2011年12月21日 (水)

2011年10大ニュース

忙しいなどと言い訳しながら、こちらのブログもすっかり停滞させてしまいました。月に一回程度の更新ですね、すいません。

さすがに遅く帰宅して、巴の面倒や、家事もせずにパソコンに向かってブログ更新という作業はできず、最近は少しでも早く帰って、巴を風呂に入れたりと家族との時間を大事にしています。

そんな訳で2011年も残すところあと僅かとなってしまいました。
毎年恒例の10大ニュースで締めていこうと思います。(昨年のはこちら

第10位 appleの導入が進む
12年前初めて購入したノートパソコンがiBookだったのと、筑波大学はパソコンがすべてappleだったこともあり、ずっと@mac.comのアドレスを使い続けてきました。
世界形選手権でドイツに行った時、小俣先生や他国の選手が軽快にiPadを操っているのに影響され、私も購入してしまいました。また以前から欲していた新作のiPhone4Sも購入、さらには友人の結婚式に行ったらビンゴでiPod nanoまで当たってしまい、持ち物が一気にapple化しました。
そんな影響もあり、拙著「柔道固技教本」がiPad対応の電子書籍になる計画が進行しています。こちらは従来のものに加え、英語版も用意し、世界へ向けて発信する予定です。すでに計画は順調に進んでいますので、近々ご案内できると思います。

第9位 寝技指導に駆け巡る
定期的なものでは毎週、講道館以外にもトライフォース五反田、千代田体育館で練習しつつ技術指導をやらせてもらいました。淑徳大学での指導はもう6年目になりました。世界チャンピオンや実業団、学生とそれぞれ優勝していますが、私がどこまでサポートできているか、それはまだよく分かりません。少しでも手助けになればと思っています。ところで、淑徳大学の指導法をまとめたDVDが間もなく発売されます。寝技はもちろん私が担当しました。すでに発売された各種メディアには収録されていない新作の指導法も含まれています。
担任を持った関係もあり、全柔連や講道館派遣での講習は今年、すべて断ってしまいました。それでも、過去の指導から再び招聘されるというケースが増え、色々なところに行ってきました。

カナダ・バンクーバー、大阪産大、法政二高、視覚障害者柔道全日本合宿、静岡県、山形県鶴岡工業、石川県鶴来高校、公武堂セミナー、九州OJJ、オーストラリア・ホバート、筑波大学草津合宿
もし抜けている箇所があったら指摘して下さい。

以下の通り、既に依頼もいくつか来ています。
この冬はちょっと忙しく、土日も休めない日が続きそうです。
新潟、秋田、慶応大学×5、大阪(産大、摂南)、ロシア

第8位 家族旅行
あまりに「忙しい」とよく言っているので、家庭を蔑ろにしているように思われがちですが、それなりにケアはしているつもりです。
夏には1週間、札幌と知床に行って来ました。先日は私の両親も連れて長野の駒ヶ根にある趣ある旅館に泊ってきました。そしてこの年末年始は、貯まったマイルを使って1週間バリ島に行ってきます。
巴はまだ物心ついていませんが、そのうち、いろんなところに連れて行って、思い出を作ってあげようと思います。

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第7位 都市大付属柔道部が軌道に乗る
なぜだか現高校1年生が続々と入部してきて、何時の間にやら賑やかになってきました。顧問の佐々木先生ほか、たかの先輩、粂川先生、協力隊OBの林先生などコーチ陣にも大変お世話になりました。
まだまだ、柔道家としても人間としても白帯の生徒達ですが、先日に世田谷区民大会で鈴木が6人抜きを果たしたり、野崎と朝日の現高校3年生は初段を取得するなど、着実に進歩はしていると思います。来年はいよいよ、金鷲旗にトライしてみようと計画しています。
またOBの高山も早稲田大学で頑張っており、在校生の刺激になっています。
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第6位 六段を受験できず!
六段なので6位としました。
しかし、こんなことがあるのか思いました。
ために貯めた7年で17.1点、これが一部無効になってしまいました。
都民生涯スポーツ大会、これには3回出て3勝していたんですが、もう数年前から対象外になっていたそうです。でも北区の人には伝えられていませんでした。さすがにやり切れないというか、怒りました。北区柔道会には審議料を返してもらいましたが、それでも今年の受験は叶いませんでした。六段の基準も相当厳しく、その点では講道館に一石を投じることができたかもしれません。来年こそは受験し、合格します!

