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2011年3月

2011年3月29日 (火)

投技の魅力

新学期に向けて、柔道部の新しいプロモーションVTRを作ろうとしていたら、
思ったより勝っている格好いい動画が少なくて・・・・
少し先生の動画も織り交ぜて作ろうかと思っていたら、そっちをメインに作ってしまいました。

 

BGM:Superfly「タマシイレボリューション」

こうしてみると、自分も意外と投技できるもんですね。
その大きな要因としては、指導者となり、姿勢が良くなった
そして 肩の力が抜けるようになったというのがあると思います。
現役時代は気付くことができなかった、できなかったことです。

ただ、技数は豊富ではありません。巴投と一足内股が殆どです。
入るまでの仕掛けが多彩であれば、技数自体はそれほど多くなくても通用するようです。
私の場合、寝技においても技数は極限られていますから。

この様なVTRは欧州では製品化されていますが、
日本でもこういった VTRが商品化されたら嬉しいなと思います。
柔道の授業における導入として、生徒に見せてあげたいですね。

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2011年3月27日 (日)

父親の重責

「これ妊娠したよ!ほらほら!!heart04

妊娠検査キットを片手に興奮するヨメとは対照的に、
自分はいよいよ来たか・・・・・・・

という何とも言えない心境でしたsweat02

もちろん、嫌なわけではない。
嬉しくないわけでもない。

端的に言えばプレッシャーを感じた。というところでしょうか。

ヨメロックとは二人三脚で生きていく、という感じ。
それに対して、我が子はその人生を背負っていかなきゃなりません。

成人するまで、有形無形の障害が立ちふさがるでしょう。
それでも、何よりもこの子を育てていかなきゃなりません。

少年時代のあるとき、母親が私にこう言いました。
「お母さん辛くて辛くて、宏二と一緒に死んじゃおうかと思ったことがあるんだよ」

宝寿司の女将として、仕事に家事、育児とまさに年中無休で私達を育ててくれました。
不景気なときや、体調が優れないときもあったはずです。
私達兄弟が大学に進学したいと言い出したときは、本当に困ったことでしょう、
それでもなんとか育ててくれました。

私も、何があっても我が子・巴を育てていかなきゃなりません。

それでも今は、巴の可愛さにプレッシャーも解消されつつあります。
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2007年のブログにこんな記事を書いていました。
http://komlock.cocolog-nifty.com/5669/2007/05/post_38f1.html

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2011年3月20日 (日)

巴☆誕生

3月11日、日本史上稀にみる大災害が日本を襲う
たまたまNHK worldを見ていた私は、念のため日本にるヨメロックに電話を掛けた
たまたまそれがタイムリーだったらしく、奇跡的に電話は繋がった

「もしもし?どうした?どうした・・・・!?」

それは私の台詞だろ!
そう言う前にヨメロックは泣き始め、激しく動揺していた。

 「いちいち泣くな!落ち着いて帰れ!」一喝して電話を切った。

被災当時、池袋のデパートにいたヨメロックは、一時身動きが取れず、
現場のパニックに困惑していた。ちょうどその時、私からの電話が繋がったのだ。
驚きと安心が交錯し、言葉にならなかったらしい。

そんなことも知らず「東北で大きめの地震があったらしい」
程度に捉えていた私は、その後、電話が全く繋がらなくなったこと、
テレビに映る続報を見て、激しく後悔した。

幸い、池袋からは幸運にもバスが出ており、難なく帰宅できたという。

ヨメロックの出産予定日は3月10日であったが、暫く遅れていた。
しかしこの状況であれば、むしろ遅れていた方が良いだろう。
交通網の麻痺、停電、余震、不安材料は幾らでもあった。

アジア形選手権が終わり、交通網が復旧しないままの日本に帰国、なんとか帰宅したのが14日の夜遅く、
実は3月14は結婚記念日(2周年)でもあったため、父親心としては、この日に産まれて欲しかった。
しかし一向に産まれる気配はなく、願いは叶わなかった。

16日、前夜から陣痛らしきものがあるということで通院することになった。
出産はヨメロックの母校でもある東京医科歯科大学付属病院である。
診察の結果、普段であればまだ出産段階ではないらしかったが、
この状況も踏まえ、入院させてもらうこととなった。

