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2004年4月

2004年4月20日 (火)

納豆工場

今日の練習は、パーソナルトレーナーを招いてのウエイトトレーニング!

放課後になり道場に上がると、早速生徒がウォーミングアップを開始していました。
すると・・・

うっ!
道場に納豆の匂いが立ちこめているではありませんか!?
なんだ、昼の弁当で納豆持ち込んだ強者がいるのか?

そう生徒に尋ねてみると、犯人は新入生の中学生でした。

なんと彼、お風呂に入るのが嫌いで、
ここ3日間、風呂に入っていないと言います。

「ん〜と、昨日と、その前と、その前も・・・」・・・素晴らしい!

しかもしかも!
彼は靴下が嫌いなんだそうで、上履きも、革靴も、運動靴でさえも素足で履くんだそうです。

その靴達は、4月で新品同然にも関わらず、すでに死んでいました。

そんな話で笑っていましたが、
トレーニングが進むにつれて、シャレにならなくなってきました!

もうどうにも我慢できなくなり、まずは僕が「メンズビオレ・さらさらシート」で
足を拭いてあげました。

生徒「わぁ!このシート凄く臭い!」
小室「違うよ。このシートじゃなくて、君が足が臭いんだよ」
生徒「え〜ウソだ!臭くないですよ。クンクン」
小室「おぉぇ〜」

その後、メンズビオレは殆ど効果がなく、
バケツに水を汲んできて、ビオレ・ボディシャンプーを混ぜ、
足を洗わせました。

それでもなぜか、匂いはなかなかとれませんでした。

この『足に納豆を持つ漢』には、
毎日お風呂に入ること、靴下を履くことが厳命されました。

そして「靴下を履かせる係」は中学2年生になった「ゆうたん」が務めます。
...................................................................................................................

その昔、マイクロバスで遠征に向かっている途中、
車内が納豆地獄になったことがあります。

その犯人は僕の同級生でしたが、最後部に座っているにもかかわらず、
最前列に座っている先輩がマジギレするほどの異臭でした。
もちろん、彼の靴も死んでいました。

そんな彼も今では人を更正する施設に入っています。
収容されているのか、働いているのかは、ここでは言えません。
悪しからず・・・

柔道家イメージを失墜させる、珠玉のコラムでした。

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2004年4月14日 (水)

選抜体重別

先日の選抜体重別を終えて、試合の前後には色々と思うことがありました。
長くなりそうですし、愚痴っぽくなってしまうと情けないので、
少し間をおいてから書くことにしました。

>選抜出場への思い

僕は中学3年と、高校1年のある時期、徳原先生のお宅に下宿していましたが、
御飯を食べるのが遅い僕は、徳原先生とマンツーマンになることが多々ありました。

ある時、足立学園OB、中山祐司先輩(日体大→綜合警備保障)が選抜体重別に出場し
た時にこう言いました。
「日本で8人しか選ばれない大会だからな、宏二もこれに出れたら褒めてやろう」

中学高校時代、徳原先生に褒められたことなど数えるほどしかありません。
貴重な1回は、内柴に敗れ、3位で終わった富山での全中(全国中学生大会55kg級)
の時でした。

「そうか、この大会に出たら褒めてもらえるほど権威のある大会なんだ!」
大学進学時、体重別では国内最高峰であるこの大会への出場は、
僕の目標の一つでもありました。

初めての出場は4年前、中村行成さんに負け、翌年は園田隆二さんに負けました。
母親や、地元道場の先生が応援に駆け付けてくれる中、未だ1勝もしていないこの大
会...
「なんとか再び出場し、両親に勝利を魅せる」
これが僕の新たな目標になりました。

>生徒達へ

この選抜に出場する際、生徒に伝えたいことがあったのですが、
僕も調整不足で時間がなく、また生徒も遠征があったために直接伝えることは出来ま
せんでした。今更ですが、それをここに記させてもらいます。

______________________________________

みんなと一緒に、この1年頑張ってきました。
挫折しそうになったこともあったけど、
もう一度初心に返り、みんなのお陰で頑張って来れました。

今度の試合は、先生の夢を叶えられるかどうかを決める、大一番です。

「努力は人を裏切らない」この言葉はウソじゃない。
そのことを今度の試合で証明してみせます。

もしかしたら、みんなに選手としての自分を見せることが出来るのは、
これが最期かもしれない。

テレビでは見ることができないかもしれない。
それでも先生の生き様か、または死に様かもしれないけど、
一生懸命取り組んだ成果を、発揮してこようと思います。
その過程と結果の中で、何かを得てほしいと思います。
______________________________________

