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2007年8月24日 (金)

アフリカ遠征@モザンビーク編

ザンジバルでの指導を終えた僕らは、再びセスナ機で本土に戻り、
本土からまた国際線でモザンビークに向かいました。

直行したらそんなに遠い(3時間くらい?)ところではないのですが、
途中、モザンビークのペンバ、ナンプラを経由して、
首都のマプートに着きました。なので6時間も掛かってしまいました。

勝手の分からない僕らは、経由する度にパスポートチェックしたり、
飛行機から降ろされたりで、全く気の休まる暇がありませんでした。

Dscf2026

これはナンプラ空港で撮った夕日です。なんかキレイでしょ。
建物が見あたりません(笑)
ちなみに撮影直後、空港警備員に怒られました。。。

マプートに着くと、目の前に団の荷物(贈呈用の道衣)があるのに、
係員が渡してくれませんでした。

なぜだ?早く渡せと言っても「No!」の一点張り。
大使館の方が通訳してくれてやっと渡してくれましたが、
なんでも、チップ(賄賂?)欲しさに駄々をこねることがあるようです。

またマプートは南アフリカにほど近いので、かなり涼しいです。
というか肌寒いくらいです。(南半球は今、冬ですから)
Tシャツに短パン、サンダル履き、それにリュックをしょって入国した僕は、
日本で言う10月下旬くらいの気候なのに、季節感のない、
裸の大将みたいで滑稽でした。。。

既に「イメージと違うな」と思う方も多いでしょう。
モザンビークは南アフリカにほど近いので、白人も多いです。

また経済的にも、近年まで内戦でボロボロになっていたそうですが、
そのことで逆に世界中から援助が募り、逆に急成長しているそうです。
なんと国家予算の半分が援助なんだそうです。

その為か、国民性として
「モノをもらう」「援助してもらう」という感覚に慣れてしまい、
勤労意欲、上昇志向に乏しいという話を聞きました。

 

Dscf2027マプートにある柔道クラブの道場、アフリカとは思えないでしょ?

モザンビークでは主に、スポーツクラブの大きなフロアに、
畳を敷いて授業をしました。

それ以外にも、いくつか小学校や、地区の少年柔道教室に出向きました。
初日は2班に分かれ、大人のクラブと、少年柔道クラブで指導を行いました。

一応、今回の団員の中では、僕が日常的に少年指導を行っているので、
一人で道場に向かいました。
ここで痛恨だったのが、通訳をお願いしている大使館のお姉さんが、
別班について行ってしまったことです。

足りない脳みそをフル回転して、英語で説明したのを
現地の指導員がポルトガル語で通訳するという離れ業を演じ、
なんとかその指導を終えることが出来ました。

モザンビークでは、大人よりも少年柔道が盛んです。
その数は圧倒的に、子どもの方が多いです。
なにせ、学校の授業の中に組み込まれていますから。

それを、モザンビークの環境大臣であり、柔道連盟の会長の
スンバナ氏に聞きました。
柔道は体育的な効果よりも、道徳教育の一環として取り入れている。
このことは、日本の柔道専門家としては、非常に嬉しい一言でした。
柔道が単に競技ではないということを、
遠くアフリカの人も理解してくれていると言うことですよね。
むしろ日本人も、このことを忘れてはいけないと思います。

ここで2つ、印象深いことがありました。
一つめはリサイクル柔道衣。
多くの場合は、不要になった中高生の授業用道衣を送っています。
モザンビークの場合、小学生の柔道人口が圧倒的に多く、
道衣があっても、サイズが合わないので、是非、子供用を送って欲しいとのことでした。
確かに、僕らがプレゼントした道衣も全て、大人用でした。
これは受け取る側の需要も考えて、送ってあげないといけないなと思いました。

Dscf2037 Dscf2035

二つめは子ども達です。
僕が単独で行ったクラブは、20名を少し超える程度の小さな規模でした。
しかし、指導者が「静かにしなさい」「広がりなさい」などと言うことはあっても、
子ども達は素直にそれに従っていました。決して怒鳴るようなことはありません。
当然、レッスンが始まる前に、子ども達同士で声を掛け合い、整列していました。

講道館ではどうでしょう。
子ども達は平気で遅刻してきます。意図的に遅れてくる子もいます。
指導中であっても、「静かにしろ」だとか「やる気がないのは帰れ!」など
実に低レベルなことを何度も繰り返し怒鳴っています。
そしてその怒鳴り声を、子ども達は聞き流しています。