ヨメロックの苦難はここからだ本番だった。
通院前は「イテテテテ!」程度のモノだった。
痛みは時間の経過と共に強まり、入院してからは殆ど飲まず食わずだった。
激しい痛みは腰の後ろ側を押すと緩和されるらしく、周期的に訪れる痛みを
義母さん、姉、私が交代して行った。
誰も押してくれない夜中は、痛みが激しく、眠れなかったという。

日付も代わった19日早朝

    「もう耐えられない」

という悲痛なメールが届く。
周りから散々言われていたことだが、こう言うとき男性は何もできない。もどかしい。
その朝、子宮口がかなり広がったらしく、陣痛誘発剤を投与する。
どう転がっても19日誕生するという話だ。ヨメロックの体力も限界に近づいていた。

そんな日に限り、私は朝から会議が連続していた。
学校も、この震災で大幅に予定を変更しており、その対応に追われていたのだ。
会議もそこそこに抜け出し、昼過ぎから出産を待つことになった。
この時からヨメロックは分娩室に移動した。いよいよである。

待っている間、姉と義母さんと、色々なことを話した。
幼少時代、塾やピアノを習わせていたこと、意外とスパルタだった話など、
考えてみると、結婚とその前後、ヨメロックの両親とそれほど多くの会話をしていなかった。
あっという間に時間が過ぎ、終電を気にしなくてはならなくなると、一同がソワソワし始めた。

まだか?また今日も産まれないのか?

そんな気持ちで見守っていた時、ようやく21:30、3154gの元気な女の子が誕生した。
母子共に無事であったとのこと。さすがにヨメロックは疲弊しており、
分娩台の凄惨な現場は、私でも直視できなかった。
お世話になった桃原医師には心から御礼申し上げます。
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予てから宣言していたとおり、娘の名は『(トモエ)』とします。
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講道館という柔道の聖地で知り合った仲ということで、
柔道にあやかった名前にしたかったのですが、さすがに「柔(ヤワラ)」には抵抗がありました。
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初めて日本一(全日本ジュニア)になったとき、初めて学生王者になったとき、
そのいずれも、決勝戦では巴投が決めてとなりました。

2011年3月19日生まれ

小室巴をどうか宜しくお願いします。
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2011年3月16日 (水)

アジア形選手権(本番編)

バンコクでは大会当日まで、午前中に1時間の調整練習を行った。

最初の稽古が終わり、ホテルでNHKを見ると・・・・地震のことは別記したい。

海外で特に注意しなければならないのは、日本の畳が約91cm×182cmであるのに対し、
外国製は100cm×200cmであることだ。間合いの取り方に関して調整が必要となる。

また外国製の畳は非常に滑りやすい。
これはすり足が非常にやりやすい反面、滑ってミスをしてしまうこともある。
投技、特に捨身技などを施す際には充分注意が必要だ。

私と髙野先輩(ブログ「指導日記」)は、ハンガリーでの経験を元に海外仕様の間合い調整と、
礼のタイミングだけをしっかり合わせ、軽く合わせる程度に終始した。
この調整方法は結局、本番まで続くことになる。
本当に力の入った演技、本気の演技は本番でしか出せない。
本番以上の演技は練習では決して出せない。我々の持論である。
なぜなら本番で私は本気で極め、髙野先輩は本気で逃げようとするからだ。

シーゲームといわれる東南アジア大会では数年前から形競技(投・柔)が行われている。
今回、シーゲームで採用されていない固の形、講道館護身術、極の形は
参加組数が少なく、予選を行わず決勝での演技一発勝負となった。
固の形は5組によって競われた。

参加組数は少ないが、ライバルのイランは世界でも3位に入賞している。
この時も見事な演技をしていたが、腕緘でミスをしてしまった。
それでも3位なのだから、侮れない相手である。

そのイランは2番手での演技だった。
私が見る限り、抑込技、絞技では完璧に近い演技だった。
相変わらず関節技の完成度がやや低いのと、所作(移動や姿勢)が仰々しいのを
審査員がどう評価するのか、それが気になるところではあった。

そして私達は4番手での登場だった。
まずは終始慌てて演技をしないこと、姿勢、視線、間(時間・距離)に気をつけ、
本気の演技に取り組んだ。

この時、タイは日本の気候とは間逆で暑く、髙野先輩の腰は調子が良かった。
いつもの3割り増しで、逃げの動作が力強い!