第5位 初の担任!
教師人生ではじめて担任を受け持つことになりました。中学3年生です。
1学期は迫り来る業務に四苦八苦していました。いまでも、他の先生方のサポートをいただきながらなんとか生き延びています。
本当に何というか、その、、、、いろいろと苦戦しています。
私の担任としてのクラス目標は、礼儀(言葉遣い&挨拶)、清潔(教室&服装)、時間(提出期限&遅刻)の三つです。
・・・・・まぁ、苦戦しています。

第4位 試合はさっぱりダメ・・・

連戦連勝だった2010年に比べると極端にダメでした。
高段者大会は点数が貯まっていると思っていたので、1試合しか出ませんでした。(その試合については公にできません)
全日本実業団は保護者会のため断念、東日本実業団は初戦だけポイげの自分を温存していたら、その初戦で負けてしまい、出番なしで終わりました。
岡本との勝負をするため、数年ぶりにブラジリアン柔術の試合に挑戦しました。岡本には勝つことで意地を見せましたが、決勝ではこれまた数年ぶりに一本負けをしてしまいました。
2012年は鍛え直して、またガンガン試合に出たいと思います。

さぁいよいよ佳境のベスト3ですが、このあとはもう既に周知のことばかりです。

第3位 固の形で連戦連勝!各所で演じる
昨年、あっという間に頂点まで駆け上がって、今年はもう定番化してしまったような気もしますが、まだ結成から2年ちょっとの私たちです。
競技の方は3月のアジア選手権、5月の代表選考会、6月の世界、そして10月の全日本とすべてで優勝を果たしてきました。当初の目標の通り、これはもう【固の形といえば小室&高野ペア】と言ってもらえるようになったのではないでしょうか。
そのほか、年明けの講道館鏡開き、真夏の東京武道館アジアネット、そして東京都市大学柔道部80周年記念行事で演じさせてもらいました。あと山下泰裕先生が都市大付属に来校、形を演じるというのもありましたね。競技の連勝はもちろんですが、いつか全日本選手権の行われる日本武道館の畳で演じたいというのが、最後に果たしたい夢ですね。
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第2位 初の単独著書【柔道固技教本】の出版
初めて私自身の技術を世に出したのが2005年の「DVDザ・コムロック柔道実戦的寝技」でした。これは選手時代の集大成として出版したものです。その 後、講道館での指導経験を生かし2009年には「DVD柔道固技上達法(全3巻)」を出版しました。この間、講道館在職中にも柏崎先生と「柔道絞め技入 門」「柔道関節技入門」を出版することができました。
それでも私には、どうしてもやりたいことがもうひとつありました。それが今回の単独著書の出版です。これには私の得意技はもちろん。これまでの実践に裏打 ちされた指導法を全て収めました。「教本」とは謳いながらも、私と柔道との出会いから、現役時代の取り組み方や練習方法まで、柔道に関する様々な考えや思 いを書かせてもらいました。
講道館職員時代には出すことができなかった分、思いを込めて作った作品であり、次代に遺る作品であって欲しいと思っています。