もちろん、それは指導者の責任でもあります。
そこは「柔道は道徳教育です」というモザンビークの
スンバナ会長の言葉通りでもあります。
講道館の指導者も子ども達も、ここに関してはもう一度、
襟を正して見つめ直さないといけないと思い知らされた場面でした。

Dscf2038 Dscf2042

更にもう一つ付け加えるならば、
このモザンビークの環境大臣にして、柔道連盟会長のスンバナ氏、
僕たちが日本から来たということで、出張先から予定を切り上げ、
早めに帰国し、デモンストレーションに参加すると言っていました。
(画像は会長を表敬訪問したときのモノ)

がしかし、当日、軽くすっぽかしてくれました。
時間や約束にはおおらか(悪くいえばいい加減)なところも、
この国(地域)の国民性を表す大きな要素の1つです。

さて一番重要なデモンストレーションの話に戻ります。

既に2カ所で披露している僕らは、‘形’や得意技披露も
慣れてきました。特に鉄谷先輩との投の形は、
今までで一番の出来で、お互いの息もぴったりでした。

そして今回も3人掛けへ!
モザンビークでは60kg級、66kg級、73kg級で
それぞれリオの世界選手権に代表を派遣するそうです。

柔道スタイルとしては、日本人指導者が定住していないせいか、
タンザニアのような日本的スタイルではなく、
一昔前のような組み合わないヨーロッパスタイルです。

組み合わないので、結構手こずりますが、66kg級、73kg級の
代表は体力もあり、僕も本気を出さないと勝てないレベルでした。

しかし、実際試合になると、変に気を遣ってくれて、
僕が仕掛ける技にポンポンと飛んでくれました。
その心遣いには感謝なんですが、やはり物足りなさを感じました。

またギリギリまで会場が決まらず、その為、告知も不十分だったことから、
会場には殆ど関係者と、場所が空くのを待っているサッカー少年しか
いませんでした。その点は残念でした。

 

Dscf2044空き時間に博物館へ。現地ではたまにシーラカンスが釣れるそうです。

ところで、モザンビークで思わぬ人に出会いました。
最終日、大使館の方と食事をすることになりました。
そこで1人の女性が「私の妹も柔道していたんです」
という話になりました。

とはいえ、そんなことはよくある話です。
話の流れで、格闘技の話題になると

「妹は大学の柔道部を辞めて、格闘家になって・・・」

という展開にもなりました。
しかしお姉さんの名前を聞いても、思い当たるような選手もいませんし、
話はなかなか見えてきませんでした。
そこでもう少し話を進めていくと・・・

「そうそう!妹は源氏名をつけていて、全然違う名前なんです」
(源氏名ってちょっと違うだろ・・・)

「え~っと確か・・・星野?」

なんとお姉さんは、星野育蒔選手のお姉さんだったんですね!

Img10532502067_2

そういえば、以前、パラエストラ東京に、柔術の練習で行った際、
「私、格闘家になるんです。大学の柔道部を辞めて」
といっていた女の子がいました。

あれよあれよという間に、その子は活躍し、
女子格闘技会では有名な選手になりました。
出会ったとき、「ただ両親には内緒にしてて・・・」
と言っていたのが印象に残っていました。

まさかモザンビークで、そんな縁が繋がるとは思いませんでした。

帰国はモザンビークから南アフリカ(所用1時間10分)
南アフリカからドバイ(所用9時間)
ドバイから中部国際空港(所用10時間)
そして中部国際空港から東京駅と、
乗り継ぎを合わせると24時間以上かけて帰国しました。
未だに時差ボケ解消せず。。。

今回は自分の趣味もあって、指導する際は、僕が多くを手がけました。
(当然、寝技中心)
ですが、まだまだ言葉の壁があり、これが今の僕には
最大の課題となっています。

もう少し勉強を進め、英語でも、日本語と同じような水準の
指導が出来るようにしないといけない。そう痛感しました。
どこかに柔道指導者として留学したいです!

最後に、絵葉書などを買ってきました。
欲しい方がいましたら送りますよ。
応募先はこちらまで→komlock@mac.com

Dcf_0049

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コメント

「柔道は道徳教育」を謳うモンバナ会長のみごとなスッポカシ。大陸ってでかいですね。

投稿: たかの | 2007年8月24日 (金) 11時55分

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