>試合に向けて
2月、脱臼した小指が完治せず、ずるずると試合当日まで延びてしまいました。

強く握ることが出来ず、また開くことも出来ず。
組み手争いが出来ないので乱取無しの調整で、
ランニングとウエイトトレーニングを中心に行いました。

また学年末ということで、試験や採点、2校掛け持ちしていたために、
送別会や離任式、結婚式なども重なり、断ることが出来ない飲み会が続きました。
このことも調整を遅らせた大きな要因でもあります。

ただこれは、言い訳をしたいのではなく、事実と実力です。
こういう環境や状況は現実のことで、これらの要因も含めた総てが僕の実力なので、
言い訳をするつもりは一切ありません。

減量はきつかったです。
久し振りに60kg級だった頃を思い出すように、
前日は殆ど飲むことも食べることも出来ませんでした。

計量時、体脂肪率も計るのですが『11%』(普段は6~7%ぐらいまで落とします)
もありました。このことからも、脂肪を落とせず、水分や筋肉を落としてしまったこ
とがわかります。減量一つについても、うまくいきませんでした。

試合での作戦は、今までと同じ様な組み方、技では通用しないし、
今の僕では出来ませんでした。
そこで考えたのは、右組になることでケンカ四つになり、
「飛び付き腕十字」一発狙いしかありませんでした。

試合前、早稲田の青木君に筑波まで来てもらい、教えて貰いました。

しかし、教わって2,3日の付け焼き刃では通用するわけもなく、
内柴曰く「ワンテンポ遅く、躊躇していたので反応できた」
飛び十字はあっさりかわされてしまいました。

その後、殆ど組むことが出来ず、振りまわされて「指導」を受けました。

最期は、講道館杯で「技あり」を奪われた、振りまわして入る一本背負投で
やられてしまいました。
兄が言うには、僕は一度外した背負投に対して、
寝業に持ち込みたいが為に、どうしても背中に乗りかかってしまいます。
前回も今回も、自分から背負投に誘い込まれるように背負われてしまっています。
もしかしたら、僕が寝技に行きたいことは十分承知の上で、
誘われていたのかもしれませんね。

>試合を終えて

生徒に見せたかった努力の成果は、
逆に内柴に痛いほど見せ付けられました。

計量失格から、実業団、講道館杯と一気に這い上がり、
ついには代表も掴んだ。

これまでの苦闘と、努力は相当なものだと思います。
僕は内柴のそれに遠く及ばなかった。それがこの結果だと思います。

できることなら自分が立ちたかった舞台ですが、
内柴の努力と結果はもちろん認めますし、
僕らの代表として、心から応援したいと思います!

今回の敗戦は、もちろん悔しいです。
しかし試合までの過程では、やれることは全てやりました。

でも自分自身を納得させるには至りませんでした。
『自分が納得できたらもう、これを最期に・・・』
と思っていましたが、そこまでいきませんでした。

だからまだ身体の動くうちは、気持ちが切れていない今だけは、
もう少し、少しだけ頑張ってみようと思います。

願わくば、講道館杯や選抜に生徒と一緒に出られたらいいなと思います。
もちろん、コーチボックスは「ヤン吉」で!

>横断幕
今回、付き人で連れていった河野の両親が、横断幕を作ってくれました。
あんなに立派な横断幕、本当に心強かったし、励まされました。
僕の宝物として、大切にしようと思います。

ちなみに、今回を最期に了徳寺学園を退職しました。
次回から試合に出るときは『足立学園教(諭)』となります。
今後とも応援宜しくお願いします!

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2004年4月12日 (月)

足立学園・再始動

就任そうそうですが、一応、僕が足立学園柔道部の(登録の上では)「顧問」になるようです。

もちろん、実質的な監督は徳原先生で、僕は選手兼コーチに変わりはありません。
あくまで登録上です。

先日、僕と徳原先生の不在の隙に、部員全員が練習をサボっていました。
そこで今回、本当に強い集団になるために、部員全員をクビにしました。

1週間後、本当に強くなりたい人、柔道が好きな人だけが集まるようにと、伝えてあります。

ここで重要なのは、強い人ではなく、『努力する人』です。
強い弱いは、現時点では関係なく、
一生懸命練習することを約束できる人だけが集まって、
そして強くなっていこうと思います。

親がうるさいから、辞めるに辞められないから、
練習は嫌いなのに、なんとなく部に在籍して
惰性の練習を繰り返している生徒には辞めてもらうことにしました。

もちろん、「強ければいい」という集団にするつもりは毛頭ありません。
努力することの大切さ、礼節、そういったことも指導するにするつもりです。

1週間は自由期間としました。
自主練習をするも、勉強、遊び、何をしても構いません。
今自分に必要なことは何か?
それを考えたら、やることは限られていると思います。
この1週間に過ごしたことが、まさに今自分のやりたいことだと思います。

1週間後、どんな生徒が、どんな顔をして集まってくるのか、
正直にいえば、気が気じゃない日を過ごすことになりそうです。

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