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2012年2月21日 (火)

一杯の讃岐うどん

いつも生徒と出稽古したり、試合に行った帰りは食事をして帰っています。
1年前までは4人だった部員も、現在では10人を超えるようになり、ある意味嬉しい悲鳴です。
世田谷区民大会の時は、梅ヶ丘駅前の「蓮華」に寄っています
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こんな時、自分が生徒だったときのことをよく思い出します。
高校1.2年生の時、香川県で開催されていた和旗高校柔道大会に出ていました。
入賞するとやたら大きい団扇をもらって、扱いに困る大会です。

この大会には車で向かって参加するのですが、なぜかあまりよい成績は残せませんでした。
ある年も、納得のいく柔道が出来ずチームも惨敗、恩師は激怒しました。
特にポイゲだった田崎はコテンパンにやられ、キャプテンだった私も
猛烈な闘魂を注入されていました。

一通り注入が終わると、恩師は「付いてこい!」と言い足早に会場を出ます。
とにかくせっかちな先生で、歩くのが速く、私たちは小走りで追いかけます。(柔道着のまま)

おそらく体育館裏あたりで、さらなる闘魂が注入される。
私たちは戦々恐々としながら走りました。

しかし一行は会場を離れ、近くのうどん屋に入ります。(柔道着のまま)
「○○うどんを人数分」
徳原先生が言葉少なめに話すと、すぐにうどんが出てきました。

とにかく食べるのも早い先生で、待たせると怒られます、
私たちは口の中が火傷しそうな勢いでうどんを流し込みます。

「旨いか?」

『はい!美味しかったです。ご馳走様でした!』

会場に戻りながら、その日の試合のアドバイスや叱責が私たちに向けられます。
私たちは展開の早さに頭が付いていけず、とりあえず「はい」とか「すいません」とか
言いながら後を追いかけました。

考えてみると、試合に負けて怒ってはいたけど、せっかく香川に来ていたので
讃岐うどんをご馳走してくれたのです。
東京のそれとは別物のうどんが、妙に新鮮でした。

いま思い返すと、恩師との思い出はそんなエピソードが数多くありました。
もんじゃを焼くのにもの凄いこだわりがあるとか、金鷲旗に行くと必ず行くラーメン屋があって、
私たちは偶然を装って恩師と店内で会い、奢ってもらうという。

私の生徒達には想像も出来ないくらい、異次元の怖さを放っていた恩師ですが、
同じくらい愛情も頂いたように思います。沢山ご馳走してもらいました。
私の生徒達も、少しでもそんな思い出を残してもらえればと思っています。

さて、話題は変わりますが今週末、タイのバンコクで開催される
第2回アジア柔道形選手権大会の代表(固の形)に選出されました。

昨年は派遣中に震災があったり、「5分前の5分前事件」とドタバタでした。
今年は何事もなく、万全の演技で優勝できるよう頑張ってきます!

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コメント

自分も中学の柔道部の先生が練習試合の帰りによくラーメンを食べに連れて行ってくれました
多い時で10人以上、自分で運転しご馳走までしてくれる
自分が働くようになっていかに大変な事か身に染みて分かります
弱い学校でしたが、良くして頂いた先生への感謝といい思い出は変わらず心の中にあるものです

投稿: こっしー | 2012年2月21日 (火) 20時19分

>こっしー
子供の頃は、お金を稼ぐ大変さが分かりませんからね。
一緒に食事をしながら、信頼関係を築いていけたのではないかと思います。

投稿: 小室宏二 | 2012年3月 1日 (木) 23時13分

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