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2005年1月

2005年1月24日 (月)

母校を憂う

1/23(日)筑波大学恒例の寒稽古が最終日を迎えた。
最終日には、武道館1Fで餅つきや鍋を囲み、宴会が開かれる。

それを楽しみに、入試の翌朝ではあったが、
草木も眠る明け方4時、寝ずに筑波に向けて出発した。

想像通りとはいえ、相当寒く、そして眠かった。
常磐道を走行中、何度も意識が途切れる気がして危なかった。

何度か休憩し、なんとか筑波に到着、早速練習に合流した。
いつもは生徒を連れて行くのだが、今回は個人参加。

寒いので入念にアップをして身体を温め、まずは寝技から。
1本目は女子と、2本目は軽量級の学生(酒臭かった・・・)と、
そして3本目に100kg級のある学生と乱取りをした。

この学生、身長はないが当然のごとく力が強く、立派な実績で筑波に進学してきた2年生だ。
とはいえ、立技ならともかく寝技じゃ僕も負けません。
コムロックで一本、絞技で一本を立て続けにとりました。

すると・・・

「あ〜もう柔道つまんね〜!こんな朝っぱらからやってらんね〜よ」
と悪態をついています。

「そんなこと言うもんじゃないよ。さぁ、かかって来い!」

すると・・・

バチッ!グリグリ・・・
襟をつかんだ手で、強引に僕のほほを殴ってきました。そして体重を乗せて押し潰そうとします。
なんとか捌くと、今度は僕がつかんでいた釣手を、一気に腋固で振り切ろうとします。

「おい!痛いぞ!やめろ、そんな品のないこと。お前がやるならこっちもやるぞ」

『やってみろこのヤロウ!』

「お前、先輩にタメ口か?」

『関係ね〜よ!』
そう言うと、執拗に陰険攻撃を繰り返してきます。

ちょっとビックリしました。
先輩相手でも億さず、ケンカ腰で練習するというのはよくある話ですが、
この子はそのことを履き違えています。
礼儀を逸していますし、しかも品が悪い。

そこからはもう乱取りではなく、本当の勝負でした。緊張感に包まれます。
ここでビビッて僕が降参したら、学生に舐められますし、
大きい括りで「先輩」という存在全てが否定されかねません。
ましてや、生徒を連れて出稽古にも来づらくなる・・・・

物凄いパワーと威圧感で、最初は劣勢でしたが、
僕はあくまで冷静に、OBであること、教師であることを見失わないよう、
それでいて妥協しないよう、冷静に勝負しました。

殴ろうとする力が強まり、更に体重をかけてきたその時、
以前プライドでハイアンが大山さんに腕挫十字固を極めた時の様な感じで、
カウンターで腕挫十字固を極めました。

はじめ、こんな無礼なやつは身体で教えてやろうと、
肘関節を振り切って脱臼させてやろうかと思いました。
でも肘が伸びきった時点で、止めてあげました。

「参ったするか?」
『うるせぇ!このヤロウ!』

あくまでも無礼で、強気な姿勢。
それではと、少しだけ肘を伸ばしてみると、物凄い悲鳴を叫び始めました。
『うぎゃー!痛いよ〜』

参ったしないくせに、情けないくらい悲鳴を上げて、おかしな奴・・・
僕は道場にいる全員の注目を浴びていました。
部分的にしか見ていない人は、逆に僕が陰険攻撃をしていると見えたかもしれません。

仕方ないので、僕がその手を離し「もう見込みで一本だ、もう終わりにするぞ」
と離れると、また一気に飛び掛ってきて勝負再開です。

そしてまたパンチと腋固の連続です。。。
そしてまたカウンターの腕挫十字固です。

もう寝技の乱取りも終わり、休憩も終わり、立技の打ち込みすらも終わって、
乱取りが始まりそうになりました。

それでも彼は突っかかってきましたし、指導者は誰も咎めないで放置していました
仕方なく、なんとか道場の隅のほうに移動させて、続行。

この時、グレイシー一族と戦う人のことを思い出しました。
「彼らは絶対に参ったをしないから、KOするか、絞め落とすしかない」

作戦変更!
こういうときに頼りになるのは、やっぱり得意技なんですよね。
サッと腕を抱えると、コムロックの形へ!
しかし物凄い腕力で、なかなか肘を極めれません。
なので足を捌き、180度転回してマウントポジションのような体勢。
ここからなら、僕が体重をかけて突込絞を掛けることが出来ます。

