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2007年11月

2007年11月29日 (木)

講道館通信@12月号

いよいよ師走に入ります。
道場も底冷えする季節になってきました。
道場に足を運ぶ人も、少なくなっていく季節ですが、
少ないときこそ、道場を目一杯使えるチャンスです。

それでは12月の行事予定です。

月次試合
12/13(木)17:30 少年・無段・初段(申込み締め切り:12/10)
12/20(木)17:30 二段以上(申込み締め切り:12/17)

「形」講習会

12/1(土) 15:30 大道場

補習科指導

12/19(水) 19:00 学校道場
12/22(土) 19:00 大道場

■動画閲覧機能停止のお知らせ■
12/2(日)0:00~23:59
上記の期間(丸一日)、システムメンテナンスにより、
動画が閲覧できない状態になるそうです。

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2007年11月27日 (火)

巴十字

2002年、千葉県国体予選(73kg級)準決勝戦の映像です。
僕にとってはとても印象深い試合で、映像が残っていて良かったです。

対戦相手は中村範政選手(京葉ガス)です。
中村選手は、足立3中、足立学園卒で、
僕にとっては中学、高校の先輩にあたります。

また中村先輩は中学時代からダントツの強さで、
中学総体、高校総体を上位入賞し、ジュニア、全日本学生を制覇しました。
足立学園時代も60kg級ながら代表戦にも出場するほど、飛び抜けた選手で、
「恐ろしさ」という点でも飛び抜けた存在でした。

そんな中村先輩との試合です。
正直、ビビっていました。遠慮もあったと思います。
遠慮しているほどの余裕なんか全くない相手です。
そして中村先輩は完全に【ヤル気】でした。

序盤、肘関節を極めながらの袖釣込腰を受けました。
高校時代に何度か食らっていたので、咄嗟に反応しましたが、
肘関節からバリバリッ!というイヤな音が聞こえました。

勝負が始まったら先輩も後輩も関係ない
遠慮も必要ない

ヤらなかったらヤられる
中村先輩はそういう選手です。

ウッカリしていました。
分かっていたはずなのに。

その時、ようやく僕にもスイッチが入りました。
(表情の変化にご注目!)

相四つなので、引き手を脇の下近くまで深く持ちます。
巴十字とは言いますが、巴投で投げるつもりはありません。
飛びつくわけでもありません。滑り込むといった感じでしょうか。
躊躇無く、一気に捻り上げました。

最後はガッチリ握手(笑)

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2007年11月24日 (土)

小外掛

2003年、静岡国体に出場したときの映像です。
対戦相手は宮崎県の宝 実選手(宮崎刑務所)です。

宝選手とはジュニア強化時代、
1ヶ月海外武者修行(中央アジア4カ国)に一緒に行った仲です。

彼は講道館杯でも度々上位入賞している強豪で、
また色んな意味で豪傑でもあります(笑)

試合開始直後も、猛突進して組み掛かってきましたが、
僕も寝技を中心に応戦しています。

試合を決めた小外掛は強化合宿中、
徳野和彦選手(神奈川県警)のを見て真似たモノです。

ポイントとしては「刈る」という動作は殆どせず、
足首を鎌のようにして引っかけ、押し込むというモノです。
思い切って投げ、決めようとしたので、
その後の寝技の展開に行けませんでした。不覚です。。。

勝敗は別としても、宝君とは友達で、しかも彼は
駆け引きのない、豪快な柔道を仕掛けてきます。
ハードな相手でしたが、試合中、ナチュラルハイになってしまい、
時折笑顔になってしまうほど、激しくも楽しい試合をしてしまいました。

楽しいと感じられる試合って、そうはないと思います。
それだけに、珍しく投技が決まったのかもしれません。

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2007年11月21日 (水)

石下大会(後編)

僕が指導する際、一貫していること。
それは試合で負けても一切怒らないということ。

なんだか当たり前のようですが、試合会場ではいつも怒号が響いています。
(もちろん他の先生方です)

僕自身、中学高校時代は非常に厳しかったので、
負けたりしたらボコボコに殴られていました。
なので試合を楽しいなんて全く思わなかったし、
試合をするのがイヤでした。
そして負けない柔道を心掛けていました。

僕はそれじゃダメだと思います。

子供を叱るなら、生活態度や練習への取り組みなどで叱るべきです。
小学生のウチから、勝敗に拘るなんて、重要なことではないと思います。

実際、僕が小学生時代、強かった子で、
そのままシニアの強化選手クラスになったのは、
井上康生くらいです。

なので練習はきびしく、試合では結果を問わず、
思い切って勝負してきなさい。そんな感じで見守っていました。

さて、石毛大会も後編です。
(たかの先生とかなり被りますが・・・)

