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2008年5月

2008年5月30日 (金)

北区民大会

今更なんですが、3月に行われた北区民大会について書きます。
いま僕は北区柔道会に在籍しています。
なんだか色々と役職を任されつつあるのですが・・・

やれる仕事も限られているので、今回は審判をやってきました。

平爺のコラムでも書きましたが
「宏二が審判できるの?選手じゃなくて?!」
「宏二がもう大人か~早いもんだ」
などなど茶化されながら審判をしてきました。

僕の同級生(小中高と一緒)の子供が既に小学生で、
試合に出場していましたが、緊張しすぎて
思うように動けなかったようです。
お父さん(つまり同級生)はもちろん、お爺ちゃんも応援に来ていましたが、
なぜかその中に、ウチの親父まで合流していましたsweat01

審判をしているなかで、気が付いたことをいくつか。

>狭い
会場は正規の試合場が1面とれる小さな道場ですが、
そこを2試合場に分けて進行していました。
場外を仕切るラインギリギリまで観客が座っていて、
狭いなんていうモンじゃないです。
場外際、攻防での危険性はもちろん、火災時にパニックになるのは
明白です。予算を追加してでもアリーナを会場にするべきだと思いました。

>幼年の部
5歳以下の未就学児に試合をさせる意味があるのでしょうか?
礼も出来ない。受身も出来ない。そのレベルが殆どでした。
試合と練習の違いもよく理解していないように思えます。
親や主催者のエゴで、無理に試合をさせなくてもイイと思います。
何より、何人も頭を打っていたので危ないと思いました。

>有段者、高校生の部
これは僕の身勝手な意見なんですが、
初段、二段、三段・・・
高校1年、高校2年・・・
という区切りにしないで『有段者の部』で区切ってはどうでしょうか?
たかの先輩が出場した墨田区はそういう区分らしいので。
そうすれば、僕も高校生・大学生に混じって試合が出来る。
ただそれだけなんですけどね~。

話は変わって。。。

この子はシンノスケと言います。
講道館(春日クラブ)で練習していますが、北区民なので参加していました。
この時はベスト8で敢闘賞だったかな?
楽しそうに試合をしているのが印象的でした。
ちなみに、同小(同じ小学校)です。
東十条小学校の後輩なんですねscissors
Dcf_0095
嘉納治五郎師範の幼名も「しんのすけ」だったそうですから、
彼も将来はもしかするかも知れません。

コチラは僕の小学校2年生の頃。
ぷりぷりしています。
子供のくせ、この頃から既に巴投なんか仕掛けていました。
Photo

ある年、東京は大雪snowでした。
僕の膝上まで雪が積もり、交通はパニック状態でした。
僕はライバルの田崎元久(現・道都大学監督)に破れ、
会場外で泣いていました。

父親が僕を探して出てきました。

父   「閉会式始まるぞ。早く戻れ!」
5669「2位の賞状なんかいらない!もう帰るcrying
父   「イイから早くもらってこい!!」

みるみるウチに積もる雪を見て、いつもははしゃぐ年頃なのに、
負けた悔しさで、全然そんな気になれませんでした。

またその翌日。。。
ウチに3枚しかない額縁に、その賞状が入れ替わっていました。
新しもの好きで、柔道はよく分からない母親は、真新しい賞状に代えたかったようで。。。

5669「2位の賞状なんか飾るな!」
母   「いいじゃない、頑張ったんだから」
5669「2位だから頑張ってない!」
母   「じゃあまた頑張ればいいじゃない」

そんな口論があったのを、なぜか今でも覚えています。
どんな大会でも必ず応援に来る父親
柔道にはあまり関心のない母親

程よくバランスがとれ、僕にはいい環境だったのかも知れません

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2008年5月27日 (火)

講道館通信@6月号

そろそろ暑くなってきました。
子供達も発汗量が多くなってきたので、
水分補給をこまめにやらないといけません。
熱中症は、真夏日より湿度の高い日が危険なんだそうです。

紅白試合
6/1(日)9:30より
抜群(6人抜き以上)をすると、即日昇段(無料)できます。
挑戦者求む!
 ※紅白試合のある月は、月次試合は開催されません。

合同練習
6/14(土)14:00 大道場
中学生~大学生対象 無料で乱取り稽古ができます。
特別講習が入ることもあります。

‘形’研修会
6/7(土)15:30 大道場
各種‘形’を無料で受講することが出来ます。
月次や紅白で点数の貯まった方は、講習後‘形’の試験に
合格すると昇段できます

