。
火曜日の居残り練習では、寝技を中心に指導しています。

しかし、僕が言うことといえば・・・
「集中して練習できないなら、無理にやらないで帰りなさい」
「固まっているとぶつかるから広がりなさい」
「静かにしなさい」

あまりにも低レベルな、寝技指導とは離れたことばかりです。
何度も噛み砕いて、最上級に丁寧な説明をして、
さあやってみようとすると。。。
全然出来ていない。
それどころか、明らかに説明を聞いていなかった子もいる。
そしてもう一度集め、同じ説明をする。
しかし殆ど身に付かない。

少年部の子達は、決してレベルが低いわけではありません。
よその講習にいった先が、全て飲み込みの早い子達ではありません。
でも、残念ながらその差は、目で見るより明らかです。

これまで、指導法にも変化をつけ、工夫してきましたが、
今回気づいたのは、吸収力という点です。

前者は、学ぼうとしている。
後者は、教え込まれようとしている。
その差が大きいのではないかと、僕は思いつきました。

その仮説が正しければ、僕は、
少年部でのコムロック流・寝技指導を止めてみようかと思います。

生徒達が寝技の重要性に気づき、強くなりたいと思ったとき、
その生徒に対してだけ指導したら、きっと今のようにダラダラ教え込むよりも、
もっと吸収が早いのではないかと思うのです。
大切なのは時間や回数ではなく、内容ですから。

もちろん、子ども達が指導を望んだとき、
いつでも対応できる環境は作っておきますけどね。

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2007年7月30日 (月)

続・柔の形

さぁいよいよアフリカ出張も迫ってきました。
今日は使節団員が集合し、形の稽古をしました。

投の形講道館護身術、こういうのは一般大衆にもウケるそうです。
今回僕が担当する投の形と、急ピッチでマスターした柔の形

御披露目する時が近づいてきました。

『柔の形は地味だから、今回はやめとくか』

は?
やめとくか?
止めちゃうの?
練習したのに。。。

そんなわけで、今回、柔の形披露は取りやめになりました。

披露じゃなくって無駄に疲労しただけか。。。

ご教授していただいたシャーク先生
優しくアドバイスしていただいた色白のおばちゃん
何回も受けてくれたグッドフィールドさん
センターアイランド先生、グランドチャンピオンの適切なアドバイス、さすがです!

皆さん、どうもありがとうございました!

この柔の形は、六段受験の時に活用します。

 

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2007年7月29日 (日)

今日この日をもちまして

本日、7/29をもちまして私、

30才

になりました。。。

三十路突入です。

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2007年7月23日 (月)

どっちを選ぶ?!

7/22日曜日、久しぶりの休みでしたが、
中学生の都大会があったため、一路、東京武道館へ。

その昔、我が足立3中は国士舘を破り、準優勝しました。
あの時、国士舘に勝ったことで浮かれていた僕たちに、
バチバチと活を入れ、『まだ(弦巻中との決勝が)1つ残ってる!』
と怒鳴っていた徳原先生の頬に、涙が伝っていたのをよく覚えています。

また僕は個人戦55kg級で優勝し、全国へと進みました。
なんとも思い出深い大会です。

7/21土曜は個人戦があり、結果的に講道館で練習する中学生は
2名が優勝し全国へ、足立学園の方は2名が関東大会出場を決めました。
途中、講道館の勤務時間になり、後ろ髪を引かれる思いで出勤しました。

団体戦は最後まで見てやろうと思い、意気込んで行きましたが、
困ったことに、3回戦あたりで足立学園と、講道館で練習する
多くの中学生が通う文京1中が対戦するハメになりました。

こういう時はどうするかって?

帰りました。。。

どっちの生徒も応援してあげたいし、勝たせてあげたい。
でもそれは出来ない。
それに応援席が両校で隣同士なんですよね。。。
居場所もない。
そんな訳で退散しました。ごめんなさい。

私と柔道、どっちが大切なの?!

