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2008年6月

2008年6月27日 (金)

ルールの特殊な例の解釈

全柔連のHPに 「ルールの特殊な例の解釈」 というのが載っていました。

2008.3.17
全日本柔道連盟
ルールの特殊な例の解釈
(1)マウスピースの着装は歯の矯正のために固定されたものは問題ないが、
脱着可能な物質は飲み込む危険性や相手に危害や不快さを与える可能性
があるので禁止とする。
(2)下穿の下に着けるスパッツ等の長さは、膝よりも短いことを原則とする。
(3)頭髪に着け毛等をすることは禁止する。

コレによると、マウスピースは禁止になったんですね。
知りませんでした。
以前はOKだったんですけど、その理由が
相手に不快感を与えたり、危害を加えるおそれがあるって。。。
ホンマかいな?

着脱可能だからとはいえ、誤って飲み込むこともあり得るのでしょうか?
そうしたら打撃系格闘技でも危なくて使えないですよね??

ちなみに僕はマウスピースを別の用途に使っています。
夜、寝るときに着けているんですけどね。
(コレについてはまた別の機会に・・・)

今度、練習の時にも装着してみようと思います。

さてロングスパッツ。これも試合では禁止のようです。
先日の紅白試合では、これを穿いて出ている選手がいましたが、
本当は禁止なんですね。

冬場の講道館は死ぬほど寒く、その時期は僕もロングスパッツを穿いています。
ただ淑徳大で指導する際、寝業の指導ではロングスパッツの方が良いのかなと思います。
だって腕挫十字固を指導するときなど、
僕のすね毛が学生の顔に当たったらイヤでしょうし。
僕が女子大生だったら嫌がると思います。
まぁ、ワキガよりはマシでしょうけど。

着け毛をするヤツはいないかなと思いましたけど、
女性がエクステ(?)とか着けたまま試合することもあるのでしょうか?

男性には関係のない話かと思いましたけど、
そういえば高段者大会で、明らかにカツラ被った爺さんがいたなぁ(笑)

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2008年6月24日 (火)

タイ国際に挑戦

タイ国際に出場します。

いきなりですけど。。。

7/11、12とバンコクで開催されるタイ国際に挑戦することになりました。
もちろん、強化選手でもないので
自費での参加です。

今回も73kg級での挑戦となります。
今は70kgくらい。夏バテも相まって、そこそこ絞れています。

なぜ今更、そんな挑戦をするのかと言えば、
柔道が好きなんですheart02『面白い』と言ってもいいかもしれませんね。

酒もタバコもギャンブルもやらない僕は、柔道が趣味みたいなもんです。
(あ、アッチは好きです
lovely

緊迫した緊張感の中で、勝負をする。
これ以上のギャンブルはないです。

コレが最後と思った台湾国際、なんだか悔いが残りました。
あの時よりも確実に弱くなっています。
でも寝技の技術は向上しているはずです。
こんなスリリングな経験は一生涯で、もう最後かもしれません。
だから思いっきり勝負を楽しんでこようと思います。

そして今回のテーマは
『脱力!
心と身体の力みを一切せず、少ないスタミナを有効活用する。

「じゃ、一本稽古しましょうか」
的なノリで勝負しようと思っています。
この挑戦のために、冬のボーナスを少し残しておきました。

そしてこの試合映像を、DVD次回作の特典映像にするため、
ハイビジョンのビデオカメラxactiも購入(\60000)しました。
あとは頑張るだけですsign03

既に準備は着々と進めています。
色黒で変形柔道する選手との乱取り、
巨漢選手との乱取りで、外国人対策はバッチリです。
そんな稽古の風景をどうぞ。

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2008年6月17日 (火)

きくちゃん

おめでたいお話ですribbon
僕の同級生・キクちゃん(足立3中&足立学園)が結婚します。

Kikuta

中学1年の時、同じクラスだったキクちゃんを
脅かして柔道部に入部させました。

勧誘ではなく、脅迫して入部させました。

結局、キクちゃんは「辞めなかったんじゃなくて、怖くて辞められなかったsweat02
と言って、大学卒業まで10年間、柔道をやりきりました。

そんなキクちゃんが結婚します。コブー(中学時代のあだ名)のくせにannoy

「俺の人生を変えた出会いだったから、コムちゃんスピーチしてよ」

本当に脅迫しただけだったのに、そんな風に言ってくれました。
もちろん緊張しますが、快諾です!

気合い入れずにはいられません。
一肌脱ぎます!
てゆーか脱ぎます!