補習科
僕が担当する補習科は以下の通りです。
リクエストがあれば応じますので、書き込みして下さい。
6/14(土) 大道場
6/18(水) 学校道場
6/28(土) 大道場
時間はいずれも19:00からとなります。

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2008年5月25日 (日)

東京都「形」選考会を終えて

5/24、講道館において、全日本形選手権の
東京都代表選考会が行われました。

「投の形」には僕たちを含め、3組が出場しました。

相棒のブッチー先生は、先週から足を肉離れしてしまい、
本番まで一度も投げることなく、寸止めの練習のみ行ってきました。

実際に投げる練習は不足していましたが、息は合っていたと思います。
やはり僕は足技が苦手なので、足技のところはぎこちないです。
あと横掛!コレがどうにも難しいです。


とりあえず、現状でのベストは尽くしました。
東京都代表は、後日発表されるようです。

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2008年5月21日 (水)

平爺を偲ぶ

前回は平爺との思い出(「平田鼎-寝業研究会-伝説編」)を書きました。

いつもの文章は、このブログを見ている多くの方に発信していますが、
今回限りは、天国にいる(もしかしたら地獄?)平爺に捧げたいと思います。

平田 先生
足立学園の道場で先生と出会って、もう20年近く刻が経とうとしています。
あの時の出会いが僕の柔道だけでなく、柔道に関わる人生そのものを
変えてしまうとは、その時は知る由もありませんでした。

先生から教わった6年間、足立学園での6年間、
これは僕の柔道の根幹を築いた6年間でした。

絶えず努力すること、堪え忍ぶ心、研究心、そして高専柔道。

僕は高校時代、先生の高名どころか、「高専柔道」という言葉すら、知りませんでした。
いつも驕り高ぶらず、マイペースで稽古をするので、
ただの爺さんだと思っていました。すいません。

「寝技は足だ、足を使え」
「十字は膝でとれ」
「馬鹿じゃ強くならん、勉強しろ」

「おやすみ~」(絞め落とすとき)
「空気は旨いか?!」(絞技から逃れたとき)
「おはようさん」(絞め落とされて、目が覚めたとき)

先生が仰った言葉は、頭の中に焼き付いています。

なかでも筑波大学への進学が決まったとき、先生は
「もう小室!なんて呼び捨てには出来ないな。立派になった」と仰いました。
何度止めてくれと言っても、先生は敬語で接するようになりましたね。
それが1つ、先生から僕への免許皆伝だったのかも知れません。

僕は先生から教わった技術をもって、大学で寝業師になりました。
この時、寝業師になったことが、僕の柔道観を変え、競技成績を押し上げました。

今僕がこうしていられるのは、間違いなく先生から教わった
高専柔道の技術があったからこそです。

そういえばひとつ、先生に謝らなければならないことがあります。
先生が教わった技術、これを勝手に「コムロック」(小室式固技)と名乗っています。

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これは先生から教わった高専柔道の技術です。
でもどういうわけか、こう呼ばれるようになり、また僕自身の愛称としても
「コムロック」が認知されるようになり、そのまま使わせていただいています。

講道館に勤務するようになり、全然知らない人から
「君が平田先生の弟子か!?」
「君のような寝技をするお爺さんが昔、講道館に来ていたよ」
「小室は生前の平田先生のような背中をしている」
そんな風に言われることがあり、嬉しくもあり、気恥ずかしい気もします。

先生が伝えてきた技術は、寝業研究会の皆さん、DVD映像が受け継ぎ、
また僕自身も、講道館に勤務しながら、高専柔道の技術を伝えていくこと、
これが僕なりの、恩返しだと思っています。

どうか天国から(もしかしたら地獄から)僕らを見守っていてください。

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2008年5月19日 (月)

大会出場予定

高段者大会2連発を終えたばかりですが、試合のお知らせです。

7/21 城北五区柔道高段者大会(14:30 練馬区立総合体育館)

9/14 都民生涯スポーツ大会(13:00 講道館)

どの大会も、昇段のための点数が稼げる大会です。
残念ながら段別(五段の部)試合で、ワンマッチ、しかも3分です。
キッチリ勝って、昇段用の点数を稼ぎ、そして映像を収録したいと思います。

