閉店
実家の両親は二人で寿司屋を経営している
裸一貫、茨城県日立市から上京した父は
「腹一杯、寿司が食べたかった」という理由で職人の道へ
現在とは場所が違い、今ある店の向かいにあった先代「信寿司」
子供のいなかった先代は僕の父に跡目を継がせた
ちなみに、兄の信行(のぶゆき)はこの店名から1文字、
母親の行子から一文字頂いている
訳あって場所を移し、僕が産まれたことで店名を変更
現在の「宝すし」となった
以来32年、その年月は、僕の年齢と足跡を共にしている
32年間、ひたすらと働きずくめだった
「実家が寿司屋なんて羨ましい」そんな言葉に
何度も「寿司屋の息子の大変さなんて分かるわけ無いか・・・」
と舌打ちした。
家族旅行なんて、殆ど行った記憶が無い
授業参観だって来てくれたこともない
僕が物心ついた時にはもう、従業員の1人だった
皿洗い、米とぎ、買い出し、小学校3年生で「出前」にも行った
「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」「こんにちは」
挨拶が出来なければ親父にぶん殴られた![]()
寿司は好きではなかった
寿司は特別な食材でもなかった
だから他所で寿司を食べることもなかった
それでも
『親父の寿司は美味い!』
変なプライドだけはあった
店に誰を連れて行っても「美味い!」と言ってくれた。
親父はその言葉を聞くのが好きだった
儲けること以上に、良い仕事をするのに拘った
その為に、母親は経営面では随分苦労していた
苦労して、苦労して、必死になって僕たちを育ててくれた
そしてこの度『宝ずし』は閉店することになった。
時期は年明けの1月中旬を予定している。
理由は至ってシンプルだ
親父は67歳になり、母親は今年還暦(60歳)を迎えた
跡継ぎがいない、景気も悪い、そして歳もとった
二人の息子はようやく正教諭となり、結婚し、兄には孫も出来た
そろそろ引退するときが来たのだ
いま、着々と閉店に向けた準備が進んでいる
来春には兄の家に同居し、孫の面倒を見るのが務めになりそうだ
32年、「必死」という言葉がピッタリ合うほどに、働いてきた
それを思い返すだけでも、涙が溢れてくる
僕はこの先、どこかで寿司を食べに行くことなんてあるのだろうか
あったとしても、きっと親父以上の寿司の出会うことはないだろう
残りの期間、僕はあの店とあの味を、胸に刻み込むことに努めようと思う
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