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2009年3月

2009年3月26日 (木)

入籍

突然のご報告ですが、私たち・・・
heart01入籍いたしましたheart01
Ssany1509

要するに結婚したってことです。3/14のホワイトデーに。
僕はマカオに出張airplaneしていたので、親父に付き添ってもらい、
北区役所に提出してもらいました。

マカオの人達も「こんな大事なときに、ココにいて大丈夫なの?」
と驚ろいていましたが、現地でもお祝いしてくれました。
2009macau_017

ちなみに、デキちゃった婚ではありませんよ、念のため。
夏休み中の8月、バリ島での挙式を計画しています。

気になるお相手ですが、柔道とは全く関係ない歯科衛生士(25歳)です。
いや、5%くらい関係あるかな。
彼女は講道館の7階、歯科医院に勤務しています。
出会ってすぐ意気投合し、お付き合いが始まりました。
可愛いのはもちろんですが、何でも好みが合うのと、
お互いもの凄くポジティブな性格が、結婚への決め手になったと思います。

ただ、暫くは一緒に住みません。いきなりの別居です。

そのうち、子供も出来ると思いますが、僕が女の子だったら
(ともえ)
にしたいと思っているんですが、完全否定されています。
 ※柏崎先生の娘さんもトモエさんなんだそうです。

男だったら何でもイイです。
ただカタカナのような名前を漢字にするのはイヤですね。
まだ妊娠もしていないのに、これが夫婦喧嘩の種ですannoy

よく柔道家の親は「子供に柔道はやらせるの?」なんて話になりますが、
競技者として育て上げるつもりは一切ありません。

ただ僕は両親が働く姿を毎日見て、格好いいと思い、そして感謝してきました。
体育教師として指導する姿は見て欲しいので、そういった意味では
柔道は少しだけやらせようと思っています。

リキ(小学5年)からは
『先生もやっと結婚したのか~┐(´д`)┌ヤレヤレと、
親戚のおじさんのようなことを言われましたsweat02

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2009年3月17日 (火)

マカオタワーでスカイウォークX

いま講道館の派遣でkissmarkマカオkissmarkに来ています。
飛行機で香港まで飛びairplaneフェリーで1時間、マカオに到着しましたship

マカオでは昇段試験に備え、形なども指導する予定でしたが、
現場のニーズが『ひたすら技術だけを教えてほしい』ということで、
出発前、1ヶ月も練習してきた柔の形が出番無しになりました(;ω;)

また指導のほうも、学校や仕事があるので夕方2時間きっかりの制限があります。
なにげに「教えたがり」の僕としては、少々物足りないのですが、
その分、食事や観光にひっきりなしに連れて行ってもらえます。

ただ僕は海外での買い物には一切興味がなく、マカオについてもあまり知らなかったため
「マカオタワーに行ってみたい」と軽く言ってしまいました。
(以前、テレビでバンジージャンプをしているのを見たことがあったのです)

さすがに僕は飛び降りれないので、外周を回る
スカイウオークXというのに挑戦しました。

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この気合の入りようから一転sweat02

Img_6928 Img_6949
このビビリ具合sweat01sweat01

歩くどころか、立つのでさえ怖いです。半端じゃなく高いです。
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しかし慣れというのは怖いもので、徐々にインストラクターの指示する
危険なポーズも取れるようになっていきました。
写真はすべて、そのインストラクターが撮っています。
Img_6935 Img_6944  Img_6953

終わったころには、手のひらや足の裏が汗でびっしょりでしたsweat01
一度、スカイダイビングやバンジージャンプをしてみたいと思っていましたが、
もうこれで十分です。

珍獣ハンターイモトは一日で5種類くらい飛んだかと思いますが、彼女はすごい!
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2009年3月 4日 (水)

惜別の刻2 -講道館を退職-

突然ではありますが・・・
講道館を退職することになりました。

まずはそこに至った経緯をご説明します。
不祥事でも解雇でもございませんdash

先日、足立学園の卒業式に行ってきました。
早いモノで、僕が足立学園を辞めて3年が経ちました。
中学時代の3年間、僕が教えていた学年がちょうど高校を卒業するわけです。
Photo

足立学園での経験は、僕には貴重な経験であり、思い出でした。
自分にとって『教師は天職だ!』そう思えました。

思い起こせば小学生時代「柔道を生かした職業に就きたい」
と考えた僕は、実家である宝寿司の跡継ぎを考えました。
事実、小学校の卒業文集では跡継ぎになると宣言しています。

中学生になり、寿司屋の営業が夜間であるのに対し、
道場の稽古も殆どが夜であることに気付き、これは両立できないと悟りました(笑)