 

面白かったのが低学年チーム。

朝からハイテンションでうるさいのなんの。。。

春日クラブでは、団体戦の礼の後
「頑張っていくぞ!」
『おぉ~ぅ!』
といった感じで語尾を上げるのがお決まりらしく、
試合前に打ち込みをするわけでもなく、そのかけ声の練習をしていました。

1回戦シード、2回戦は余裕の勝利。
そして3回戦。。。

相手は緑帯ばかりで、体格も一回り大きい子ばかり。
(子供は体格や、帯の色で充分、ビビリます。)

礼をしていつものかけ声をしたまでは良かったモノの、
先鋒、千住の漢:角田師範が一本負けすると、
一気にテンションは下がっていきました。

次鋒、ネモの連続・袖釣込腰も決まらずに引き分け。
ちょっとビビって、掛け逃げ気味になってしまいました。

中堅は紅一点のルナ!
ルナが強くなったら「柔道界のアイドル」になれると思うのですが、
今回は男相手に力負け、完敗でした。

0-2と追い込まれ、万事休すの春日、副将は・・・

4:40の男、ノブ。
家が近いのに、いつも4:40に10分遅刻して来るので、
いつも僕に説教され、正座させられています。
最近はようやくそれも直ってきました。

しかしノブ選手、さっきの勢いはどこへやら、
「俺の相手、結構大きい・・・」とか言い出しました。
なんだその掌返し的なビビリ様は(笑)

試合が始まると、案の定、相手も大きく、
いつも体格で優位に立っているノブも技が決まりません。

「大きい選手に対する技がまだ出来ていない」そんな話しをたかの先生としていると・・・

目の覚めるような豪快な払腰!一本!
投げ込みでさえ、あんなにキレイに投げたことがあるだろうか?
僕とたかの先生はびっくりして、はしゃいでしまいました(笑)

そして鬼剃り大将、おにぎりコーダイ。
頭を五厘刈にしたモノの、お父さんに剃り込みを入れられています。
そんなおにぎりコーダイが、鬼の形相で相手に向かって吼えます。

が、むしろ可愛い♪

その形相に相手はビビッたのか、なんと後袈裟固で一本勝ち!
2-2の代表戦という白熱した展開になりました。

さぁ誰が出るのか代表戦。
ノブに話を振ってみると・・・

ノブ「僕はイイです!」
サックリ断ります。。。

そんなわけで、この日好調、鬼剃りコーダイの登場です。
代表戦も鬼の形相(笑)

咆哮とともに襲いかかる鬼剃りコーダイ
見事に描かれる放物線
それは投げられるコーダイの足が描いたモノでした。

「一本!」

コーダイとは対照的に、今度は小さな先鋒の子が代表戦に出てきました。
しかし小兵ながら代表戦に出てくるだけのことはあります。
しっかりとしたキレイな背負投、そしてスピード。
鬼剃りコーダイがあれほどキレイに投げられるのも珍しいのではないでしょうか?

目に涙を浮かべて帰ってくるコーダイ。
負けたって、僕らはいつでも温かく迎えます。
だってベストを尽くした結果が負けたのなら、叱る要素は1つもありません。
ジョリジョリの頭を撫でてあげました。

講道館には色んな先生がいますし、色んな指導法があります。
僕が引率するときには、今まで通りのポリシーを一貫して、
勝敗にとらわれず、ベストを尽くすことを心掛けさせたいと思います。

負けたって、温かく迎えてあげます。
厳しいのは練習の時だけ。
試合を楽しいと、柔道を楽しいと感じさせてあげたいなと思います。

最後に、今回は先生方、先輩方、ご父兄の方々に大変お世話になりました。
至らないコーチでしたが、楽しいひとときを過ごせました。
(すっげ~疲れましたけど。。。。)

次回は寝坊しないよう、気を引きして寝ます!

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2007年11月20日 (火)

石下大会(前編)

講道館杯二日目(男子)教え子の試合(60kg級:山本、73kg級:河野)
ではありましたが、人手が足りないとのことで高野先生をサポートする形で
石下の少年大会に行くことにしました。

     たかの先生の書いたブログはコチラ。

当日は足立区周辺の中学生を、僕の車でピックアップしていきました。
(車を買い換えたので、最大5人乗り♪)

Crsm0000000000

前夜、中学生にはこう伝えました。

 『石下は遠いし、遅刻するわけにはいかにいかないから、
  一人でも遅刻したら、1分も待たないで先に行くからな』

そんな私、中学生から6:45「先生、どこにいるんですか?」
の電話で目が覚める。(集合は6:30)