腕緘のではほんの僅かにもたついてしまったが、私達の感覚では
ほぼ完璧の演技をすることができ、勝利を確信した。
松井ドン監督も太鼓判を押してくれた。

結局、私達は540点満点中445点で優勝を果たした。
しかし2位になったイランは442点、その差は僅かに3点だった。
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優勝した喜びよりも、3点差というあまりにも僅かな差に危機感の方が強かった。
大会終了後、小俣幸嗣先生からアドバイスを頂いた。

お前が巧いのは分かってる
でも点数が取れる演技とそれは必ずしも合致していないからな
まだまだ魅せきれてないぞ

日本的な柔道の価値観、形の理合いはもっとも重要視するべき事柄である。
しかし形が競技となり、私達が競技者である以上、勝たなければならない。
つまりは自己満足の演技では駄目だということだ。
例え自分たちの価値観とは相違点があったとしても、外国人審査員が
高得点をつける演技をしていかなければ勝ち抜いていくことは困難だ。
ちょうどそれは、柔道の乱取り試合が直面している柔道の本質と競技柔道の相違点と似ている。

そういった意味で、私達は今後「魅せる演技、勝てる演技」を追求していかなければならない。

2011年は6月にドイツで第3回の世界選手権が開催されるという。
国内選考会も間近に迫っている、休む間もなく、気を引き締め直して連覇を目指したい。

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ちなみに投の形で出場した筑波大の同窓・坂本&横山ペアも優勝、
その他、日本代表は全ての種目において優勝を果たした。

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2011年3月15日 (火)

アジア形選手権(前編:出場に至る経緯)

2011年3月10日、私を含めた日本選手団一行は第1回アジア柔道形選手権大会に
出場するため、タイの首都・バンコクに旅立った。

偶然にもその日は、ヨメロックの第一子出産予定日でもあった。
言い訳がましく思われそうでもあるが、誤解がないよう敢えてここに出場に至った経緯を記しておく。

昨年から寝技指導の依頼が殺到していたため、休日も家を空けることが多かった。
その為、ヨメロックには寂しい思いをさせてしまった。
それに私自身も、過密なスケジュールで少々疲弊していた部分もあった。
そこで私達は「2~3月は週末の予定を一切入れない」という約束を交わした。
もちろんそれは出産に向けた準備と、残り僅かな夫婦水入らずの期間を過ごすためでもある。
意外に思われるかもしれないが、多忙な故に家庭を顧みず、冷え切ってしまった家庭をもつ柔道指導者が多くいる中、私はそれでも家庭を大事にしている方だと自負している。
酒が飲めないので、夜で歩くようなことも滅多にないし、基本的には家にいるか、嫁さんと外出している方を好んでいる。「休日はしっかり休む」というのが私のライフスタイルだ。
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昨年末「3月頃にアジア形選手権開催の企画有り」の打診を受けたとき、
もし代表に選ばれたとしても辞退することをヨメロックに伝えていた。
それは取りも直さず、初産のヨメロックをサポートすることに他ならない。
翌年1月、全柔連感謝の集いの会場で「アジア行くぞ!」の報が届く。
その時は素直に返事をしたが、内心は前述のように断ろうと思っていた。
何しろ出産予定日と大会派遣期間が完全に被っていたのだ。

それとなく、家庭的な事情を日本代表監督の松井ドン勲氏に相談してみると、
「心配しなくて良いよ、代わりは幾らでもいるんだから」
満面の笑顔で、そう突き放された。。。
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柔道と家庭、どちらが大切かなどというのは愚問だが、今回ばかりは勝手が違うだろう。
しかし、ヨメロックと義母は意外なことを言った。

初産だから予定通りとはいかないし
辞退したらもう選んでもらえないんじゃない?
諦めて予定通り産まれなかったら、それこそ後悔するんじゃない?
行ってきなよ!

頼りない、子供のようなヨメロックを放っては行けないと思っていたが、気丈にも出場を許してくれた。
義母も青森から事前に上京し、出産前後をサポートしてくれることになった。

こうして私は様々な障害を乗り越え、固の形日本代表として決戦の地、バンコクへと旅立ったのである。

もちろん、この時はまだ未曾有の大災害が日本を襲うことは予想だにしていない・・・


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2011年3月 8日 (火)

4/3公武堂MACS主催柔道セミナー第2弾開催!

