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2006年2月

2006年2月 8日 (水)

卒業旅行でスノボ

以前から3年生とは「卒業旅行でスノボにでも行きたいね」という話をしていました。
それでも中々都合の良い機会に恵まれず、今年もチャンスがないまま
卒業していってしまうのかな・・・と思っていました。

しかし自分自身が退職することもあり、ここは!
と思い立ち、自らが幹事となり、卒業旅行を企画することにしました。

意を決して「休みを下さいぃ!!」という勇気がなかなか無くて、
結局は前日までずれ込んでしまいましたが、なんとか了承を得て、
はれて旅行に行けることになりました。

今回は1泊、新幹線での計画でした。
価格もぐっと抑える必要があったので、
新潟のグリーンピア津南というところに行ってきました。
DSCF0731

雪道での運転には自信がないので、今回は新幹線にしました。

到着してすぐ滑りましたが、まだ数回しか経験のない彼ら、
でももう僕と変わらないくらいの腕前です。もうじき抜かれますね。

しかも体力があるのか、派手に転んでも一向に構わず、ガンガン滑ります。
僕なんかは寒いし、自慢のふくらはぎ(?)が窮屈なので、
ちょっと滑っちゃ休憩ばかりしていました。

なので「先輩は柔道は真面目なのに、こういうときはサボり屋だ」
なんて言われちゃいました。

いやいや、だってこの旅行自体がサボりみたいなモンだからね。
のんびりサボらなきゃ♪
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夜はゆっくりと酒を・・・ではなく、ナイターでガンガンに滑りました。
ナイターになると人も少なく、なんだ幻想的な雰囲気も加わり、良い感じです。
DSCF0737

僕はなにげにリフトに乗っている時間が好きで、
乗り降りの時の「転けてリフト止めたら恥ずかしいな」といった緊張感以外は
ゆっくりと風景を眺めたり、一緒に乗っている人とぶっちゃけ話が出来てイイもんです。
rihuto

DSCF0741

この旅行に行っている期間、新潟は大雪で物凄い積雪とパウダースノーでした。
視界が凄く悪いのと寒いのは難点ですが、雪が柔らかく、転けても痛くないし、
何よりも筋斗雲に乗った孫悟空のような気分が味わえて、最高に気持ちが良いのです。

ナイターでは、好いていることもあり、彼らはジャンプ台に突っ込んで
神風特攻隊のように吹っ飛んでいました。

僕は運動音痴のポリシーとして、
出来ないことはやらない
無理はしない
無茶もしない
出来ることで楽しく
をモットーにしています。
当然、ジャンプ系は一切やらず、上級コースも行かず、中下級コースで戯れます。

しかし彼らの「1回だけ締めとして魅せて下さい!」の声に圧され、
ジャンプすることにしました。。。

しかしここで問題だったのは、ジャンプする決意と滑降していったまではよかったのですが、
踏み切ったあとのことを考えていませんでした(泣)

踏み切った瞬間、僕の視界はなぜか天を仰いでいました。

あ、星が綺麗だな〜

と、思った瞬間、斜面に激突しました。
とっさに後ろ受身をとり、歯を食いしばったので、致命傷は免れました。
しかし、かなりのジャンプだったために、次に思いも寄らぬ攻撃に見舞われました。

加速が着いた僕の下半身は、その反動で僕の腰を「エビ」のように折り曲げ、
膝が僕の顔面を打ち抜きました。

まさか【戦慄のコムニー】二人目の犠牲者が、自分だとは思いも寄りませんでした。
その後、遠のく意識と共に、きりもみ回転して落下していったのは言うまでもありません。
まぁ、幸いたいして怪我はしていませんが、コムニーを放った右足のハムストリングが
ピリッとしていて、軽く肉離れしているかもしれません。。。

夜はバイキングでたらふく食べ、温泉を堪能し、遅くまで語り明かしました。
朝はあえて目覚ましは設定せず、ギリギリまでゆっくりと寝ました。

そして翌日もガンガン滑りました。

最後にはみんなで記念撮影をし、この旅行も終盤を迎えました。
DSCF0761

この写真を見れば判るかと思いますが、カメラの設定をするために、
グローブを外したところ、一気に指が凍り付いてしまいました。

寒いのなんの・・・

撮り終え、じゃあ帰りましょうかと言ったところ、
塚崎がいきなりよろめきました。

転けたか?

と思った瞬間、ヤツは僕に双手刈を仕掛けてきました!
いつもなら簡単に捌いて、コムロックか、腕挫腹固の餌食となる所なんですが、
完璧に意表をつかれ、しかも追随したメンバーの攻撃に遭い、雪だるまにされました。
DSCF0759

いつもなら、こんな借りはすぐに倍返しで、蟹挟から膝十字固の連携、
またはコムロックで血だるま、いや「雪だるまの刑」にしてやるところですが、
あまりの寒さに、僕がホテルの方に逃げ込みました。

そんなこんなで楽しい卒業旅行はあっという間に終わってしまいました。
帰りの車内でも、寝りゃいいのに、くだらない話で盛り上がっていました。
DSCF0764
いや、一番はしゃいでいるのは僕かもしれませんね。。。
DSCF0757

この企画は来年も続行されるようで、免許を取得した彼らが、
レンタカーを借りて行くとか。。。大丈夫か?
とりあえず、来年の幹事は双手刈のツカに任命しました。

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2006年2月 2日 (木)

入試

今年も入試の季節がやって参りました。

高校3年生は全て進路が決まりましたので、
今回は足立学園が受け入れる側の入試です。
それも小学生対象、つまり足立学園中学の入試です。

よく生徒に「小室先生も学園中出身ですか?」と聞かれますが、
僕の時は1年違いでまだ新設されていませんでした。
なので足立3中に進学したのです。

とはいえ、翌年から募集が始まった足立学園中学は、
物凄い高偏差値で、塾なんぞ1度も通ったことのない僕には
とうてい受かる見込みがないくらいのレベルでした。
(*今はそうでもないです・・・)