709250_4174975184s (中央5669、右がキクちゃん。正和の披露宴にて)

と言ったら「結構、立派な式場だから、脱ぎ系は勘弁して」とのこと。。。

足立学園の教員時代、徳原先生から学んだことのひとつに、
人との義理を大切にする
と言うのがあります。

僕も友人の冠婚葬祭は何が何でも参加するつもりです。

しかし・・・・

今回、講道館の夏期講習会(1部)とバッティングしてしまい、
どうしても、どうしても参加することが出来ません。
スピーチに関しては涙あり、笑いありの絶妙な演出を企画していたのですが。。。

そんな訳で、結婚式の二次会には遅れて参加し、
またその報告をここでしたいと思いますが、
彼にまつわるエピソードを。。。

足立3中に進学した僕らに、徳原先生はこう言いました。
「お前達だけじゃ少なすぎる。一人につき、一人一般生徒を勧誘してこい」
僕たちは徳原先生が中学から強化を始めた最初の生徒です。
なので部員が殆どいませんでした。稽古相手の確保です。

僕は「こむろ」
キクちゃんは「きくた」

出席番号順では僕の1コ前でした。
手っ取り早く、僕はキクちゃんを勧誘しました。

キクちゃんは当初、「RPG研究会」という訳の分からない
オタクっぽいクラブに入ろうとしていましたが、
「おい、柔道部入らないとどうなるかわかってんのか」
的な猛烈な勧誘で、渋々入部を決めました。

素人のキクちゃんが、打倒・国士舘中、弦巻中を目指す
集団で稽古するのは筆舌に尽くしがたく、辛かったと思います。

稽古相手は僕らか、足立学園の高校生です。
殆ど投げることなく、一日の稽古を終わることも多かったでしょう。
絞技から逃れる練習では、悲鳴を上げながら何度も絞め落とされていました。
立ち技乱取りでは、頭を打つ度に「菊田は受身のやり直し100回!」
と言われ、スポンジの着いたヘッドギアをして稽古をしていました。

前述のように、怖くて『辞めたいって言えなかった』というキクちゃん。
そんなキクちゃんも、徐々に力を付けていきました。

どういうわけか関西の大学で柔道を続けたキクちゃん。
4年生の時にはとうとう「全日本学生体重別」の73kg級に出場しました。

僕とキクちゃんは、すぐ近くの控え室で、
試合の前後でお互いに声を掛け合いました。

キ「減量にビビって体重落とし過ぎちゃったよ」
5「俺も階級上げたら、65kgしかなかったよ」

キ「1回戦勝った?」
5「勝ったよ。もう1つ頑張ろっ!」

いつもお調子者的存在のキクちゃんが居たので、
なんだかリラックスして試合に挑めたことを覚えています。

先日、足立学園に行くと、新入生を見ながら徳原先生がこんなことを言っていました。

徳「こいつは強くなるかな~?」
5「辞めずに続いたら、モノになりますよ」
『そうだな。菊田も受身から初めて強くなったモンなぁ』

キクちゃんにまつわるオモロー!な話しは、二次会に参加した後、
また書いてみようと思います。

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2008年6月11日 (水)

柔道家であり格闘家

訃報です。

コンテンダーズを主催する和術慧舟會の
守山竜介さんが交通事故で亡くなられました。
(格闘技情報のBoutreviewに詳細が掲載されています。)

僕は人の夢と書いて『(はかない)』と読む、
この字が好きなんですが、それにしたって無情です。

僕は守山さんにとても恩義があります。

柔道家としての身分を保持したまま、コンテンダーズの
リングで試合が出来たのは、守山さんのお陰です。

柔道界と決別し格闘技界に飛び込む選手、今はそう珍しくありません。
でも僕がコンテンダーズに挑戦したころ、
現役の強化選手がリングに上がること自体、あり得ないことでした。
しかも身分を保持したまま。

それは柔道家であった守山さんが、全柔連に直接掛け合ってくれた
ことで実現したことです。

それがあるからこそ、いま自分は柔道界に存在して、
講道館で働くことが出来ているのです。
感謝しきれません。

トラックに牽かれるなんて、本当に痛かったでしょうね。。。
サイドブレーキぐらい、しっかり引いておけよ!annoy

僕の携帯には、守山さんを含め、故人のアドレスが残されています。
もう通じるのことのないこのアドレスを消去してしまったら、
もう記憶さえも消去してしまいそうで、消すことが出来ません。

故人のご冥福を心からお祈りします。

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