次に考えたのが教師でした。
当時は「教師びんびん物語」や「金パチ先生」が全盛期でした。
その影響は果てしなく大きいと思います。

講道館に勤めてから少年柔道(小学生)に携わり「柔道とは教育だ」
ということを深く考えさせられました。

柔道の技術を教えるだけではダメで、勝った負けただけでは、せっかく講道館で
学ぶ価値がない。そう思えば思うほど、教職への復職を考えるようになりました。

しかし教員採用試験は連戦連敗で31歳になり、もう殆ど諦めていました。
今年でもう終わり。
そう思いながら出した書類が1次を通過し、2次、3次、最終・・・・
いつのまにやら採用通知が届いてしまいました。奇跡としか言いようがなかったです。
あるいは運命だったのかもしれません。

しかしいざとなると、講道館に残るのか、教職に戻るのかの選択には悩みました。
実際、学校への回答期限も2度伸ばしてもらい、決断を躊躇しました。

そして僕が下した決断が、前述の通り教師への復職です。
4月からは東京都市大学付属中高(現:武蔵工大付属)の体育教師になります。

残念ながら男子校です。(セクハラ事件は起きませんkissmark
残念ながら偏差値が高いです。(62くらい)
そして残念ながら柔道部はありません。(同好会が4名)

1g ※柔道場はけっこう立派
1からではなく、まさに「0(ゼロ)」からのスタートと言えるでしょう。

決して強いだけの生徒ではなく
「小室先生の教え子?だからしっかりしているんだね」
と言われるような生徒を世に送り出したいと思っています。

また「近くに寄ったんで顔出しました」なんて、卒業生が気軽に顔を出せるような
そんな雰囲気のクラブにしていきたいと思っています。

そしてまずは、僕が教員大会に出て優勝を目指します!

講道館では、他では経験できないような貴重な経験を積むことができ、
そして貴重な出会いがありました。

  • 国際大会:台湾国際、タイ国際に自費で参加させて貰えました。
    優勝できなかったのが残念ですけど。
  • 海外出張:アフリカや東南アジアに行かせて貰いました。
    また個人的にラオスに行ったり、北京五輪を観戦できました。
  • 国際セミナー:協力隊の研修や、それに参加してきた外国人指導者と
    繋がりを持つことが出来、それが世界的なネットワークになりました。
  • ‘形’:本家で‘形’を専門的に学ぶことが出来ました。
  • 多くの人との出会い:講道館には沢山の人が出入りします。
    そうした中での出会いは、僕にとっての財産になりました。
  • 少年指導法:まだまだ指導者としては未熟ではありますが、
    小学生への指導が一番難しいと考えています。すぐ飽きちゃうし・・・
    絞技、関節技を教えられない、そうした中での試行錯誤が、
    指導者としてのスキルを伸ばしてくれました。

残りは1ヶ月にも満たない期間ですが、引き続き宜しくお願いします。

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2009年3月 2日 (月)

DVD試合に勝つ!柔道 連絡技・変化技を極める!

筑波大学の恩師である、小俣幸嗣先生が新書を発表し、
それをプレゼントして頂きました。

今回、画期的なのはこれまでのような入門編的な内容ではなく、
『連絡技・変化技に特化した内容』であるということです。
 注:連絡技とは自分の技から自分の技へ(別名・連続技)
    変化技とは相手の技から自分の技へ(別名・返し技)

例えば「膝車からの連絡技」として
膝車、大外刈、払腰、背負投、一本背負投、大内刈、出足払と
バリエーションも豊富です!オールカラー、DVD付きです!
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『「連絡変化の可能性は無限にある」と書いてある本は沢山あるけど、
具体的にどれだけ見せてくれという要求に応えた本はない』
と仰っていました。確かに、連絡変化に特化した本はこれまで無いですね。

さらに「貴殿(小室)の次回作のヒントは、90頁下段の最後にありそうです」
という言葉も頂きました。
そこには『連絡・変化には投~投、投~固、固~固、固~投があるが、
本書では投~投の連絡変化だけを紹介している』
と書かれています。

つまりは「固技の分野はお前に任せるぞ」
という風に受け取らせていただきました。
まだ本の方は出せていませんが、既に次回作のテーマは決まりました。

今回、小俣先生と共著という形で、実演を行っているのが坂本道人(福岡大教)です。
彼は筑波大学での同級生で、キャプテンでした。
人望が厚く、真面目で強くて業師で、僕の代では信頼できるキャプテンです。
広島出身の彼は良く「じゃけぇ、さっきから標準語でしゃべっとろ~がannoy
と言って、東京出身の僕を怖がらせていました。

ちなみに、モデルは青い道衣を着ているので講道館売店では販売していません。
ネットでの通信販売が手っ取り早いですねdown送料は無料です。



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