もう一つ、8月下旬に行われる道友会の大会(講道館)
これは段別ですが、トーナメントです。
たかの先生と出場予定です♪

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2008年5月17日 (土)

ダイジェスト

こんなものを編集してみました。
まだまだ「繋ぎ方」「音楽との融合」が未熟な気がします。
また、見もフタもないのですが、投げた方が格好いいですね。。。

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2008年5月15日 (木)

東京都‘形’選手権大会

試合のお知らせです。
と言っても、戦うわけではありません。

5/24(土)に講道館で行われる東京都[形]選手権に出場します。
今回は『投の形』部門で、ぶっちー先生と挑戦します。
僕が取、ぶっちー先生が受を務めます。

これに優勝すると、東京都代表として10/26(日)全日本‘形’選手権大会
に出場できます。

またこの大会は、来年行われる、
世界‘形’選手権大会(スペイン)
代表選考会も兼ねております。

まだまだひよっコの僕らですので、
そこまでは難しいとは思いますが、頑張ってみたいと思います。

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2008年5月14日 (水)

動画

ClipCastという動画サイトがあります。
ここで動画を編集して、このブログにアップしています。

ここを見たら、これまでの動画も一気に見られるので
どうぞ、お楽しみ下さい。→サイトへ移動

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2008年5月12日 (月)

2008東京都高段者大会

いま五段の僕が、六段に昇段するためには、最短でもあと3年(2011年)かかります。
僕が五段になったのは2004年でした。修業年限は7年です。
昇段の規定は、とても複雑で、試合成績、形、審判、指導歴などを加味して審査されます。

講道館の指導員として、段位と形はとても重要なので、
僕も一人前になるために、最短での六段昇段(紅白帯)を目指しています。

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たかの先生も、飲み屋のお姉ちゃんに自慢するためkissmark
せっせと昇段のための点数を溜めています。

昇段するためには、同じ段位の選手に勝たなければなりません。
勝つと1点です。引き分けると0.5点です。負けると点数は貰えません。
僕は今4.5点ありますので、確実に1点を稼ぎに行きました。

その日は朝から、大会の審判を仰せつかっていました。
朝8時に出勤して、東京都の女子体重別大会、都民体育大会を裁きました。
係員も、僕もかなり疲れちゃいました。

Dscf2798 見事に全滅する係員達(笑)

そして3つめは僕の試合です。

対戦相手は栗原正幸選手。
講道館でもよく稽古をしている、お馴染みの方です。
大先輩のように見えますが、僕の方が先輩です。

講道館柔道といえば、足技!
僕も投げれるものなら投げてみたいです。
というわけで、今回も内股を連発してみます。が、不発down

観客席から「小室先生ファイトgoodの声が聞こえる。
これ、超スキなんです♪

声援に応えて、春日ロックを敢行!
子供達よ、こうやって極めるのだgood

しかし、途中でクラッチが外れてしまう。油断しました。
クリリンは意外と力がある。

そこでもう一度、投技を狙う。でも内股は不発downdown
もう駄目だなと諦め、巴投はは我慢して・・・
小外刈を仕掛けて、相手の右足を引かせる。
ここでもう一度、内股を仕掛けるフリをして、大外刈りで引っ掛ける。
大きく踏み込んで刈り上げるつもりが、巻き込んじゃいましたdown

決まり技としては、大外刈でしょうか?払腰なのかな?


ブッチー先生も出場した都民体育大会・決勝戦の映像です。
この試合を含め、全ての試合を一本勝ちしたブッチー先生は、
世田谷区の優勝に大きく貢献しました。
但し、決勝戦の途中で仕掛け損なった腕挫十字固はヘボいです。

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2008年5月10日 (土)

ブドーチャレンジ

足立学園教員時代、アメリカ・ロスで格闘技の試合に出場しました。
(その時のブログ記事は消えちゃいました。。。)

その大会は【ブドーチャレンジ】という名前で、
ヒクソン・グレイシーが主催していました。
(もちろん、本人と話しも出来ましたし、握手もしました♪)

日本代表は僕を含めて、こんな5名の選手が招待されました。
勝村選手(格闘家)
高瀬大樹(格闘家)
小斎武志(柔道・道路公団)
青木真也(柔道・格闘家)

Photo

ロスへの航空券や宿泊費などは、全て出してくれましたnote

この大会は柔術に似ていますが、一本を狙う攻撃に
よりポイントが加算されるようなルールでした。
引き込みは禁止されませんが、マイナス1Pになり、
極まりかけた絞技、関節技には3P入るルールでした。

思い出深かったことをいくつか。

●ビーフボウル
当時、日本では輸入牛肉が規制されていました。
しかし、ロスにある吉野やでは牛丼が売っていまして、
飽きるほど食ってやりました!