僕はじっと彼を見据え「覚悟しろ」と呟きつつ、その手に力を込めました。
この時ばかりはお仕置きの意味を込め、彼の視線が宙を彷徨うまで、深く落としました。

バチン!
活法の代わりに、強烈な平手打ちで彼を起こします。

それでも参ったをしない彼でしたが、道衣を頭から被り、
亀の姿勢でうずくまったまま、全く攻撃してきません。でも止めるとは言いません。

勝負はもうついたと思い、僕は手を止めました。
彼は乱取りの最中から号泣しながら掛かってきていましたが、
更に声を出して泣いていました。その時判りました、子供なんですね。二十歳らしいけど・・・

彼いわく「ケンカ腰」で練習しろと昔から教わっているとのこと。
もちろん、それと無礼な行為は全くの別。
殴ったって、腋固めで振り切ったって、一本をとることは出来ません。
それ以前に、柔道家として、人として失格です。

同じ高校を卒業して、筑波で活躍している先輩の、悪い部分を真似ているのかも知れません。
そしてその先輩を、キッチリ指導できなかった僕の年代や、指導者も無責任ではありません。

僕は筑波大学が好きですし、卒業生であることに誇りを持っています。

入学間もない頃、出稽古先で岡田監督が乱取りに参加しました。
その時、学生相手でもしっかりと礼をして「お願いします」と言っていたし、
学生の試合前、南條、内村先輩が投げ込みのとき、受けが少ないからと
学生の投げ込みを率先して受けていました。

単に柔道が強いだけじゃない。筑波大学のそこが好きです。

だからこそ、今回の一件は非常に残念です。
「小室もまだまだ寝業師健在だな(笑)」

笑い事じゃありません。
筑波の学生に、そんなことをする学生が存在するという異常事態です!

筑波を離れて1年半、入学してからもう10年が経とうとしています。
入学した頃は、学生に強化選手はいませんでした。
今は学生、院生を含めたら多数在籍しています。

その分、大切なものも失いかけているかもしれません。
強くなったからこそ、大事なことを忘れちゃいけないんです。
なにせ「柔道ルネッサンス」の提唱者の大学なんですから。

その日、せっかく楽しみにして行った寒稽古は散々な目に遭いました。
打ち上げを楽しめるような気分でもなく、そそくさと千住に帰る車中は虚しさでいっぱいでした。

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ついてない

基本的に、最近流行の細木数子などの占いやジンクスを僕は信じない。
それでも、僕が筑波大に進学したことや、足立学園に戻ったことなど、
偶然の重なりが結果となって起きた事を、必然「運命」なのかなと思うこともある。

そしてその運命ですら、人は変える事が出来る。
今までの人生経験でそんなことを学んだような気がします。

「自己実現」

いま保健の授業で教えているところです。
これは精神面や、ライフスタイル面に関係する授業ですが、
僕自身「こんなことまで授業でやるんだ?!」と驚いています。

これって要するに
日々の生活の中で何かを学び得ようとする人が充実した人間性と生活を営むことが出来る
みたいな事を難しく説明しています。

このことで生徒に「みんなの夢は何?」と聞くと、
残念ながらというか、想像通りというか、スパッと応える生徒はごく僅かです。

「先生の場合、絶対叶えようと思った夢は教師になること
叶えられるかどうかは判らないけど、とにかく追い続けるのが柔道で世界一

なんて言うと、生徒は微妙な反応です。
「結局オリンピック出れなかったジャン」なんて言う子もいたりします。

まぁ確かにそうなんだけどね。
でもそれはそれで無駄にはなっていないと思うし、充実している。

あの山が高いからと諦めてしまう、または山を見上げようともしない、
山を探そうともしないぐらいなら、駆け抜けて行き倒れた方がいくらかマシじゃないのかな〜?
と思う。

生徒からすれば「いまどき熱血なんて流行らない、うざい」
という風に感じる子も多いのかもしれない。

はてさて、前置きの方がメインになりそうなので、ここからが本題。

受験シーズンになりました。
学校では、一般受験対象の生徒に対し「合格祈願カツカレー」なるものを
先生方で作ったりしています。

受け入れる側としては、先日、高校推薦入試が実施されました。
学校から近い僕は、朝から受付業務のお手伝い。

これが寒い!!!

受験生にプリントを渡す手が震える。。。カイロも意味を成さない。。。
そんなわけで受付担当者は、凍え死なないように、3グループを10分ほどで交代することに。

「僕はやっていますから、先に休んでください」

そう言って取り合えず、休憩は最後の順番に。

はい、交代で〜す。

お疲れ様でした。

あれ?なんで僕のとこには誰も交替に来てくれないの?
だれか気づいてくれないの?寒いよ〜!