朝から大失態。。。超かっこ悪い。。。。

それでもなんとか急いで石下に向かう。
たかの先生に一応メール「15分くらい遅刻します」
返事は「ボーズで。」
結構きびしい。。。

そうしてなんとか5分遅刻して到着。

石下の道場は名門で、鈴木桂治選手や、小野卓志選手、
小見川道浩選手など、茨城県の強豪を排出した道場です。

僕も大学1年の頃、何度か指導に行っていました。
筑波の学生は毎週末、指導に行くことが慣例になっていたんです。

会場に着いた僕らは、朝から猛烈なドタバタ劇に見舞われました。

  1. 審判員を帯同しなきゃいけなかった
  2. 主催者に渡すご祝儀を用意していなかった
  3. 試合の時に計時するオーダー用紙を用意していなかった(8チーム分)
  4. 優勝杯を忘れた

いくら代役を頼まれごととはいえ、この引き継ぎの悪さ。圧巻です!
特に4の優勝杯を忘れたのは痛恨でした。

去年、持って帰ってないんじゃないか?
誰かが取りに帰るのか?誰がって誰?!

とにかく慌てました。。。

結局、主催者側の配慮で、開会式の優勝杯返還は何とか誤魔化してもらい、
閉会式も何とか誤魔化し、あとで郵送させてもらうことになりました。

僕らも「こうなったら、優勝して誤魔化すぞ!」というノリになり、
子供達には「負けたらお前らが取りに帰れ!」という
無茶なプレッシャーを与えてみました♪

終わってみれば、小学生高学年は見事に優勝!

決勝は1-1の内容勝ちという際どい内容でした。
試合前、満月のようなツルツル頭のオオカミ少年(嘘つきではありません)
その後頭部を、僕とたかの先生で拝んだのがよかったのかもしれません

決勝はそのオオカミ少年(嘘つきではありません)が、
見事な膝車と抑え込みの合わせ技で快勝しました。

そんなわけで、優勝杯忘れちゃった事件も、
子供達の頑張りによって誤魔化すことに成功しました。
しかし、未だにどこにあるのかさえ分からない優勝杯。。。

つづく

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横三角からの崩上四方固

2001年の全日本実業個人に出場したときの映像です。

相手は中島選手(自衛隊体育学校)

普段、横三角はしませんが成り行き上、やってしまいました。

足が短いので、ハマッた時の威力は相当なモノです。

結果的には崩上四方固になるのだと思います。

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2007年11月19日 (月)

内股と腕挫三角固



2001年、柔術の団体戦に出場したときの映像です。

相手は寝技を意識しているので腰を引いています。
こういう相手にこそ、内股はよく掛かります。
少しだけ引き出し、つま先重心にしてあげるのがコツです。

投げた後は固技で極める最大のチャンス!
袖をしっかりと引っ張り、そのまま腕挫十字固に移行します。

ところが!

相手の道衣が脱げてしまい、僕も後ろにひっくり返ってしまいました(笑)
その後は腕挫三角固で仕留めています。
これも腕挫十字固同様、膝で相手をしっかり挟むことが重要です。
この場合、防御する側は、相手を持ち上げるのは良い方法とは言えないでしょう。

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2007年11月16日 (金)

腕挫脚固

2002年、千葉県国体予選(73kg級)の映像です。

寝技の展開になり、引き込みからの横返しを狙いますが、
相手も警戒して付き合ってくれません。

そういうときに重宝するのが腕挫脚固です。
腕挫十字固同様、両膝でしっかり挟むことが重要です。
自分の足首で、相手の前腕(手首)をコントロールする 感覚を
身につけるのに練習が必要だと思います。

この時、同時に腕挫手固も狙っていますし、
場合によっては送襟絞も狙い、さらには回転して、
いわゆる両肘関節、そして絞技と三重苦の【地獄絞】にも変化していけます。

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2007年11月15日 (木)

正面からの袖車絞


2001年に柔術の団体戦に出ました。
この当時、植松直哉選手に教わった「アキレス腱固」に凝っていまして、
やたらと仕掛けていましたが、殆どが不発でした。
このときも、結局極められず仕方なくいつものアレ(袖車絞)で、
極めました。でも死角になっちゃっていますね。。。

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2007年11月14日 (水)

ダイビングの反則負け

この試合は2003年の千葉県国体予選(73kg級)決勝戦です。

3連覇を狙ったこの年、僕は絶不調でした。
初戦こそ一本勝ちしたモノの、準々決勝、準決勝と、
際どい判定で決勝まで勝ち進みました。

決勝の相手は、当時、東海大学の選手。(強そうな名前です)
序盤、掬投から袖車絞に移行しますが「待て」となってしまいます。
このとき、勝選手は半落ちくらいしていたんじゃないかな~と思いますが、
試合が続行されました。