●タメ?
同部屋だった高瀬大樹。
出会ってから数年、先輩だと思っていたんですが、
ロスで過ごした数日間で、タメ年だったことが判明!
急にため口になる。

小斎先輩
小斎先輩は決勝で相手の手を咬み、反則負けしちゃいました。
帰国後、成田には奥さんとお子さんが向かえに来ていて、
今度、袖車絞を教える約束をしました。
まさかあんなに元気で強かった小斎先輩が急逝するとは思いもしませんでした。合掌。

●英語力の無さ
ルールミーティングで、ヒクソンの話す英語は、半分くらい理解できました。
そんなに難しいことは言っていませんでしたから。
でも完璧には理解しないまま、試合に出てしまいました。
それがタメに、決勝では減点されているとは全く分からず、
リードしていると勘違いし、ポイント負けしてしまいました。

●そしてDVD
その後、このブドーチャレンジという大会は企画倒れになっているようです。
チャンスがあれば、もう一度挑戦したい。そんな大会です。
そんな未練があるもんだから、いつもそのサイトを見ています。
見ていたら、この大会のDVDが売っていました。
日本まで発送してくれるのか、とても不安でしたが、先日届きました。

●コムロック
初戦はベルギーの選手だったと思います。
特に説明は不要ですね。カメラアングルがイマイチですが、
コムロックでサックリ一本勝ちです。
つーか「SHOJI」って。。。sweat02

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2008年5月 7日 (水)

平田鼎-寝業研究会-伝説編

ラオスでお世話になった菊地先生が一時帰国しています。
そして僕に『平田鼎先生の追悼集』をくれました。

平田先生が亡くなられてもう10年くらいが経ちます。
そこで僕も、この追悼集をきっかけに平田先生について書いてみようと思います。

Sen3平田先生はこんなお爺さんでした。

平田先生との出会いは小学6年生の時でした。
東京・北区にある佑道館に所属していた僕は、
足立3中への進学を決めていました。

足立3中では実質、部活は行っていなくて、
部員は足立学園に移動し、高校生と練習していました。

なので僕も、佑道館の万代(まんだい)先生に連れられ、
足立学園に出稽古に行きました。
そこに平田先生は来ていました。

万代 「平田先生、この子をお願いします!」
5669 「お願いしますhappy02
平田 「お~お~任しとけ」

そんな会話があったことを覚えています。
そんな縁があって、僕は平田先生に可愛がられました。
可愛がられたと言っても、ご飯をご馳走になったとか、
お小遣いをもらったとか言う「可愛がり」ではなく、
『時津風部屋の可愛がり』と同じようなモンです。
 ※ビール瓶で殴られたりはしませんでしたけど・・・

僕たちは平田先生のことを平爺(ひらじい)と呼んでいました。
何気に徳原先生もコッソリ「平爺」と呼んでいました。

平爺伝説は沢山あります。
伝説のいくつかをご紹介しましょう。

>手ぬぐい
平爺は練習後、かならずシャワーを浴びます。
足立学園の道場は2階、シャワー室は1階です。
その間、道場からシャワー室まで手ぬぐい1つで移動します。
ほぼ全裸に近い格好です。

足立学園が男子校とはいえ、お母さんが来ることもありますし、
女性教諭もいます。僕らの時代は先の選抜体重別(女子78kg級)で
準優勝した平岡麻美選手もいました。
それでも手ぬぐい1つで校内を闊歩するのです。