というような問いには答えられません。
だって人とスポーツは比べられるモノじゃないから。
強いていうなら両方大事ってトコかな。(日本人的な発言だな・・・)


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再出発その後

今回、多くの方からコメントを頂きました。

本当にありがとうございます!
(1つずつお答えする体力がありません。。。ごめんなさい)

一度消えてしまったデータですが、
お力添えを頂いて、なんとかだいたいのデータは復元することが出来そうです。
(2004年4月分から)

今回の記事から、下に読み進めていって下さい。
日付が2004年になっているでしょう?
それに、足立学園の生徒のことばかり書いているでしょう?
ちょっとタイムスリップした気持ちになって、改めて読み返してみて下さい。

毎日数件ずつ、復元していこうと思います。

アドバイスをくれた方々
応援のコメントをくれた皆様

ありがとうございました!
また頑張ります!

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2007年7月19日 (木)

再出発

どういうことでこうなったのか、見当もつきません。
niftyにも相談しましたが・・・

このブログの過去の記事、完全に消滅してしまったようです。
しかも、システムトラブルではなく、ログインした人が、
消去ボタンを押しているようです。

自分のミスか?
誰かの陰謀か?
niftyのミスか?

それはもう分かりませんが、結果として、
5年以上も書き続けた過去の記事が消滅したこと、
そしてそれが戻ってこないことは確かなようです。
(niftyの人にはかなり食い下がりました)

もう一度、再出発するしかありません。

このブログを始める前、元祖のブログの方は、
矢部里さんがまとめて下さっているので、
興味のある方は、トップページ「Column」からご覧になって下さい。
今とは違った表現でものを書いています。

それから、今回の不具合中、多くの方から問い合わせを頂きました。
コラムの作成意欲はコメント数に比例します。
是非とも、励ましのコメントをお願いします。
(書いて欲しいことなど、受け付けますよ!)

あ、今日は母親の誕生日だったな。

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2006年6月26日 (月)

廻る内股

僕は左組です。
小学生の途中で、親だか、先生かが「左を制するものは・・・」
って変えさせられました。

中学、高校時代で苦労したのは、左組と対戦した際に、
全然技が掛けられないということでした。

高校時代、対左組用に何か新しい技を覚えようと、
日体大に練習に行ったとき、当時60kg級の第一人者であった、
乙黒選手の内股をずっと観察していました。

教えてもらうのは怖かったので、ひたすら観察して真似しました。

その内股は独特で、右内股の場合では通常、右足から踏み込むものですが、
左足から踏み込み、一気に跳ね上げます。
(シドニー五輪100kg級決勝、井上選手がカナダのギル選手を投げた内股がこの技法です)
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僕の場合は左組なので、右足から踏み込みます。
通常、1.2.の3!で掛けますが、
この場合は、1.2!で掛けます。タイミングがずれますし、仕掛けが早いです。

高校時代から少しずつ練習し、階級変更した大学4年の時には、
ちょうど釣手の肘を怪我し、背負投が出来なくなったこともあり、
投技をこの内股中心に組み立てることにしました。

こんな私でも、背負投よりは内股の方が向いていたようで、
試合ではそれほど決まりませんでしたが、強化合宿や
練習試合などでは、小内巻込、巴投に次いで、それなりに通用していました。

今月号の近代柔道(2006,7月号)26,27ページでは
竹内善徳先生の訃報を伝える記事が載っています。

その中で僕の恩師・小俣幸嗣先生は竹内先生との思い出として、
こんなことが書いてありました。

小俣教授は大学に入学してから竹内さんに、
引き出して相手を崩して内股を掛けるやり方を指導された。

追い込んでの内股が得意だった小俣教授を一目見て、
竹内さんはもう一つのやり方を会得すれば
柔道の幅が広がると見抜いたのだ。

僕は全く同じパターンで、追い込んで掛ける内股しか出来ないのですが、
小俣先生に「引き出して掛ける内股を練習しろ!」と言われ、
なんとか会得しようと、引き出しての内股、払腰を練習しました。

なぜ引き出して掛ける必要があるのか?