第1位 巴の誕生
これはもはや問答無用でしょう。
2011年どころか、人生のターニングポイント言えると思います。
私が父親になり、嫁ロックが母親になった瞬間でした。
日本が未曾有の大震災に揺れたあの日、私はアジア形選手権大会でタイ・バンコクにいました。余震に怯える夜を過ごし、ようやく巴が生まれたのは3/19の夜でした。嫁ロックは大変な思いをして頑張っていました。
凡ミスをしてインターハイ出場を逃したあの日、初めてJr.チャンピオンになったあの日、初めて学生チャンピオンになったあの日、全ての試合で巴投が私を支えてくれました。
ここ一番で頼りになる巴という文字は、柔道が繋げた私たち夫婦の子供にぴったりの名前だと思っています。
先日、巴は生後9ヶ月を迎えフラフラと立ち上がりようになりました。なぜか膝をつかない低空のハイハイはもはや、スパイダーマンを彷彿とさせています。強 い柔道家になんて全く思っていません。「ありがとう」とか「ごめんなさい」が素直に言える子であればそれで充分だと思っています。
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番外編 講道館カレンダーに載る

これは2012年の話題になるのかと思い、番外編としました。
現役時代の競技成績では到底叶わなかった講道館のカレンダーに写真を掲載してもらいました。1月分には鏡開き、11月分には世界形選手権の演技が掲載されています。これは非常に名誉なことで嬉しい限りです。
ところで、カレンダーの場合は青い道衣も認めるんですね・・・

以上、2011年の10大ニュースを掲載させていただきました。
例年通り忙しく、それでも実りある1年だったと思います。
2011年の自分を超えらるよう、2012年も精力的に頑張っていこうと思います。
皆様、どうか良いお年を!

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2011年11月28日 (月)

ブラジリアン柔術 DUMAU JAPAN OPEN

もう何年も前の話です。
「どこかで稽古できるところはないか?」という相談を受けました。
費用がかからず、比較的に通いやすい所、というような希望だったので、
講道館の案内と共に「柔道ではないけど」という注釈もつけて
パラエストラ東京の昼柔術を紹介しました。

以来、どっぷりブラジリアン柔術にはまってしまい、今では柔術黒帯、
「RJJ」という私が格闘技に参戦する際、使用していたチーム名も引き継ぎ、
さらには「コムロックと袖車絞で有名な・・・」という形容詞まで身につけたのが、
足立学園の同級生である岡本裕士です。

そんな彼が私に挑戦してきました。
「まだまだ10年早いよ」と思っていましたが、むしろバッチリ思い知らせてやる良い機会だと思い、
挑戦を受けることにしました。(軽い気持ちで・・・・)

黒帯は参加費無料という言葉につられ、
アダルト黒帯アブソリュート級にエントリーしました。
要するに一番レベルの高い体重無差別の階級です。

柔術の練習は月に1回、出来るか出来ないかです。
年間12回には到達できないので、2~3ヶ月間に1回程度の頻度でしょうか。
柔道の乱取り稽古は、千代田区体育館で週1回、淑徳大学で少しといった程度、
それでも貯金で充分勝てるだろうと思っていました。

しかし、試合はそんなに甘くはありませんでした。

<1回戦・岡本戦>
岡本と対戦した1回戦、私はあまりにも気負いすぎてしまいました。
投げて、そしてコムロック、袖車絞のどちらかで秒殺してやる!
という気負いが、動きを堅くし、無駄に力んでスタミナを消耗してしまいました。
序盤、無理に投げにいってしまい投げたと思ったらコムロックにはまってしまいました。
コムロックが教えたコムロックで一本負けなど出来ません。
それでも、ここまでは大丈夫、ここは危ないというラインは自覚していたので、
落ち着いて捌きました。
中盤、完璧に極まったと思った袖車絞をするりと逃がしてしまいました。
油断、慢心が起こした大きなミスです。
立ち上がって再スタートしたときには大きくスタミナをロスしていました。
それでも意地でマウントポジションまで持っていき、最後は丁寧に腕挫十字固を
極めました。

最近の試合では常に「力まない」ことを心掛けていましたが、
それと真逆のことをしてしまい、自分らしい試合をすることが出来ませんでした。
それでも、最悪の事態にはならず、ホッとしています。
岡本は見違えるほど強くなりました。
それでも何度挑戦を受けても、何度でも跳ね返してやるつもりです。
それが私の意地です。本物のコムロックは私以外あり得ません。

