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2011年8月

2011年8月21日 (日)

ロシアの袖車絞

先日、高野先輩からメールがありました。
「日本人選手がロシア選手に袖車絞で負けている」と・・・・
早速調べてみましたが、ちょうどYouTubeに動画がアップされていました。

2011世界カデの44kg級決勝の映像ですが、
袖車絞で日本​の選手が絞め落とされてしまいました。
ロシアの選手、関節技が得​意な選手はいても、
絞技が得意な選手はいなかったんですけどね。

この場面、返すのはいったん諦め、すぐに両肘を押し上げるか、
相手の両肘を抱えるようにして、絞められないよう圧力をかけておかないといけません。
彼女は内側に手を入れて防御していますが、あまり効果はないんです。
強力な技なので、すぐ落ちちゃいますからね。

何か良いDVDでも観たんでしょうか?

なんて書いているそばから、ロシアのコーチから冬のジュニア合宿(モスクワ)に
きて欲しいというメールが届いていました。

次の世界選手権(2014年)はモスクワに決まったそうですし、気合い入っているんでしょうね。

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2011年8月13日 (土)

増刷のご連絡

お陰様で「柔道固技教本」が9月に増刷されることになりました。

先日は修正に関する打ち合わせを行ってきました。
念には念を入れて校正したしたつもりですが、僅かな誤字がありました。

一部、袖車絞を「Sode-Kuruma」「Sode-Guruma」と二つの表記があったり、
右と左を間違えたり、「頭痛が痛い」的な表現があったり・・・

あとはプロフィールのところで。「・・・予定」のところを、今現在まで修正しました。
もちろん、初版を買っていただいた方が損することはありません。
本当に些細な、気付くかどうか分からない程度の小さな修正です。

それくらい、完璧を目指して吟味に吟味を重ねて出版した我が子のような拙著です。
ある意味、巴の姉弟みたいなもんです。
Photo
さて、、最近購入したiPad2がもの凄く快適で重宝しています。
これ、お勧めです!

おそらく、次回作は海外向けに電子書籍かアプリなどになるかもしれません。
そうすれば販売ルートやコストの面で、リスクを抑えられるからです。
まだまだ頑張ります!

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2011年8月11日 (木)

絆インタビュー

【絆】という文字を見ると、どうしても国士舘を連想してしまうのは私だけでしょうか?

震災の後も【絆】という文字を各所で見かける様になりました。

今回はそれとは関係ありませんが、絆工場という会社の企画でインタビューを受けて来ました。
最近はもう格闘技の試合にも出ていないので、こういたったのは久し振りでした。
Photo_2
大学4年生の頃、自分の柔道、寝技に行き詰まった感があり、所属を問わず柔道をバックボーンにする寝技師が集まって練習会を毎週行っていました。
それが当時の「RJJ」です。

その稽古の一環で、和術慧舟会に出稽古する様になり、コンテンダーズというイベントに出させてもらえる様になりました。
Contenders7
その頃は格闘技ブームで、格闘家のTシャツが沢山出され、売れて行きました。それに私も便乗し、コムロックTシャツなるものを何種類か作らせてもらいました。これがまた結構売れたんです。これを来ている人を見かけたら、さすがに嬉しですよね。
T_3 T_4






その当時、殆どのTシャツをデザイン、作成してくれたのが絆工場の伊藤さんです。
ややこしいのが、私の親友であり、コムロックマークの考案者もまた伊藤といいます。
また上記Tシャツのイラストは漫画家のジェントルメン中村さんが、描いてくれました。
実物よりも、凄みがあって渋い感じがします。

もう既にこのTシャツは販売していませんが、もしかしたら増産してくれるかもしれません。
オーストラリアには試しに10枚ほど持って行きましたが、即完売でした。
ただ『なぜ5669なのか?』を説明するのは大変でしたけど・・・

長々と前置きしましたが、【絆】をテーマにしたインタビューは、絆工場で直に見てきてください。
サイン入りTシャツのプレゼントは8/15が締め切りのようです。

【絆】工場 絆対談一本目 小室宏二編

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私が落とした女

これまで、BBM社からいくつもの共著を出版しておきながら、
久し振りに近代柔道の最新号を購入した。

いくつか読みたい記事があったのだが、その一つが有名選手の得意技を解説したものだ。
今回は、大学時代の後輩で寝技師でもある根崎裕子が取り上げられていた。

彼女は市立柏高校時代から全国のトップ選手で、全日本ジュニアや世界ジュニアなど国内外のジュニア大会を総なめにしていた。
特に帯取返を軸にした技術体系は強烈で「根崎スペシャル」と呼ばれていた。

そんな彼女は毎回、過酷な減量をしたり、寝技師だったことなどから私と共通項があり、
よく一緒に稽古をした。

当時、筑波大学は女子が世界的な活躍をする一方で、男子は国内中堅クラスで、
強化選手は私を含め、ジュニアクラスが1~2名程度と低迷していた。
そんな中で、軽量級の私は女子選手の丁度良い稽古相手だったのだ。