1.追い込んで掛ける方法のみではワンパターンになり、タイミングを読まれる
2.崩しが不十分な場合が多いので、体幹の強い選手、大きい選手には通用しない

特に2.は国際大会において、外国人選手にはガッチリ受け止められてしまい、
内股返で投げられることが非常に多いです。

結局僕には難しくて、引き出して掛けることよりも、
如何にして相手を追い込んで下がらせるかを練習するようにしました。

この記事を読んで、技術の伝承ってこんな感じで繋がっていくんだな。
そう思いました。

今年、足立学園から筑波大学にミラクル進学した太田博和は、
僕と同じように追い込んで掛ける内股が得意です。

僕は小俣先生に教わったことを、
将来、国際大会で活躍するであろう彼に
そのまま伝えました。

「国際大会で活躍するには、引き出して掛ける内股を練習しろ!」

なぜなら、何を隠そう彼は、僕が内股を真似た乙黒選手と同じ
名門・池内道場の出身だからです。

太田も今頃は、小俣先生に「引き出して掛ける内股も練習しろ!」
なんて言われているかもしれません。

グルグルと廻る内股。。。

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2005年10月 3日 (月)

ニュートラル・ポジション

精神は肉体を凌駕する

座右の銘は?
と聞かれても、いまいちぴんと来ないのですが、
強いてあげるとするならば、この言葉でしょうか。

ただ誤解してほしくないのは、
僕はスパルタ教育の根性論者ではありません!

理論的な練習とトレーニング、そしてちゃんとした人間形成はもちろん備え、
その上で、勝負にもっとも大事なことは精神力だと言い切ります。

過去、僕が大きな大会で結果を残したとき、
それは例外なく、火事場の馬鹿力というか、
スーパーサイヤ人(解ります?)というか、
限界を超えたような力を発揮しています。

では大会結果とともに、そのいきさつを振り返ってみましょう。

全日本ジュニアで優勝(大学1年、60kg級)
本当は行きたくなかった筑波大学、でも腹を括って進学を決意。
学費が払いきれるかどうかという不安の中で、徳原先生に宣言した約束
「1年目で日本一になります」
この約束を果たすべく、殆ど休まず練習に明け暮れました。
本番では準決勝で江種さんを、決勝で内柴を倒して初タイトルを獲得しました。

全日本学生で優勝(大学4年、66kg級)
減量苦から階級変更を決意、しかし徳原先生の反対と、
後輩からの「先輩じゃ66kg級は通用しないですよ」のひとこと。
これが僕の心に火を付け、「絶対に見返してやる」という思いで優勝。

全日本実業個人で優勝(新卒1年目、綜合警備所属、66kg級)
この年はハングリーな1年でした。牛丼のスキヤでバイトをし、
非常勤講師を勤めながら練習していました。
このとき、冗談みたいな話ですが2ヶ月家賃を滞納し、切羽詰まっていました。
2位なら会社から賞金10万円、優勝なら30万円!
生活をかけた戦いでした。
準決勝で足立学園の先輩・中村範政選手と対戦し、袖車絞で一本勝ちし、そのまま優勝。

韓国国際で優勝(大卒1年目、綜合警備所属、66kg級)
1週間前、講道館杯で初戦敗退。
強化選手から外される危機に、ラストチャンスを与えてもらいました。
ここで負けたら外されるというプレッシャーよりも、
講道館杯の悔しさ、不完全燃焼を払拭したい思いが爆発!
決勝までの3試合を計1分ほどで全て極め勝ち、
決勝も、僕では珍しく攻めまくり、相手の指導で優勢勝ち、そして優勝!
自分の体力を超えて攻めまくった結果、試合後は酸欠から嘔吐してしまい、
過呼吸(?)で死ぬ思いをしました。。。
この結果、欧州遠征には外されていたんですが、
急遽ベルギー国際とオーストリア国際に派遣されました。

講道館杯で5位(2003年の講道館杯、了徳寺所属、66kg級)
実は直前に解雇宣告されていました。
強化選手からは外れましたが、講道館杯への出場権は保持していました。
「講道館杯で勝って、また強化に戻ったらどうなるのか?」という問いに
「変わらず解雇」という解答でした。
絶対に見返してやる!
その思いだけが、僕の身体を動かしていたように思います。
初戦、北川選手とゴールデンスコアまでもつれても、気持ちだけは切れませんでした。
そして3戦連続の腕挫十字固一本。準決勝で内柴に敗れ、
3決では後輩の篠崎に敗れましたが、
その時の自分の全てを出し尽くせた結果といえます。

このように、ここだけは何が何でも!というところでは、なんとか結果を残しました。
もちろん、残せなかったときもあります。

そして当然「じゃあ、いつもそれくらいの意気込みで臨めばいいじゃん!」
という問いも予想できます。

それが出来たら苦労しません!
カカロットもあれだけ苦労したんです。(by ドラゴンボール)

