全日本選手権は穴井選手が初優勝を飾り、無事に閉会した。
興奮冷めやらぬ武道館を足早に去り、僕は警察署に向かった。
銭湯の店長が、被害届の提出することを強く勧めたからだ。
正直な話、僕は警察が好きではない。
だから職業選択をする時期、警察官という選択肢はなかった。
誤解のないように、警察という組織が嫌いなだけで、
特定の誰かが嫌いというわけではない。
もちろん、前科があるわけでもない。
あまり気は進まなかったが、何か展開があるかもしれないと、
被害届を提出することにした。
再び銭湯に電話をし、所轄の警察署を教えてもらった。
そこは・・・・
高島平署だった。
高島平・・・
高島平警察署と言えば、講道館少年部にも多くの子供達が稽古に来ている。
知らぬ間柄ではない。
それ以上に、その署には僕の教え子がいるのだ。
その子は足立学園講師時代、3年間指導した生徒で、
僕の経歴でも関わりの深い生徒だ。
足立学園を卒業後は警察官となり、今は高島平署に勤務している。
よりによってこんな恥ずかしい事件で、彼の元を訪れることになろうとは。。。
どうせ話の展開で、彼の耳に届くのは時間の問題と判断した僕は、
事前に彼に事情を説明し、訪問した。
言葉遣いや姿勢など、高校時代からは見違えるように成長した彼は、
署の前でじっと僕の到着を待っていた。
話は早かった。
彼が刑事課まで案内してくれ、担当者まで繋いでくれた。
ことの経緯は既に伝わっていた。
刑「小室さんは柔道をやっているんですか?彼(教え子)とは友達か何か?」
5「教師をしていまして、彼は私の教え子なんです。」
刑「さっきまでテレビで柔道やっていましたけど」
5「はい、武道館から直接来ました」
刑「え?試合に出てた!?」
5「いえいえ、係員としてお手伝いしていたんです」
そんな会話をしながらも、調書?(被害届?)は書き込まれていく。
隣の取調室では、TVで聞いたような展開が繰り広げられていた。
刑事「お前を待っている子供達がいるんだろうが!何してんだ
」
おばさん「ふぇぇ~
すいません・・・
」
フッと、この時間帯からするとカツ丼が出るのかなと思ったが、出ることはなかった。
精神的負担からか、食欲は全く無かった。
調書は進み、財布や手の全面から指紋を採取した。
財布に残った指紋は、決定的な証拠になるため、
盗られたことが分かった時点で、ベタベタ触ってはいけないらしい。
時計のシリアル番号を伝えた。
これは盗られた時計の個体番号で、、これを元に全国の質屋などで、
売却されていないかを調べて廻るらしい。
その後すぐに、担当刑事は防犯カメラを確認し、銭湯に向かった。
僕はお金を盗られた時点で、全てを諦めていた。もう取り戻すことはできないと。
冷静ではなかった部分もあると思う。
しかしあの時、すぐに被害を店長に報告し、
防犯カメラを確認しつつ警察に届け出ていれば、
自体は急展開を迎えたかもしれない。
だって防犯カメラには、犯人の服などがリアルに映し出されているのだから。
お金は誰のモノか判別できないが、時計だけは誰のモノか判別できる。
再び、後悔の念が僕を埋め尽くす。
せめて時計だけでも戻ってきてくれないか。
結婚の記念に、半生身につけるつもりで買った時計、
それが1ヶ月も経たぬうちに盗まれてしまった。
それが今どこにいるのか。
売れれていれば、あるいは消息が掴めるかもしれない。
犯人が身につけていれば、もう二度と見つかることもないだろう。
それ以上に、盗られてしまった僕の愚かさ、無力感。
哀しさを表に出さず、じっと我慢している嫁。
円満に過ごしている新婚生活に、深い闇が二人を覆い尽くした。
帰宅すると、いつものように沢山の料理を作り、嫁が出迎えてくれた。
表面上、嫁はいつもと変わりがない。
唯一、何か僕がミスをする度に
「そんなことだから時計無くすんだよ┐(´д`)┌ヤレヤレ」と言うようになった。。。。
つづく
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