女子選手と稽古する場合は、極力力を抜き、組ませてから技をかけるよう心掛けた。
とはいえ、女子の強化選手である、簡単には投げることは出来ないし、
寝技はもう本気で勝負しても良いほどだった。

そんなある日、彼女が寝姿勢から得意の帯取返を仕掛けてきた。
若干、脇が甘かったので私の腕をたすき掛けにし、その腕の袖を掴んだ。
袖車絞のカウンターである。
どちらが有利ともいえない微妙な体勢だったが、徐々に袖車が効き始め体勢が入れ替わった。

私は「抑え込」を完成させ、袖を絞り上げながら彼女の顔色を見た。
すると既に彼女はこの世のものとは思えない表情で、小刻みに震えていた。

落ちたのだ。

彼女は厳しい環境で鍛えられていたため、これまで何度となく絞め落とされており、
いわゆる【落ち癖】がついていたのだ。

状況はどうあれ、私が絞め落としたのは彼女ただ一人、一回のみである。
無論、落としたとはいえ、甘い関係があったわけではない。

誌面ではずい分と謙虚に実績を紹介しているが、それでも全日本女子選手権に出場したり、
生徒を全国中学生大会に出場させたりと、その活躍は現在でも素晴らしいものがある。

写真をよく見るとshine【寝先有効】shine(根崎裕子)と書かれていた。

「有効かよ!」
と思わずツッコミを入れたくなったが、考えてみたら自分の帯にも【5669】と書かれているのだから、似たようなものかもしれない。
Photo

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2011年8月 2日 (火)

お勉強(前編)

講道館で行われていた夏期講習(2部)、私は生徒とともに参加してきました。
今回もも相変わらずの暑さの中、参加した生徒の1人が慌てて帰ろうとしていました。
呼び止めると、「これから塾に行きます!」とのこと。

午前、午後と稽古をした後、勉強しに行くとは・・・
駆け足で駅に向かう彼の後ろ姿が大変立派に見えました。

私は高校時代、全然勉強しませんでした。

今回は恥を忍んで、私の勉強遍歴をご紹介します。

小学校入学を目前に控えた冬の時期、私は保育園の食堂でただ1人残されていました。
私は園内でただ1人、読み書きができませんでした。
それを見かねた先生方が、居残りで私に「あいうえお」を教えてくれたのです。
私はどうしても「む」が書けず、よく【こすろこうじ】と書いていました。
クリスマスにはサンタさんから、「あいうえお」が書かれた積み木がプレゼントされました。

小学校へ入学すると同時に始めた柔道では、教えが厳格でした。
柔道だけでなく、勉強や宿題、家の手伝いもしっかりやるように言われ、
それに忠実に従っていました。成績は中の上程度だったと思います。
小学生時代の思い出は、4年生の時、担任の先生から
『小室君は字がキレイだね』と言われたことです。
私は特に習字をしていたわけでもなく、今でもそんなに上手ではありません。
でもその褒め言葉が意外に嬉しく、それからは今でも丁寧に字を書くことを心掛けています。

中学に入ると、とくかく練習が厳しく、勉強との両立が大変でした。
私の担任は数学の教師でしたが、その言葉がいつも耳障りでした。
曰く「柔道で勝てなかったら、柔道ができない体になったら・・・」
Img002

勝負師とは、負けたときにことなど一切考えません。勝つことだけに集中するモノです。
特に私は柔道で強くなるために足立3中に進学しました。
なのに担任ときたら負けたときのことばかり言うのです。

教師になった今となれば、その理由は痛いほどよく分かります。
柔道しかできない「柔道バカ」になってしまったら、社会に出て通用しない。
今のうちからいろいろな選択肢がもてるよう、しっかり勉強しておけという意味なのです。

そんなわけで、担任の言葉にはいまいち納得できてはいませんでしたが、
最低限の勉強だけはしておこうと、自分なりに決めていました。
というのも、私は両親から「勉強しろ」と言われたことはありません。
ただ『読み書きソロバンだけはできないと社会に出て恥をかく』とは言われていたので、
私自身も最低限、それくらいはと心掛けていました。

普段は塾に行くだとか、家庭学習をするような余裕はありませんでしたから、
とにかく授業に集中していました。宿題が休み時間中に終わらせるようにしていました。
今でも継続していることですが、自宅では仕事や勉強をしないのです。
家ではリラックスすると当時から決めていました。

しかし試験1週間前になると話は別です。その期間は柔道部の練習が禁止になります。
その時だけは自宅でもたくさん勉強しました。
帰ったらまず昼寝をして、18時から勉強を開始します。
どんなに遅くとも、12時には終了して寝ます。
そして3時か4時半には起きてまた勉強します。
暗記物は起きてから詰め込むようにしました。

この試験前1週間というのは、別の意味で柔道の稽古よりきつかったと思います。
こうして、中学時代はそれなりの学力を保つことができていました。
偏差値でいうと平均して55~58くらいだったと思います。

Simg001中学3年時、美術のテストで100点を取ったイラスト

つづく

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