逆に意気込みすぎて、力んでしまい、自滅したことも多々あります。
高校までは殆どの試合がそうだったと思います。

そこでタイトルの「ニュートラル」ということ言葉が出てきます。
これは僕の初マイカーがマニュアル車(院を卒業した先輩から貰いました)だった
ことに若干影響されています。

つまり、あまり意気込みすぎて前のめりになったら、バテちゃうし、コケちゃうよ。
あの技でいこうか、返そうか、そんな左右に迷ってはいけないよ。
もちろん相手や、勝負することを恐れ、下がってもいけないよ。

何事にも揺さぶられないニュートラルポジションにあればこそ、
はじめて心技体がそろい、100%の自分が出せるのではないか!
心も自然体であればこそ、攻防が一体化するのではないか!
という、悟りきったような持論に到着するのです。

もう一つ表現するならば、
広い湖面にシ〜ンと張りつめた水面
波音ひとつ、さざ波さえもない水面
しかしその水は煮えたぎるように熱い

ちょっと抽象的な表現で解りにくかったですかね?

まぁそんなわけで頑張っていきまっしょい!

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2004年9月 1日 (水)

死ぬことと生きること

僕の夏休み中、ビデオを3本見た。
「ロードオブザリング〜王の帰還〜」、「半落ち」、
そして生徒に借りた「さとうきび畑」だ。

明石やサンマ演じる家族の一番下の子「たけし」が、
小さい頃の兄・信行に似ていて妙に気になった。

そんなことは置いといて・・・

命の大切さを痛感させられた。そんなビデオだった。名作だ。
僕の爺さん、つまり親父の親父は戦死している。
昔、プロレスラーの藤原組長にそっくりな親父に全日本選手権の観戦に連れて行かれ、
その帰りに靖国神社でそう教わった。

どんな死に方をしたのか、僕には判らない。
親父も、爺さんがどんな顔だったか知らないそうだ。

ただ言えることは、母子家庭で育った親父はとても貧しく、
強烈な兄弟の末弟に育ち、飛び出すように家を出た。

腹一杯寿司が食いたかった。
それが親父が寿司屋になる動機だったそうだ。単純だ。

それ故に、僕が小さい頃、遊び道具は買ってくれなかったけど、
食べたいと言ったモノはなんでも食べさせてくれた。
その結果がコレ↓
1988.jpg

健康診断の時はいつも「肥満傾向・要注意」と書かれていた。消したい過去だ。

もう一度、真面目な話しに戻って・・・

生きるってことは難しい
働いて 稼いで そして食べていくこと 養っていくこと
それは死ぬこと以上に難しい

このビデオを見て、改めてそう思いました。

「武士は死ぬために(死に場所を求めて)生きている」を思い出した。
相反しないかもしれないけど、通じるモノを感じる。

潔い死を望むから、尊い生を全うするのかも。

そう考えたら、無駄に生きてはいけない。そう思った。
そして武士のように、一瞬の技に懸ける柔道家になりたい。

戦争やテロ、スポーツとは関係ないようで、無関係ではない。
66kg級で世界2連覇中のミレスマイリ(イラン)は、
初戦がイスラエルの選手だったために棄権した。
政治的な絡みらしい。

以前、出場した国際大会でも、同様の状況が発生し、棄権していた。
世界2連覇中の選手がオリンピックで、それがどれ程の衝撃か、僕には計り知れない。

日本がボイコットしたモスクワオリンピック。
僕は物心ついていないから、テレビの回顧シーンでしか見たことはない。
その中で、参加を懇願する山下先生の映像を何度か見たことがある。
正直、鳥肌が立った。魂の叫びってこんな感じかも。

今回のビデオは、物事を深く考えさせてくれた。
視聴覚教室では、こういうのを取り上げたらイイと思う。
でも来年度は映画「スクールウォーズ」で決まりだけど!(独断)

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2004年8月31日 (火)

変なおじさんとコラム本

明日からの授業に備え、今日は午後から学校前のジムでトレーニングを行いました。
30分走って、30分チャリこいで、次はウエイト!