最後に岡本への代理メッセージです。
「小室に挑戦する前に俺を倒すのが先だろ!?(by正和)」

<2回戦・アンデルソン天川戦>
体重差のある対戦でしたが、アンデルソン選手のような体型は比較的得意だったりします。
投げられることもないだろうし、引き込まれても抑え込む自信がありました。
意外にも組んですぐに引き込まれますが、安定させて抑え込みながら
袖車絞からコムロックへと変化し、一本勝ちを収めました。

実はここでもう棄権しようかと思いました。
私は馴れない試合で疲れ切ってしまったのです。
この時、休みながらフッと携帯で教え子の試合動画を見ました。
そこでは都市大付属の教え子が白帯ながら必死で戦っていました。
6人抜きをしたときの動画です。
そこで未熟な指導者(私)が「最後まで絶対に諦めちゃダメだ!」と連呼していました。

ハッとしました。
自分は今、戦う前から諦めようとしている。
生徒にはあれだけ言っておきながら、自分は諦めようとしている。
生徒は見ていなくても、この試合は勝っても負けても、諦めずに最後までやり遂げよう!
そう思って準決勝戦に望みました。
既に疲労感と共に、無駄な力みは無くなっていました。

<準決勝・山本健一郎戦>
以前、東十条にあるイエローマンズというジムで何度となく稽古をつけていただいた方です。
ブラジリアン柔術らしい、しなやかな足捌きで、非常に苦手な選手です。
実際、序盤からバックを奪われそうになる苦しい展開。
どこでポイントを奪われ、どこで奪ったかも分かりませんが、
唯一、ここだ!と思って仕掛けたのが立ち姿勢からの腕挫腕固、腕挫十字固の連携です。
ここを極められなかった時点で、勝敗は審判に預けたような形になりましたが、
運良くポイント2-2,アドバンテージ2-1という僅少差で勝利となりました。

山本さんとは実は2回目の対戦ということで、声を掛けていただきました。
同じ東十条町民だったようで、一気に親近感が湧いてしまいました。
今回で、私の稽古不足を露呈してしまいましたので、また稽古をつけてもらいに
行かなければなりません。

<決勝・マルコス・ソウザ戦>
相手のマルコス選手は非常に力強く、技術力も高い選手でした。
それでも最後まで諦めずに戦い抜くと決めていたので、頑張りました。
周りからの沢山の応援も後押ししてくれました。(応援ありがとうございました)
最後は精根尽き果て、腕挫十字固での一本負け、完敗でした。
自分でも意外だったのは、以前はタックルを捌いてからの攻防が得意だった私ですが、
何度もタックルでやられてしまいました。
柔道のルール変更が・・・なんて言い訳をする気はありませんが、
適応力が下がってしまったのは明らかでした。


今回、軽い気持ちで受けた挑戦ですが、色々な意味で貴重な経験を積むことが出来ました。
やはり日頃の修練は大事ですし、諦めないという気持ちは選手として絶対に必要なスキルです。

今回は試合後の疲れているところ、岡本や林選手に色々とサポートしていただけました。またパラエストラ東京や、トライフォース五反田の皆さんからも多くの声援を送っていただけました。
とても心強く、励みになりました。改めてここで御礼申し上げます。
(ブラジルブログに前編後編が掲載されています)

また今回、ビデオ撮影などでも協力してくれた9369こと草間さんが白帯の部でも出場、
料理人なのに減量5kgという苦行を乗り越え、見事に優勝を果たしました。
息子さんの前で格好いいお父さんを見事に演じて魅せました。おめでとうございます!
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2011年10月24日 (月)

