焼き場に立つ少年
話し好きな母とは対照的に、父はあまり昔のことを話さない。
ある年、日本武道館に柔道の試合を見に行った帰り、靖国神社に寄った。
父は「ここには爺さんのお墓があるんだぞ」と言った。
単純な僕は「こんな大きなところに!スゲー!」と思った。
僕にとってのお爺さん、つまり父の父は、戦争に行ったまま帰ってこなかった。
それは父が産まれて間もなくだった。父は母子家庭で育ったと、後になって気付いた。
父は芋類が嫌いだ。
嫌と言うほど食べさせられたらしい。
「じゃあ俺も寿司が・・・」ぶっ飛ばされると思って、言うのを止めた。
終戦から60数年が経ち、戦争を体験した世代は少なくなる一方、
僕らは戦争のことなど、サッパリ分からない。
海外での戦争だって、まさに対岸の火事だ。
テレビで流される報道は、まるで映画のようにしか見えない。
講道館と袂を分かち、独自に寝技を進化させた高専柔道、
これもまた戦争の被害者に他ならない。寝技の進化は、戦争によって足止めされた。
たまたま戦時中の資料と、高専関係のことを調べていたら、こんな写真を見つけた。
ジョー・オダネル「焼き場に立つ少年」
(一部引用)
火葬場に幼子を背負い、やってきた少年は裸足のまま直立不動だった
身じろぎもせず、炎を見つめ、他だじっと立ち尽くし、唇を噛み締めていた
やがて大人達が背負っている幼子を抱き上げ、そっと炎の中に・・・・
その時私は幼子が既に死んでいたことに気付かされた。
読んでいて身震いがして、涙が出た。
こんなにも強い少年がいるのかと、驚かされた。
悲壮なまでの決意、覚悟が身体から滲み出ているように見える。
柔道の究極の目的とは、柔道修行によって心身を鍛練し、
自己を完成し、世を補益する(社会の役に立つ)ことにあるという。
この世代に人達は、日本を立て直す、家族を守るというような
色んなモノを背負って生きて来たんじゃないかと思う。
だってみんなパワフルだし。
子供にも、大人にも、お薦めの一冊です。
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