などと考えていると、僕の机には誰も受付のプリントを貰いにくる生徒がなく、
左右の机が出来上がっていました。

多分、寒さと交代してくれない不満から、凄い怖い顔をしていたように思います。
結局最後には交代に気づいてもらえましたが、トータル1時間半の受付は拷問のように辛かったです。

でもまだ中学入試とか、数回残されているんですよね。。。

さて受付を終わると、試験監督を任されました。
何を言わずじっと立っているのって、はたから見るより苦痛です。

それが終わると面接へ。
誘導とかだけかと思いきや、しっかり面接官も任されました。
物凄い緊張している生徒を見ると、可愛そうでたいしたことも聞けませんでした。
「他の学校も受験するんだ?頑張ってね!」って私学においては適切な発言だったかな?

それにしても、早朝から集合しての受付、試験監督、面接官とかなりの重労働。
正直きつかったです。

役割分担表を確認すると、このトリプルヘッダーを任されているのは、
校内で僕一人でした。

なぜ!!

そうさ、僕は脳みそ筋肉の体育教師、しかもペーペー。
普段使えないから、こういうときに使い走りした方がいいんだよね。
学校も結構シビアだな、このヤロウ!

などと体育職員室でボヤしていると、
「小室先生!教頭が呼んでます」

ヤベ!愚痴が届いたか?

そう思ってビビリながら職員室へ。

「小室ちゃん、この役割分担表、一人だけ2行目に書いてあったんだよね。
それで見逃しちゃって、全部仕事させちゃったんだよね。ごめんね」

なるほど、そんなオチか!
そういうわけで、ついてない一日でした。

し・か・し!
ついていないのは、それだけではなかったのです・・・・・・(つづく)

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2005年1月 8日 (土)

黒い話

お陰さまで昨晩、「暗黒神・ラプソーン」を撃破し、
ドラクエ�[のストーリーを完結することが出来ました。
これもひとえにPS2を貸してくれた柔道部員、アドバイスをくれた一部の生徒のお陰です。
これ以上没頭すると、睡眠不足、本業に支障をきたす恐れがあるため、
クリア後レベル上げ、隠しダンジョン等は止めておこうと思います。

さて本題。
最近、一部の柔道部員が日に焼けたような顔をしています。
「スキーにでも行ったの?」と聞くと、そんな暇あるわけないなと、愚問を反省。

聞くところによると、なんと「日サロ」らしい。

なんだよそれ・・・・・

もうそんなブーム終わったんじゃないの?
一部のホストとか、K−1の角田師範みたいな人が行くだけじゃなかったの?

なんでも流行らしいですよ。

「先輩もせっかくのカラダなんだから、焼いた方がいいですよ!」

御免こうむります。
雪国生まれのお母さんの遺伝か分かりませんが、
色白でもなんとも思いません。

柔道家の癖に(この言い方も変かな)、日サロ行く方が変だ。
まぁ行っていると言っても一部のチャライ(意味分かります?)部員の話なんで、
聞き流していますけど、高校生の流行も年々理解できなくなる一方です。

今朝も「やっぱ服は裏原だよ!」と知ったかぶったようなことを言っていました。
そんな僕も先日、裏原のショップに勤める先輩のところに行って来ました。
いろんなお店の方や、業界の方を紹介してくれるのは嬉しいのですが、
お洒落な店に、無骨な僕なんかが居座っているのが、なんだか恥ずかしくて仕方がありません。

「小室君は本当に道衣が似合うよね」ある先輩から頂いた今年の年賀状です。
僕もそう思います。。。

さてさて、話はまた黒い話に戻ります。
今日、生徒を連れて久しぶりにパレストラ東京で柔術をしてきました。

そこで中井さんから、「今度から黒帯を締めてください」と言われました。
初めて柔術ジャンボリーに出た5年前、その日のうちに青帯を中井さんから認定していただきました。
紫、茶、そして今回の黒と、すべて中井さんからです。

こんな柔道しか知らないような僕が黒帯でいいのか?
最近は、たいして試合で活躍もしてないぞ?
とも思ったのですが、中井さんが「締めてください」と言うのを、
断るというのも変な話です。

というわけで今回、柔術黒帯となりましたので、ご報告させていただきます。
obi_002

これからは柔道と同じ帯で試合に出られるので違和感ありませんね。
ただ試合って組まれるのだろうか?
黒帯になると、ブラジルに行ったり、プロじゃないと試合ができないんじゃないだろうか?
それがちょっと心配です。

そんなわけで、今度のジャンボリーは超強烈なメンバーで出場します。
杉江大輔(プロシューター、柔術黒帯)
青木真也(プロ修斗デビュー予定、茶帯、このまえ僕が一本負けした人です)
植松直哉(プロシューター、足関節世界No.2、茶帯)
小室宏二(ただの教師)
石川良如(足立学園生、国体優勝メンバー)
豊田貴大(足立学園生)

今年こそは悲願の優勝を狙います!応援宜しくお願いします。

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