ある時、平爺と剣道部の顧問が、シャワー室で一緒になりました。
平爺は腰が曲がり、よたよたと歩くのですが、不意に床に滑り、
大きく転倒しました。

『あ、死ぬ!』

剣道部の顧問(近藤先生)が思った瞬間、
パチーンという音と共に、受身をとった平爺がすっと立ち上がり、
何食わぬ顔で歩き出したそうです。

>戦争体験
ある先輩から、平爺の戦争体験を聞きました。
戦地で、銃の弾が切れ武器も失い、敵兵と相対したそうです。
平爺は咄嗟に引き込み、三角絞で相手を絞め落とし、難を逃れたとか。
この伝説は多分、眉唾です(笑)
でも、そんなことを高校生は信じてしまうほどの寝業師でした。

>クリーニング事件
平爺は道衣を洗わない人でした。
日が経過すると、それはもう溢れた牛乳を拭いた雑巾のような匂いすらしました。
当然、高校生は乱取りするのを嫌がりました。
だって臭いし、絞め落とされるから。

本人も、道衣の臭さに耐えかねると、平爺係(そういう係がありました)に
道衣の選択を頼むのです。僕の同期では、ヒロナリが平爺係でした。
Photo
ある時、平爺の道衣が見あたりませんでした。
平爺が来たら、すぐさま干してある道衣を差し出さなきゃなりません。
ヒロナリは焦り、咄嗟にキクちゃんの道衣を貸してしまいました。

平爺は昔の人です。
道衣のズボンはスパッツなんか穿きません。直です。

キクちゃんは怒りました。
キク「なんで勝手に貸すんだバカヤロー!」
ヒロ「だって無かったんだから仕方ないじゃないか」

そんなやりとりの末、ヒロナリが洗濯することで落着しました。
但し、洗濯機ではなくクリーニングに出して、アイロン掛けまでさせること。

僕らは道衣をクリーニングに出すなんて、聞いたこともなかったので、
大笑いしていました。
それでもクリーニング店に持っていったヒロナリ。
なんと引き受けてくれたそうで、キクちゃんの道衣はキレイにアイロン掛けされ、
戻ってきました。

>平爺ビデオ

ある時、誰かが「平爺がビデオ出したらしいよ」と言いました。
僕たちは大笑いし、誰一人としてそれを信じませんでした。


本当に僕たち、もちろん僕自身、卒業するまで平爺の偉大さを知りませんでした。
寝業好きの爺さん、話し好きの爺さん、たまに変な技を魅せる爺さん
その程度の存在でした無かったのです。

だから有名選手のように、ビデオを出すなんてあり得ない!
そう思って誰も信じなかったのです。

まさか本当に出していて、それ以前に、ある方面では神格化されるほど、
寝業の大家だとは知る由もありませんでした。

ただこのDVDを見て思ったことは、このDVDがあるから、
平爺が亡くなっても技術(映像)は消滅しない
とい思ったのです。

これは僕にとって強烈な印象を残しました。
だからこそ、僕も身体が動く今のウチに、
技術を解説し、それを自ら披露したものを
形に遺しておきたい。そう思ったのです。

少し大げさな話しではありますが、
今日、交通事故か何かで僕が死んだとしても、
コムロック、袖車絞といった技術はある程度、伝承されていく。
特に柔道界では山嵐なみに消滅しかかっている
袖車絞という技術が、実戦的な技術として紹介され、
またそれを実践で極めた映像として残っている。
それって結構、重要なことだと思っています。

最後に、僕が寝業で施している技術はそう多くありません。
袖車絞、コムロック、あとは腕挫十字固と横四方固くらいでしょうか。

柔術を学び、色んな技術を吸収してきましたが、
結局、今現在、僕が一本を取れる技術は
平爺から教わった高専柔道の技術が殆どです。

そう思うと、平爺には感謝しきれない部分と、
高専柔道の奥深さを感じずにはいられません。

次回は僕も、平爺へ追悼文を書きたいと思います。


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2008年5月 2日 (金)

講道館通信@5月号

わ、忘れていました。更新するのを。
ちなみに今日(5/2)は嘉納師範の墓前祭でした。
千葉県の八柱霊園にお墓参りに行ってきました。

それではGW直前、5月の講道館通信です。

月次試合
5/15(木)17:30 大道場 少年及び無段
5/22(木)17:30 大道場 有段者及び女子

形講習会
5/24(土)15:30 大道場

合同練習会
5/31(土)14:00 大道場
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補習科(19:00~)
5/10(土)大道場
5/21(水)学校道場(6階)     
5/24(土)大道場

試合予定
5/11(日)14:30 大道場
東京都高段者大会(五段の部)に出場します!(1試合のみ)

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