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2006年6月

2006年6月26日 (月)

廻る内股

僕は左組です。
小学生の途中で、親だか、先生かが「左を制するものは・・・」
って変えさせられました。

中学、高校時代で苦労したのは、左組と対戦した際に、
全然技が掛けられないということでした。

高校時代、対左組用に何か新しい技を覚えようと、
日体大に練習に行ったとき、当時60kg級の第一人者であった、
乙黒選手の内股をずっと観察していました。

教えてもらうのは怖かったので、ひたすら観察して真似しました。

その内股は独特で、右内股の場合では通常、右足から踏み込むものですが、
左足から踏み込み、一気に跳ね上げます。
(シドニー五輪100kg級決勝、井上選手がカナダのギル選手を投げた内股がこの技法です)
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僕の場合は左組なので、右足から踏み込みます。
通常、1.2.の3!で掛けますが、
この場合は、1.2!で掛けます。タイミングがずれますし、仕掛けが早いです。

高校時代から少しずつ練習し、階級変更した大学4年の時には、
ちょうど釣手の肘を怪我し、背負投が出来なくなったこともあり、
投技をこの内股中心に組み立てることにしました。

こんな私でも、背負投よりは内股の方が向いていたようで、
試合ではそれほど決まりませんでしたが、強化合宿や
練習試合などでは、小内巻込、巴投に次いで、それなりに通用していました。

今月号の近代柔道(2006,7月号)26,27ページでは
竹内善徳先生の訃報を伝える記事が載っています。

その中で僕の恩師・小俣幸嗣先生は竹内先生との思い出として、
こんなことが書いてありました。

小俣教授は大学に入学してから竹内さんに、
引き出して相手を崩して内股を掛けるやり方を指導された。

追い込んでの内股が得意だった小俣教授を一目見て、
竹内さんはもう一つのやり方を会得すれば
柔道の幅が広がると見抜いたのだ。

僕は全く同じパターンで、追い込んで掛ける内股しか出来ないのですが、
小俣先生に「引き出して掛ける内股を練習しろ!」と言われ、
なんとか会得しようと、引き出しての内股、払腰を練習しました。

なぜ引き出して掛ける必要があるのか?

1.追い込んで掛ける方法のみではワンパターンになり、タイミングを読まれる
2.崩しが不十分な場合が多いので、体幹の強い選手、大きい選手には通用しない

特に2.は国際大会において、外国人選手にはガッチリ受け止められてしまい、
内股返で投げられることが非常に多いです。

結局僕には難しくて、引き出して掛けることよりも、
如何にして相手を追い込んで下がらせるかを練習するようにしました。

この記事を読んで、技術の伝承ってこんな感じで繋がっていくんだな。
そう思いました。

今年、足立学園から筑波大学にミラクル進学した太田博和は、
僕と同じように追い込んで掛ける内股が得意です。

僕は小俣先生に教わったことを、
将来、国際大会で活躍するであろう彼に
そのまま伝えました。

「国際大会で活躍するには、引き出して掛ける内股を練習しろ!」

なぜなら、何を隠そう彼は、僕が内股を真似た乙黒選手と同じ
名門・池内道場の出身だからです。

太田も今頃は、小俣先生に「引き出して掛ける内股も練習しろ!」
なんて言われているかもしれません。

グルグルと廻る内股。。。

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