4/3公武堂MACS主催柔道セミナー第2弾開催!

公武堂的柔道交流空間 LIVE 柔道vol.2 (らいぶじゅうどう)
~「中/高校生からはじめる寝技/関節技」~


昨年11月3日に開催し、多くの反響を得た柔道セミナー「LIVE柔道」。
"受講特典は、使える技術を持ってかえって!"の基本コンセプトのもと名古屋/大須
の武道&格闘技SHOP「公武堂MACS」が東海エリアの柔道家を対象に毎回トップ選手や
指導者を招き、その高い技術をLIVE(生)で体験し参加者の技術向上や柔道のさらなる
普及、発展を目的に定期開催しているセミナーイベント。
第2回は「中/高校生からはじめる寝技/関節技」をテーマに柔道”形”世界王者小室
宏二・五段を迎え4月3日に開催。  今回も中部エリアの柔道家のさらなるレベルアッ
プはもちろんのこと、柔術家やグラップラーなど組技系技術を強化したい方々にも広
く開放した、「気軽に本格的」な技術指導セミナーとなります。

中学生以上であればどなたでも参加OKです


第二回の講師
"寝技師コムロック"小室宏二 五段

2010世界「形」選手権大会世界王者にして"コムロック"の愛称で総合格闘技界にも馴
染みの多い小室宏二・五段。
寝技のスペシャリストとして強力な極めをほこり、オリジナル技「コムロック」を持
つ。講道館や国内、世界各地での指導経験も豊富で、わかりやすく丁寧なため選手や
指導者問わず高い評価を得ている。

★ 公武堂的柔道交流空間 LIVE 柔道vol.2 ~「中/高校生からはじめる寝技/関節
技」~

主催/株式会社公武堂 企画/株式会社クエスト 協力/愛知県柔道連盟 水野博介

<開催日時>
2011年4月3日(日)
13:00~16:00予定(12時より受付/入場可能)

<開催場所>
会場:愛知県武道館柔道場
〒455-0078 愛知県名古屋市港区丸池町1丁目1番4
TEL 052-654-8541 FAX 052-654-8540
http://www.aichi-budoukan.sakura.ne.jp/

<内容>
●柔道セミナー 小室宏二 五段が直接指導するセミナー
●DVDご購入者サイン会や記念撮影
●新作DVD ザ・コムロック World Wideや書籍固技教本、柔道着の販売

<参加費>
1. 参加受講券¥1,000-
定員多数により当日の受付ができない場合がございます。開催前日までに公武
堂MACS(052-241-2511)でご購入/電話予約いただくと便利です。
※遠方の方には便利な当日受け渡しのできるご予約を承ります

<ご注意>
※ 定員に達した場合、まことに勝手ながら受講を締切らせていただきます
※ 原則、セミナー中のビデオカメラ、携帯での撮影は禁止させていただきます
※お子さまやお連れの方の見学、入場は無料です(会場でのルールに従ってください)
※参加の方は、セミナー当日12時より受付いたしますので受講券を忘れずにお持ち下
さい。
受付後、早めに会場へ入っていただき着替え等を事前におすませください。
※参加に必要なものは各自ご用意ください(気になる方は事前にお問合せください)
例)
・道衣(女性はアンダーシャツも)
・着替え
・タオル、テーピング類
・飲料、軽食(会場でのルールに従ってください)
・記念撮影用カメラ、サイン色紙やペンなど(会場でのルールに従ってください)

そのほかご質問がございましたら事前にお問合せください

<連絡先>
★イベントについて
愛知・名古屋 公武堂MACS 
460-0011愛知県名古屋市中区大須3-5-15
052-241-2511 http://www.koubudo.co.jp/
※地下鉄名城線「矢場町」駅  4番出口(パルコ東館前)から名古屋高速方面に向かい
徒7分程

★商品に関するお問合せ
株式会社QUEST  Tel:03-3360-3810

「セミナー詳細(pdfファイル)」をダウンロード
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2011年3月 2日 (水)

サイン本を発売中

大変好評を頂いております拙著「柔道固技教本」ですが、
eJudoさんで書評を頂いております。

Ejudo
またeJudoさんではサイン入りで販売させていただいております。どうぞご利用下さい。

http://www.ejudo.info/book/technique/000451.html2011030216160000

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