すると向こうから短パン、ひも状に細くなったタンクトップ、
そして帽子まで全身トラ柄に身を包んだおじさんがトレーニングをしていました。
そのおじさん、以前は全身アメリカ国旗(星条旗)に身を包んでいました。

いわゆる、変なおじさんです。
でもウエイトトレーニングをする場って、結構変な人多いです。
そして人のトレーニングとか、身体をすっごいジロジロ見るんですよね・・・

「お!君は足立学園の先生らしいな!」

不意をつかれた。

「は、はい。保健体育を教えています」

実は以前、徳原先生に教えてもらったことがある。
実はその変なおじさん、徳原先生が就任する以前の足立学園柔道部OBらしい。
僕の体型を見て、柔道部と思ったのかもしれません。

つーか、インストラクター!
人の職業までべらべら教えるな!

「種目は何が専門なんだ?」

「あ、僕は勉強ばっかりしていたんで実技は全然ダメで・・・じゃ失礼します」

言えない。柔道だなんて、私は貴方の後輩だなんて、とても言えない。

帰る前に軽くストレッチしていると・・・
グキ!!

アレ?この嫌な感触はもしかしてアレ!?
あの忌まわしきギックリちゃん?
そんな訳で、今はしっかりアイシング。
今日はついてないな〜。あの変な先輩のせいだよ。

話は変わって。
実は今日の昼、ある出版社に行っていました。

このサイトの要所であるコラムを楽しみにしている人は沢山にます。(たぶん)
「本にしたら?」
なんて話しもありましたが、現実問題、仕事として売れるわけもなく・・・
あくまで趣味でネット配信しているのが関の山だと思っていました。

今回、縁があって【もしかしたら出版するかもね】という段階まで来ました。
これまで趣味で好きなことを書いていたのと、『売れる本』というのは
必ずしも直結はしないと思います。
でもこのコラムの良さを失いたくないので、じっくり考えていこうと思います。

今回まず迷っているのは方向性です。
僕は今、色んな面を持っています。
柔道家、教師、柔術家(格闘家)、研究者...etc.
それぞれ単体で卓越した人は大勢いますが、僕はそれを(一応)両立しています。
そして全て現場(現役)でやっています。
そこに他との差別化(長所)があると思います。
柔道&格闘界向けの本にするのか、教育界か、はたまた一般向けか?

そこで出版社の方から戴いたお話は、フリーペーパーでの連載です。
『Men's ダイジェスト』成人男性向けのフリーペーパーで連載をするかもしれません。
(エロ系ではありません)
そこで僕の本の方向性、もしくは売れる著者なのかどうかを判断されていくのだと思います。
まだ本決まりじゃないですけどね。学校の許可とかも必要になるでしょうし。

04-08-31_20-13.jpg

そこでやはり必要になってくるのが、皆さんの意見です。
単純に面白いか否か、または意見など、色々聞かせて欲しいです。
宜しくお願いします。

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2004年8月 9日 (月)

優先順位

昨日までは長野に遠征に行っていました。
夏休みとはいえ、殆ど自由な時間はありません。

明日からは草津での筑波大学トレーニング合宿に参加します。
こればっかりは自分のための練習時間です。

それが終わったら、足立での校内合宿、そのまま北海道合宿、
そのまま香川での学会、そして夏休み終了と忙しい毎日です。

過労で死ぬ先生の気持ちが解らなくもないです。

いまとても矛盾と思うことがあります。
多忙な中で、やるべきことに優先順位をつける必要があると思うのですが、
教師として生徒の練習に付き合うのは当然として、
現役選手として練習やトレーニングに励むこと、
授業の用意や、自分の勉強などをすることがまず優先と思います。

でも現在、第二位ぐらいに食い込んじゃうのが「飲み会」です。
人付き合いも当然大切だとは思いますが、
連日、しかも深夜(12〜13時)までとあっては、
本来やらなくてはいけないことにまで影響を受けてしまいます。
「飲み会」て時間の余ったときにやるべきことなんじゃないかな?
優先順位としては常に最下位であるべきだと思います。

しかも「飲めないなら食え!」って、もうお腹いっぱいだって言っているのに
追加注文するのも、もう食べれないって言っているのにラーメン屋に行くも
ホント止めていただきたい。

食べたくないもの食べて、減量で苦労するのは矛盾しています。

「飲めないのに、毎回付き合ってて辛くないか?」
『いえいえ、もう慣れましたから大丈夫です!』
毎回ウソついてます。。。

「まぁ断ったらヒンシュクだからな」
そう言われたら断れません。。。

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