2011全日本柔道形競技大会★3連覇達成

久しぶりの更新です。

10/23(日)講道館の大道場で行われた
全日本柔道形競技大会に、世界チャンピオンの「推薦枠」で出場してきました。
当然のごとく優勝候補でしたが、そう甘くないのが形の世界です。
事実、固の形強化選手である東海地区の松川&杉山さんペアは地区予選で敗退、
北海道地区代表の清野先輩&工藤さんのペアは演技をやり直したため
得点が半分となり、惜敗しました。

結果的に私たち以外の強化選手が敗退する中、
また不利と言われる前半の演技順でもありましたが77点でshine優勝(3連覇)shine
することができました。初優勝した時は69点、昨年は75.5点・・・

一応、順調に点数は伸ばしてきていますが、目標である80点まで到達できませんでした。
ある先生からは「キレがなかった」と言われましたし、ある演技には「間違いだ」と指摘されました。

私たちは「躍動感のある力強い演技で魅せる」ことを信条としていますが、
一方で、やり過ぎているという見方をされることがあるのかもしれません。
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さらに今回は足の滑りが悪く、摺り足が上手に出来ませんでした。
緊張感はあった方が力強い演技が出来るのですが、
今回は私が少々リラックスをし過ぎていたかもしれません。
そういった反省も踏まえ、もう一度初心に返って、謙虚な気持ちで練習をやり直したいと思います。

先日、先代世界チャンピオンの中橋先輩と話をする機会がありました。
その席上「形は連覇することよりも、何種類制覇するかに意義がある」という
言葉を頂きました。確かに、乱取り試合とはそういった点で違いがあると思います。

一方で私は、固の形を通じて「地味で面白くない」というイメージを払拭したいという思いがあります。
8月末、ジュニアスポーツアジア交流大会(東京武道館)で演技をさせてもらいました。
その時、足立学園の後輩や徳原先生ほか、多くの先生方に見ていただきましたが、
多くの方から「固の形があんなに派手だとは思わなかった」「迫力が凄かった」
という言葉をいただくことができました。

形も案外、面白いんです。
固の形は決して地味じゃないんです。

それが柔道界に浸透するまで、あるいは負けるまで、私と高野先輩は演じ、そして勝ち続けるつもりです。
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今回も応援、撮影と多くの方のご支援を頂きました。
やった!というよりはホッとしたというのが正直な心境です。
また頑張りますので、今後とも宜しくお願いします。

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2011年9月20日 (火)

巴の腹筋トレーニング

以前「顧問として」という記事の中で
『自分の夢は人に託さない』ということを書きました。

あれから一年と少しが経ち、私も親となりましたが、
やはりその考えに変わりはありません。

「巴」なんて名前をつけてしまったので、
どうも「将来は柔道家ですか!?」なんて言われてしまうんですが、
競技柔道はあまりにも過酷なので、可哀相な気がします。

私は幼少期、宝寿司の手伝いをしながら(やらされながら)育ってきました。
「寿司屋の息子って言ったって、良いことばかりじゃないんだよ」
とよく言ってはいましたが、父が大会にお弁当(海苔巻き)を持って行ったり、
仲間が来店して「美味い!」と言ってくれた時はやはり誇らしかったです。

そういった面で、私は娘に柔道を通してスキンシップと躾の両面をしていこうと思います。
柔道は距離感の近い種目ですし、もっと言えば、私にはこれしかありません。
受身だったり、礼法だったり、役に立ちそうなモノを身につけてくれたらそれで良いと思います。

とりあえず、少しずつトレーニングと後ろ受身から始めます。楽しそうでしょ?