勝選手は非常に力強く、相四つの僕には組み手が肝心でした。

途中、組手の手順をしくじり、それを誤魔化すために、
片襟の背負投でしゃがみ込んでみました。
するとその時、偶然にも股の下に潜り込めたので担ぎ上げてみました。

通常の選手なら、投げる方向を吟味していくのでしょうが、
こちらは滅多に投げることのない寝業師です。
焦ってしまい、とりあえず一回転してみました。

結果的にはコレが一本となり、優勝(千葉県3連覇)を果たしました。
その当時、僕は少しだけ捻ったはず。と思いこんでいましたが、
皆さんのジャッジはどうでしょう?

僕はコレ、正面からのダイビングで『反則負け』だと思います。
思い切り、飛び込んでいますよね。
頸椎を怪我しなくて本当に良かったです。

審判の教則映像として、役立ててください。

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2007年11月10日 (土)

TV放送8ch『'96全日本ジュニア』

1996年に全日本Jr.で優勝したときの映像です。

メーシュクさんの為にプレーヤの設定を変えてみました。

この大会は高校3年生だった井上康生選手が、
95kg超級で出場し優勝しました。(上口先輩に背負投で一本勝ち)
テレビ(8chのスポーツニュース)でも特集されていました。

僕らみたいな一般人は、数秒でもテレビに映ったら良いなと思い、頑張ったモンです。
たった数秒でしたが、同じクラスの学生が見てくれて、翌日、祝福してくれました。

決勝戦の相手は内柴正人選手(当時、国士舘高3年)でした。
巴投で効果を奪い優勢勝ち、初めての全国優勝を果たしました。

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2007年11月 6日 (火)

コムロックセミナー2

9/24(月・祝)札幌においてコムロックセミナー2を行いました。
(略して『コムセミ』

その様子をセミナー専用ページに公開しております。
024_2

セミナーの依頼はコチラまで!lessonpro5669@yahoo.co.jp

 

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2007年11月 2日 (金)

少年柔道の競技化

僕が小学生の頃、試合は全て学年別でした。
男女区分も、体重区分もありませんでした。
重量級だった僕は、不利ではなかったので気にしませんでしたけどね。

初めて出場した北区民大会。
いきなり5人抜きをして勇退、そして優勝

道場の先生も、親も、とても喜んでいたのを覚えています。
即日で緑帯に昇級しました。

間違いの元はそこから始まりました。。。

親父も先生も、とにかく勝つことに執着しました。
練習量は増え、厳しさも増していきました。

柔道が好きか?
柔道が楽しいか?
そう聞かれたら、
【NO!】と言いたくなるような環境でした。

先生や親の期待に応えるため、とにかく頑張りました。
頑張り続けてきました。

小学4年生のあるとき、不意に涙が溢れて止まらなくなりました。
「なんでこんなに辛い思いしなきゃならないんだろう?」
素朴な疑問にぶつかり、その答えを見付けることが出来ませんでした。
(一晩寝たら忘れましたけど。。。)

先日、修士論文の調査研究で、アンケートに答えました。
それによると、どうやら僕は変わっているようです。
柔道好き過ぎみたいです。

だからこそ、まだ耐えられたんでしょうね。

小学生の時、一緒に道場に通っていた友人と、
久しぶりに話したとき、彼は僕のこう言いました。
『物凄い真っ直ぐに生きてきたね』

そうかもしれません。
そしてそんなタイプは希かもしれません。

またある時、先輩がこう言っていました。
『頑張ったことに対しては偉いと思うけどさ、
 強いからって何なの?何の役に立つの?』

実は僕も同じことを思っていました。
アスリートとして、競技をトコトン追求してきたからこそ、
むしろ同じことを思います。

大切なのは強さや、競技成績だろうか?

目標に向かって努力する習慣
諦めない強い気持ち
挫折や苦難に立ち向かう強い気持ち
感謝する気持ち
素直さ
研究・創意工夫

これらを要約すれば、社会で通用する人間かどうか?
それが大切なんだと思います。

たかだか小学生の試合、親も指導者も、
競技成績に心を奪われ、
大切なことを見失ってはいないだろうか?

特定の先生の言うことだけを聞いていたらいいのか?
練習時間が長いから遅刻するのか?
嘘をついてでも戦術を駆使し、勝つ必要があるのか?

子供や選手は、将棋の駒ではない。
使い回すモノでもない。商品でもない。

そう思っています。

今回は自分に思考が完全にまとまっていないので、
なんとも曖昧な表現に終始してしまいました。

結論は怖いので書くのを止めました。

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