« 2010年10月 | トップページ | 2010年12月 »

2010年11月

2010年11月16日 (火)

【コムロック×袖車絞】パッチ発売中

以前、柔術や他の格闘技の大会に出場するときはRJJというチーム名でした。
RJJとは・・・

Real
Japan
Judo

の頭文字を取ったモノで、他のチームでそういった命名のチームがあったので、
惜しげもなくパクりました。

さて、そんなRJJも自分が他競技に出なくなったことで風化寸前だったのですが、
足立学園の同級生オカロックが柔術を始めたことにより復活しました。
フォト
足立学園で共に稽古した彼の得意技は・・・・・

コムロックと袖車絞です!

現在、彼は柔術茶帯として活躍しており、RJJも彼が運営しております。
RJJは柔術サークルとして埼玉県で活動しています。RJJホームページ

さてそんなオカロックが、得意技を冠したパッチ(柔術衣に貼る布)を作成しました。
カラーは黒、紺、青の3色
大きさは(全体12×38cm、プリント4.5×29cm)
1枚1,500円(送料無料)です。

S_002_2
購入希望の方はRJJホームページまで!

| | コメント (11) | トラックバック (0)

2010年11月14日 (日)

「国士舘の穴」事件

今日は国士舘世田谷キャンパスで開催された世田谷区民大会に行ってきました。
今回は3人の生徒が出場です。

結果から先に報告しますと、それぞれが1~2人抜きを果たし、
勝利を経験することができました。
中学1年生の二人は初めての勝利です。(試合結果:都市大付属柔道部ブログ)
P1010864

引率した私は審判を仰せつかりました。
いまは区民大会でも国際規定です。
国士舘中学の補助係りが「小学生って抑え込み何秒?」と言っていたのが
印象的でした。

さて本題です。

小室君!

ある先生に呼び止められました。
講道館職員時代、一度だけ寒稽古で乱取りをした記憶がありますが、
大変失礼ながらお名前は存じ上げませんでした。

これ、君にあげるよ。

と、黒い靴下を預かりました。
(え?靴下なんかいらないけど?)

一度だけ履いたけど、洗濯したヤツだから。
まぁ~100万円だな(笑)

はぁ・・・?!

全く状況が把握できません。

もう履き替えちゃえよ

いや~・・・・sweat02
いただいた中古の靴下を、今ここで履き替えろってどうよ?


穴あいてるぞ

はぁぁう!!

すぐに足先を見ると、穴は空いていません。

踵だよ

ふと踵を見ると、あり得ないぐらい巨大な踵がモロ出しになっていました。
P1010865
恥ずかしいなんてもんじゃありません。
これが世に言う、『国士舘の穴』事件の真相です。

靴下の先生、本当にありがとうございましたm(__)m

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年11月10日 (水)

嘉納治五郎の名言

精力善用

自他共栄

柔道家なら誰でも知っている言葉ですが、他にもいくつか遺されているそうです。

そんな言葉をいくつか見ていて、自分の好きな言葉を見つけました。

勝って、勝ちに傲ることなく、
負けて、負けに屈することなく、
安きにありて、油断することなく、
危うきにありて、恐れることもなく、
ただ、ただ、一筋の道を、踏んでゆけ。

1618968062_107

自分は最後の一行が好きです。

『柔』がただ人を倒すための術ではなく、人生の道であり、教育である。
『柔道』の最終的な目的は世を補益することである。
その意図が言葉に表れています。

ある時、小学生時代に同じ道場だった人に再会しました。
当時は講道館の職員だったので、近況を報告すると

「もの凄く真っ直ぐに生きてきたね」
と言われました。

もちろん敷かれたレールでもありませんでしたし、平坦でもありませんでしたが。

ただ、ただ、一筋の道を・・・・

ゆけ!

って言われているんですから、行くしかありません!

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2010年11月 6日 (土)

奨学金完済

2010年10月、約10年120回の分割で返済していた奨学金を完済しました。
北区社会福祉協議会で借りた総額は約220万円です。

思い起こせば高校3年生の秋、珍しく家族4人が揃い、将来について話し合いをしました。
その中で父は申し訳なさそうに私にこう言いました。

お前達兄弟二人を揃って大学に行かせるお金はない
宏二は次男だから諦めてくれないか?

次男だと諦めなきゃいけないのか?率直にそう思いました。
ただ、これで大義名分が出来た。苦しい練習から解放される。
辞める正当な口実ができる。
とも思いました。

それでも私は諦めることができませんでした。

ここで諦めたら一生後悔する。
家庭環境やお金を言い訳にして、愚痴ばかり言う大人になってしまう。
諦めるのは全力を出し切ってから。それからでも遅くはない。

そこから私は独立を決意し、大きく変わりました。
アルバイトと奨学金をやりくりして、なんとか学生の4年間を乗り切りました。
仕送りは一切無しです。正直、辛いことも多かったです。
他の学生と同じとはいかないことも多々ありました。

それでも自分で選択した道、親には頼れない、そういった切迫した
環境が、自分を強くしてくれたとも思います。

奨学金は沢山応募し、お世話になりました。
他にも伊藤謝恩育英財団(給与)、日本育英会(貸与)からも借りていました。

大学を卒業したとき、教員になると返済が免除になるという制度はなくなっていましたので、
育英会と北区社会福祉協議会、合計で450万円ほどの返済が待っていました。

450万円・・・・

決して少ない額ではありません。
卒業直後は途方もなく分厚い返済計画書を見て、憂鬱にもなりました。
しかし、コツコツと滞ることなく返済してきました。

了徳寺学園で高給を貰っていた時期もありましたが、
学費と生活費以外は全部実家に送っていました。
大金の入った封筒を両親に渡すことが、自己満足でした。

なので、返済は早まることも遅延することもなく、計画通り10年掛かりました。
数年前に育英会は完済しましたので、今回の北区社会福祉協議会の完済を持って
全ての奨学金を完済したことになります。

感慨深いモノがあります。

あのとき、諦めなくて本当に良かったと思います。
奨学金なくしては学生生活は1年も続けられませんでした。
ご恩に対して、誠意を持って返済をしてきました。

奨学金制度に
両親に
筑波大学に
あの時に自分の決断に

心からありがとう!

そんな感謝の気持ちでいっぱいです。
Img028

| | コメント (7) | トラックバック (0)

« 2010年10月 | トップページ | 2010年12月 »