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2011年9月 1日 (木)

攻めの選択・逃げの選択

教員という仕事や、柔道に携わっていると、いろいろな人に出会うようになります。
そしてその人々の転機に接したり、助言を求められることも多くあります。

少し前の話になりますが、かつての教え子からこんなメールが届きました。

先輩は覚えていないかもしれませんが
あの時、柔道部を辞めなくて本当に良かったです

足立学園で講師をしていたときの話です。
教え子であり、後輩でもある生徒が、中学から高校に内部進学する際、
「勉強に専念したいから柔道を辞めたい」と言いました。
足立学園の練習は厳しく、中学3年間を終えて燃え尽きそうになったのだと思います。

実はその時、両親から「辞めないように説得してくれ」と頼まれていましたし、
私自身も「素直に辞めさせてしまうのはもったいない」と思っていました。
いろいろ考えはしましたが、まず私はこう切り出しました。

辞めたければ辞めればいい

不思議に思われたかもしれません。
でも練習の厳しさを知っている先輩だからこそ、ある意味言えた言葉だと思います。

ただこれだけは付け加えました。

もし本当に勉強に専念したくて
柔道が足かせになるなら辞めても構わないと思う
でもそれは【攻めの選択】であって欲しい
決して柔道の練習が辛いから
とりあえず勉強すると言う【逃げの選択】であって欲しくない
もし今ここで逃げることを覚えたら【逃げ癖】がついてしまう
逃げ癖のついた人間は少しのことですぐ逃げてしまうようになってしまう
よく考えて選択して欲しい

結局、前述のように彼は柔道部に残って高校3年間をやりきり、
第一志望で進学した大学でも主将を務めて卒業していきました。

彼にとってはその時が転機だったのだと思います。
そんな重要な一瞬に立ち会うことができのも教師冥利に尽きる一瞬だと思います。

私も高校時代、一度もインターハイに行けなかったことで柔道を辞めようと思いました。
自分の才能のなさ、運のなさに挫折したのです。

学費が賄えないから大学進学を諦めるよう両親から言われたとき、
一瞬は「これで柔道を辞める大義名分ができた」とも思いました。
それでも、最後は逃げる選択をしませんでした。

言い訳なんて、吐いて捨てるほど転がっています。
センスがない
運がない
お金がない
指導者が悪い
環境が悪い
怪我をした

これらのウチ、2つでもあったら周りを納得させるには十分です。
誰も文句は言わないでしょう。

しかし、逆に言えば全て揃っている選手なんて、殆どいません。
むしろそんな選手ほど、才能と時間をもてあまして潰れていく方が多いです。

言い訳をしたり、逃げることに慣れてしまうと、また次の場所でも同じように
言い訳をし、逃げてしまいます。
そしていつかは逃げる場所すらなくなってしまうかもしれません。

私自身、オリンピックや世界選手権には届きませんでしたが、
大学と大学院を自らの力で通いきったことは大きな自信になりましたし、
競技成績も大きく伸びました。

もし人生の岐路に立たされたとき、また挫折しそうになったとき
その選択が【逃げではなく攻めの選択であるか】考えてみるといいかもしれません。

本文とは関係ありませんが、友人が動画を作ってくれましたが、素晴らしい出来映えです。
私が一番好きなのは雪山のシーンですが、これは自分ではないですよ。

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2011年8月21日 (日)

ロシアの袖車絞

先日、高野先輩からメールがありました。
「日本人選手がロシア選手に袖車絞で負けている」と・・・・
早速調べてみましたが、ちょうどYouTubeに動画がアップされていました。

2011世界カデの44kg級決勝の映像ですが、
袖車絞で日本​の選手が絞め落とされてしまいました。
ロシアの選手、関節技が得​意な選手はいても、
絞技が得意な選手はいなかったんですけどね。

この場面、返すのはいったん諦め、すぐに両肘を押し上げるか、
相手の両肘を抱えるようにして、絞められないよう圧力をかけておかないといけません。
彼女は内側に手を入れて防御していますが、あまり効果はないんです。
強力な技なので、すぐ落ちちゃいますからね。

何か良いDVDでも観たんでしょうか?

なんて書いているそばから、ロシアのコーチから冬のジュニア合宿(モスクワ)に
きて欲しいというメールが届いていました。

次の世界選手権(2014年)はモスクワに決まったそうですし、気合い入っているんでしょうね。

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