ちなみに私、よく頭がいいと誤解されますが、そうでもありません。
それは多分、生徒がよく知っているわけで・・・・

でも宿題とテスト勉強だけはしっかりやりましたよ。
柔道の稽古に支障をきたしますからね。

親父がよく「勉強してんのか!?(笑)」と冷やかしてきましたが、
両親から本気で勉強しろといわれたことはありません。
逆に「進研ゼミやってみようかな」という僕の提案は、サックリ却下されました。

僕にとっての勉強は、柔道の邪魔にならないようにたしなむ程度って感じです。

当然、まともに受験といえば、大学院の時に運動学を学んだぐらいでしょうか。

「俺が金メダルとったら一緒に国士舘で柔道してくれるか?!」
という、国士舘の斉藤仁先生の問いかけに、僕は大きく「はい!」と返事しました。
国士舘中学にスカウトされていたんです。

斉藤先生は金メダルを取り、僕は約束通り国士舘中に進学するモンだと思っていましたが、
親父の「甘ちゃんの宏二には無理だろ。中学から私立なんて生意気だ」の声で却下、
中高一貫教育を立ち上げた足立学園柔道部で修行するため、足立3中に進学することになったのです。

お父さん本当にありがとう!(泣)

高校入試ももちろんスポーツ推薦でした。
ただスポーツテストの時に、運動音痴ぶりを発揮してしまい、
徳原先生に「宏二は酷いな。全中3位ていう成績じゃなければ不合格だぞ」
と言われたのをよく覚えています。僕はそんな素質なんです。。。
doujyou_006

3中の同級生に、
「こむちゃんは柔道ばっかりやって高校いけてイイよね」
と皮肉を言われ、

「俺は年末も正月も休みなく、3年間柔道をやって結果を出したんだ!
お前らはそれくらい勉強やったのか!」

と怒鳴ったことがあります。
スポーツ推薦も認めてやって下さい。。。(先生方もね)

やはり一番の思いでは大学入試です。
以前にも書きましたが、僕の第一希望は日体大でした。
これを言うと柔道部員は驚くのですが。。。

筑波大学は一位とは大差の第二希望でした。

推薦入試当日、念のため筑波に泊まったら?という誘いを断り、
朝、自宅から向かうことにしました。

特に緊張もなく、なんなら白紙で出して落ちちゃおうかとすら思っていたので、
気楽なモンでした。
日暮里から土浦まで、約1時間かかる常磐線もぐっすり寝て過ごしました。

起きると「取手」でした。

あと30分で着く、もうちょっと寝よ。。。

起きたら「松戸」でした。

ん?戻ってない?

気が付くとその電車は、土浦には行かない「取手行き」列車で、
取手で折り返し、東京に戻っていたのです。

やっちまった!!

慌てましたが、電車を運転するわけにもいかないので、
とりあえずまた土浦まで寝て過ごしました。

土浦に着くと、大学までの専用バスはすでに終わっていました。
仕方なくタクシーで向かいましたが、4000円くらいかかりました。
高校生にとって、4000円は大金です。最悪でした。

大学に着くと、主務の中道先輩(いま埼玉県で教員してます)が、
青冷めて待っていました。

「こ、小室くん!!大丈夫?どうしたの?」
「落ち着いて!落ち着いて!!まだ間に合うから!!」

中道先輩は相当慌てていました(笑)
僕は妙に冷めた感じで「あ、間に合ったんだ」と思いつつも、
「これで試験欠席したり、白紙で出したら、徳原先生に半殺しにされるだろうな」
と思い、試験会場に入りました。

15分くらい遅刻していました。

不幸?幸い?にして、僕は国語だけは結構得意でした。
特に論文、作文は得意でした。

筑波を受けて落ちた→頭悪い
筑波を受けて受かったけど、日体大に行った→頭は悪くない

どちらかと言えば後者がよかったので、淡々と試験をこなしました。

かなり特徴的で、印象に残る文章だった

というのが、試験を見た先生方の反応だったようです。
僕も「読まれなきゃ意味がない、書き出しが肝心」という感じで、
文章を書いていました。

実技テストは全く問題ありませんでしたが、
同期の坂本道人が、緊張のあまり、後ろ受身の際、
緊張しすぎた甲子園球児の行進のように、
手足が一緒になって歩き、先生方に
「リラックスしていいんだよ」と言われていたのをよく覚えています。

後日、先輩から連絡が入り
「小室くん、おめでとう!合格だよ」
という一報に対し、
「あぁ・・・そうですか、どうも・・・」
「どうしたの?合格だよ!嬉しくないの?」
というやり取りがあり
「俺の人生も動き始めたな」
としみじみ思っていました。

考えてみれば、今回の転職同様、
なんらかの運命に導かれるように進路が変わっていったのは、
この時からかもしれません。

今年は昨年の受付業務からトラバーユして、
点呼誘導の係に抜擢されました。

「やりました!朝早くから突っ立っている受付から解放宣言ですぅ!」

という僕の叫びに「点呼誘導は受付より面倒だよ」という言葉がすぐに返ってきました。

すでに二日間、仕事をこなしてきましたが、
本当に受け付けやっていた方がマシでした。。。

結局、朝から1時間、校門前で突っ立っているのは代わりがなく、
それに加え、事務作業もあり、更に試験監督もありました。

緊張している小学生の緊張を和らげようと、変な顔をしてみたいしますが、
フッ
と透かされてしまいました。小学生にです。。。

明日も元気に、校門でお待ちしておりますよ♪

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